魅惑の占い師(孝雄編)

 私は西園寺蘭子。霊能者です。占いや骨董品の鑑定も承っています。


 怪しい陰陽師の一件が解決してまもなく、今度は夫の浮気相手が占い師らしいと言う調査依頼を受けました。


 但し、その占い師は、今メディアを騒がせている美貌の占い師、太田梨子です。


 その能力は、私も認めざるを得ないほどですが、派手な衣装とそのあまりにもビジネス優先なところが、同業者達の反感を買っています。


「ホンマ、金に汚い女らしいで」


 依頼者の夫である篠崎孝雄さんが勤務している建設会社に向かう車の中で、私の親友の八木麗華が言います。


「……」


 私は、太田梨子も、麗華にだけは「金に汚い」と言われたくないだろうな、などと想像し、つい笑ってしまいます。


「笑い事やないで、蘭子」


 麗華は助手席でふんぞり返って言いました。シートベルトを着けている意味がない態勢です。


「はいはい」


 私は肩を竦めて、ハンドルを切りました。


 


 孝雄さんの会社は、丸の内の一等地にあるビルの中です。


 私達のような怪しい女二人が入れるような場所ではありません。


「どないする、蘭子?」


 さすがの麗華も、こういうところにはコネクションはないようです。


「取り敢えず、正攻法で行ってみましょうか」


 私は麗華を伴い、ビルの中に入ります。


 正面に総合受付がありました。


 このビルには、日本有数の大企業である五反田グループの関連会社が入っているようです。


「あの、五反田建設の篠崎孝雄さんにお会いしたいのですが?」


 私は笑顔で受付のお姉さんに話しかけます。何故か麗華は私の背後に隠れるようについて来ています。こういうのは苦手のようです。


「アポイントメントはおとりですか?」


 受付のお姉さんが言いました。


 約束がないと会えないのか!? 「いけない私」ならすぐにそう言うでしょう。


「いえ、とっていません」


 私は更にニコッとして答えました。


「お待ちください」


 お姉さんは電話で五反田建設のフロアに連絡しました。


「一階受付の丸山です。篠崎課長はいらっしゃいますか?」


 相手が答えているようです。


「はい」


 お姉さんは受話器を戻すと、私を見上げて、


「篠崎は只今外出中です」


「どちらにおいでか、わかりますか?」


 私は即座に尋ねました。


「それはお答えしかねます」


 お姉さんは作り笑顔で言いました。でしょうね。


 確認してくれただけでもありがたい事かも。


「ありがとうございました」


 私はお姉さんにお礼を言い、受付を離れます。


「まさかと思うけど、こんな時間から、太田梨子のとこやないやろな?」


 麗華が呟きました。私もそんな気がします。


 その時でした。


「五反田建設さんの篠崎課長はいらっしゃいますか?」


 どこかの会社の営業の方が、先程のお姉さんに尋ねています。


 私と麗華は、わざと聞こえないフリをしてその場から去りました。


 その営業さんは、お姉さんに何か言われ、ロビーのソファに向かいます。


「おやおやあ、客によって、いたりいなかったりするんか、この会社の人は」


 麗華は、お姉さんに聞こえるような大きな声で嫌みを言います。


 ふと受付のカウンターを見ると、お姉さんは俯いてこっちを見ないようにしていました。


「いるのはわかったから、降りて来るのを待ちましょう」


 私はまだお姉さんを睨んでいる麗華を引き摺るようにしてビルから出ました。


 そして、少し離れた場所から中を観察します。


「暑いから、中に入りたいわ、蘭子」


 麗華が下品にも、ど派手なブラウスの襟をパタパタさせています。


「見えるわよ、麗華」


 私は赤面して注意しました。


「別にええやん、減るもんやないし」


「……」


 恥知らずな麗華に私は呆れました。


 そんな事を言い合っているうちに、お目当ての孝雄さんが降りて来たようです。


「おお、なかなかイケメンやん。奥さん、心配なはずや」


 麗華は、孝雄さんが男前なのに気づき、サッとビルに入って行きます。


「ちょっと、麗華、早いわよ!」


 私も慌ててビルに入ります。


 孝雄さんは私達に気づいた様子もなく、ソファで待つ営業さんに近づき、挨拶を交わしています。


「話が終わるのを待ちましょう」


 私と麗華は、ロビーの端のソファに座ろうとしました。


「あの」


 その時、近くにいた二人の警備員さんが声をかけて来ました。


「ちょっとこちらに来ていただけますか?」


 言葉は丁寧ですが、私と麗華を挟み込むように立ち、私達の腕を掴みます。


「何すんねん!?」


 麗華が振り払おうとしますが、警備員さんは私達より二十センチ以上身長が高く、体重も一人で二人分くらいありますから、どうにもなりません。


「く……」


 しかも、右腕を強引に後ろに反らされたので、印が結べず、真言も使えません。


「さあ」


 私達は、ロビーにいる全員の視線を浴びて、奥にある警備員の控室へと連れて行かれました。


「こら、ええ加減にせいよ!」


 控室に押し込まれるように入らされると、麗華が怒鳴りました。


「どこの風俗店だ、お前達は?」


 警備員さんが凄んで来ました。風俗店? 麗華はともかく、私はそんないかがわしい格好ではありません。


