魅惑の占い師(ご本尊編その弐)

 私は西園寺蘭子。霊能者です。


 現在、まだピンチのようです。


 依頼を受けて訪れた魅惑の占い師の太田梨子の邸内で、私と親友の八木麗華は梨子の奇襲に遭い、睡眠薬を嗅がされ、妙な部屋で危うく「人工受精」の実験台にされるところでした。


 出羽の修験者である遠野泉進様の言葉を思い出し、身体の中の気を指先に集中させて難を逃れた私と麗華。


 さて、目の前にいるのは、梨子の「魅力」で操られている黒尽くめの男達です。


 怒髪天を衝く状態の麗華は、指をボキボキ鳴らしています。


 黒尽くめの男達は十人います。五人が割当でしょうが、麗華は一人で全員倒す気満々です。


「さっきの子種の持ち主はお前らの中におるんか? おるんやったら、そいつから血祭りや!」


 あまりそれは関係ないと思うのですが、意見してもややこしくなるだけなので、何も言いません。


「こいつら、完全に梨子の虜やな。まあ、ええ」


 麗華はどっちが悪役かと首を傾げたくなるような顔で笑います。


「ちょっと前歯折れるかも知れんけど、恨まんといてな!」


 彼女はそう言い放つと、男達に向かいます。


「うお!」


 男達はまるで何度もリハーサルをしたかのような整然とした動きで、麗華の蹴りと突きの攻撃をかわし、反撃して来ます。


「やるやないか」


 ちょっとだけ焦っている麗華。でも、私に助けを求めようとはしません。


「よおし、ウチも本気出すで」


 麗華は虚勢を張ります。さっきも十分本気だったように見えましたが、言っても無駄なので黙っています。


「麗華、ここは頼んだわよ」


「おう!」


 私は梨子を探す事にし、男達の隙を突いて部屋を出ました。


 ほんの少し、「そりゃないやろ?」という悲しそうな顔をした麗華が目に入りましたが、多分大丈夫です。


 そこは長い廊下です。全く窓がないところを見ると、地下室のようですね。薄暗い程度の明かりが点いています。


「きゃっ!」


 それでも、そう仕込まれているのか、三人の男が私を追って来ました。


 私はどちらかというと、「運動音痴」に入りますので、格闘系は苦手です。


 もちろん、「いけない私」なら、男三人くらい、〇・五秒で倒すでしょうが、今回は絶対に出て来て欲しくないので、それはなしです。


 今回「いけない私」に出て来て欲しくないのは、私の自我崩壊の危険性もあるからなのですが、それ以上に厄介な事になりそうだからなんです。


 なんていう事を考えている場合ではありません。必死に逃げないと。


「インダラヤソワカ!」


 私は振り向きざまに帝釈天の真言を唱えました。


「ぐわあ!」


 一人が雷撃で倒れます。しかし、真言攻撃はしない方が良かったみたいです。


 立ち止まったせいで、私は他の二人に追いつかれてしまいました。


「オンマリシエイソワカ」


 操られているのなら、その糸を断ち切ってあげようと思い、摩利支天の真言を唱えます。


 バシュウと何かが弾ける音がして、男二人は気を失って倒れました。


「蘭子!」


 そこへヘトヘト気味の麗華が走って来ました。


「麗華! 大丈夫?」


 一応心配しないと、ブツブツうるさいのです。


「もちろんや。ウチを倒すには、百人以上用意しとけっちゅうこっちゃ」


 ガハハと笑う麗華ですが、息が上がっているのか、苦しそうです。


「梨子がどこにいるのか探しましょう」


「そうやな」


 二人で梨子の気を探りますが、やはり邸全体に何か結界のようなものが施されているのか、梨子の気は感じられませんでした。


 仕方がないので長い廊下をそのまま進むと、エレベーターのあるホールに出ました。


 地上に出るには、エレベーターに乗るしかないようですが、キンキラキンに飾り立てられた扉があからさまに怪しいので、


「どうする?」


と麗華に尋ねました。麗華は腕組みして扉を睨み、


「行くしかないやろ。どんな罠があろうとも、ウチ等は大丈夫や」


と言って、親指を突き立てました。そのポーズに何の意味があるのか、よくわかりませんが。


「よっしゃ、行くで」


 麗華は勇んで壁にある昇降ボタンを押します。


 モーターが駆動する音が聞こえ、エレベーターが降りて来ます。


 チンという音が聞こえ、キンキラキンの扉が重々しく開きます。


 内部を探ってみますが、特に罠は仕掛けられていないようです。