「最近、グループの管理職に近づいて、浮気をネタにゆすりを働く連中がいる。お前達もその仲間だろう?」


 警備員さんが言いました。何か変です。


 妙な気が漂っているような感じです。


「蘭子、こいつら……」


 麗華が警備員さん達を射るような目で見ます。


 警備員さん達の目は、普通の人の目ではありません。


 何者かに操られています。


「そんなに男が欲しいのなら、俺達が相手をしてやるよ!」


 警備員さん達はいきなりズボンと下着を脱ぎ出します。


 まさか、太田梨子の差し金? 思わず麗華と顔を見合わせます。


「そんな貧相なもんぶら下げて、偉そうにすな!」


 私は顔を背けたのですが、麗華はしっかり見ているようです。


 貧相って……。どの辺がなのでしょう? やだ、私ったら。


「インダラヤソワカ!」


 麗華の帝釈天真言が炸裂し、


「ぐぎゃぎゃあ!」


 警備員さんの大事なところに直撃したようです。


 ご愁傷様です。


「やばいで、蘭子! 事態は思うてる以上に深刻かもしれへんで」


 麗華は痙攣している警備員さんを蹴飛ばして、部屋を飛び出します。


 私は警備員さんを視界にいれないようにして、麗華に続きました。


 


 ロビーに戻ると、ちょうど孝雄さんが話を終えて立ち上がるところでした。


 まさにグッドタイミングです。


 すると孝雄さんは私達に気づき、慌てて走り出します。


「逃がすかい!」


 麗華は、


「オンベイシラマンダヤソワカ!」


と毘沙門天の真言を唱え、高速移動して孝雄さんの前に回り込みます。


 またロビーの視線が麗華に集まりました。


「篠崎さん、私達は貴方の奥様に頼まれて来たのです。話を聞かせてください」


 私も彼に追いつき、言いました。


「美都子に?」


 孝雄さんはビクッとして私を見ました。


 


 ロビーのソファで、私と麗華は孝雄さんに経緯を語りました。


 孝雄さんはホッとした表情で、


「良かった。貴方達が妻の弁護士かと思ったんです」


 孝雄さんは、自分が太田梨子に嵌っているのを知られ、美都子さんに離婚を迫られるのではないかと思ったそうです。でも、麗華のような服装の弁護士はいないと思います。


「美都子さんは、貴方の身体を心配しているんです」


 私が言うと、


「あんたが太田梨子のとこから帰って来ると、イッた時のような顔してるて奥さんうてたで」


 麗華がストレートに言います。私はギョッとしてしまいました。


 孝雄さんは真っ赤になっています。


「そ、そんな事を美都子が……」


「そうや。奥さんは、あんたが太田梨子とエッチしてるんやないかて疑ってるんや」


 麗華は更に直球勝負を仕掛けます。


「それはありません。私はあくまで太田先生のご助言を賜っているだけです」


 孝雄さんは麗華を見て答えました。嘘を吐いていない事は、孝雄さんの出す気でわかります。


「ほなら、太田梨子んとこで何しとるねん? 何で帰って来た時、イッたような顔しとるねん?」


 麗華は苛ついて来ています。


「それは……」


 孝雄さんは口籠りました。隠し事をしているのではないようです。


「覚えていないのですね?」


 私が尋ねると、孝雄さんは私を見て、


「はい。太田先生のところに行って、話を聞いていただくと、最後に先生がお香を焚いてくださいます。その辺りから、お部屋を出るまでの記憶が曖昧で……」


 お香ですか? そこに何かがありそうですね。


「太田梨子のところにはもう行かない方がいいですよ。行き続けると、貴方の命が危うくなります」


 私は脅かす訳ではなく、そう忠告しました。


「そうですか。最近、身体の疲れが酷くて、妻の話の相手をする気力もなくなって……」


 孝雄さんは毎日帰りに太田梨子のところに寄り、相談をしていたそうです。


「いくらあんたが精力絶倫でも、このままやとやばいで」


 麗華が孝雄さんを覗き込むように見ました。孝雄さんは思わず股間に手をやりました。


「はあ……」


 孝雄さんは何か心当たりがあるのか、項垂れます。そして、


「どうすればいいのでしょうか?」


と私を見ました。私の視界の端にムッとする麗華が見えました。私は何か言いたそうな麗華を無視して、


「今日はこのまま早退して、私の事務所に来てください」


「え?」


 孝雄さんは「そんな事で会社を早退できるか!」と言いたそうでしたが、


「命に関わるんですよ」


という私の言葉で、


「はい」


 渋々納得し、受付から自分の上司に電話し、体調が優れないと伝え、早退を申し出たようです。


 


 私達は、孝雄さんを車に乗せ、一旦事務所に戻りました。


 太田梨子が何か仕掛けて来ると思いましたが、何もありませんでした。


 多分彼女は、私達が乗り込む事を予測し、手ぐすね引いて待っているのでしょう。


 望むところです。


「絶対にここから出ないでくださいね」


 私は何度も念を押し、孝雄さんを事務所に残して、太田梨子のいる屋敷へと向かいました。


 さて、どんなところなのでしょう?


 何だかドキドキして来ます。


 


 西園寺蘭子でした。

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