「何や、見かけ倒しかい」


 麗華はそう言いながらもホッとしたように溜息を吐き、中に入ります。


 私も続けて入りました。


「え?」


 利用階のボタンを押そうとして、私は驚きました。


 B5まであります。私達がいるのはB1なので、あと四階も地下があるのです。


 もう一度梨子の気を探ってみますが、やはりわかりません。


「梨子はB5やろ。悪い奴は地下が好きやねん」


 麗華は名推理をした探偵気取りなのか、フッと格好をつけて笑いました。


「そうかもね」


 私は苦笑いして、「B5」のボタンを押します。まさか、あんなところに着くとは思いもしなかったので。


 扉がゆっくりと閉じ、キュイーンとモーターが動き出し、滑車が回り出す音がします。


 エレベーターは下に行く時のあの独特の嫌な感覚を発し、降り始めました。


 エレベーターは、様々な人が利用する狭い空間なので、嫌な気が溜まりやすいのは事実ですが、よくテレビの恐怖映像であるような事は滅多に起こりません。


 ところがです。


 ガクン、とエレベーターが停止しました。


「こ、故障か?」


 麗華がビクッとして言います。実は彼女、閉所恐怖症です。隠してるつもりみたいですけど。


 だから、霊は全然怖くないし、大抵のものにはビビったりしないのですが、エレベーターは違うんです。


 普通に動いている時は、全然怖くないらしいですが、止まったりするとパニック気味になります。


「ら、蘭子」


 麗華は私にしがみついて来ました。震えているようです。


「西園寺さん、八木さん、私の邪魔をしないでくださいません?」


 梨子の声がスピーカから聞こえて来ました。


「何をしたの?」


 私はごく冷静に尋ねます。


「エレベーターの駆動系を切りました。しばらくそこで、私の可愛いペット達と楽しんでいてくださいな。私は大事な儀式がありますので」


「儀式?」


 しかし、梨子はもう別の場所に移動したのか、何も答えはありません。


「ふううおお!」


 その時、天井からいきなり練り込まれた悪意を放っている霊が進入して来ました。


「そういう事なのね」


 私は麗華に目配せし、印を結びます。霊は緩やかに舞い降りると、瞳のない目を私に向けます。


 若い女性の霊のようです。白いワンピースを着て、おかっぱのような髪形をしています。


 梨子が術で縛っているらしく、何の感情もありません。


「わ!」


 閉所にたじろいでいる麗華は、壁から別の霊が現れたのに仰天し、叫びました。


 普段の彼女からは考えられません。戦闘不能状態です。


 壁から現れた霊は、中年の男性で、髪が薄く、メタボど真ん中です。同じく、瞳のない目で、感情は読み取れません。


 この人達は、梨子とどんな関わりがあるのかを探ろうとしましたが、梨子の術で縛られているため、何も見えて来ませんでした。


「ひいうわあ!」


 二人が私達に襲いかかります。


「オンマリシエイソワカ!」


 役に立たない状態の麗華を庇って、私は再び摩利支天の真言を唱えます。


「ひゃあ!」


 男女の霊は真言に弾かれ、後退しました。


「オンアロリキヤソワカ」


 私は観世音菩薩の真言を唱えました。


「ひゅううう!」


 しかし、観音様の慈悲の光が二人の霊には届いていません。


(どういう事?)


 謎を解こうと考えていると、また別の霊が現れます。


 しかも今度は五体同時です。全員、白装束を纏っていて、修験者のようです。


「あああ!」


 修験者の霊は麗華に迫りました。


「麗華!」


 私が動こうとすると、修験者の霊が二手に分かれ、三体が私に向かって来ます。


「ああ……」


 戦闘不能状態の麗華は、修験者の霊に服を剥ぎ取られ、胸を、そのえーと……。


「あああ!」


 麗華の喘ぎ声が狭い箱の中に響きます。


「オンマリシエイソワカ!」


 私は修験者の霊を弾き飛ばそうとしましたが、


「オンアボキャベイロシャノウマカボダラマニハンドマジンバラハラバリタヤウン」


 修験者の霊は光明真言を唱え、私の真言を打ち消してしまいました。


(厄介な霊ね)


 私はギリッと奥歯をかみしめました。

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