太田梨子
魅惑の占い師(依頼編)
私は西園寺蘭子。霊能者です。
先日、妙な陰陽師の襲撃を受け、私と親友の八木麗華は、危うくそいつの肉奴隷にされてしまうところでした。
でも、「いけない私」の活躍で、その陰陽師、蘆屋道允は倒れました。
そして、次の日に、G県の退魔師である江原雅功さんが道允を引き取りに来てくださいました。
私は襲い掛かりそうな麗華を何とか押し止め、雅功さんに道允をお願いしました。
「江原さん、ええなあ」
麗華が頬を染めて乙女全開なのには、ゾッとしました。
まあ、それは良かったのですが……。
数日後、私は事務所の電話に出て、猛省中でした。
「蘭子ちゃん、何のために厳しい修行に堪えて来たのか、わからんぞ」
電話の向こうから、出羽の大修験者である遠野泉進様の落胆ぶりが伝わって来ます。
「申し訳ありません、泉進様。もう一度修行をし直します」
私は、見えないのはわかっていますが、深々と頭を下げてお詫びしました。
「蘭子ちゃんの裏の人格は、確実に蘭子ちゃんを
「はい……」
それは大変恐ろしい末路です。絶対に困ります。
「一刻も早く、儂の所に来なさい。但し、あの関西女の同行は不要だ。代わりに小松崎瑠希弥ちゃんを……」
泉進様がそこまで
「何やと、ジイさん! ウチは行ったらあかんのかい!?」
隣で聞き耳を立てていた麗華が、受話器を奪い取って怒鳴りました。
泉進様が
「どういう事か、説明してもらおか?」
麗華はその筋の人も逃げ出しそうなドスの効いた声で続けます。
「わっはっは、冗談じゃ、冗談。儂はな、麗華ちゃんが来ると、ドキドキして、何も手につかなくなるんじゃよ」
「白々しい事抜かすな、エロジジイ!」
麗華はムッとしたままで私に受話器を返し、ソファにドスンと座ります。
「気ィ悪いわ、ホンマに」
腕組みをして剥れる麗華。ちょっと可愛いです。
「すみません、泉進様」
私は麗華の非礼をお詫びしました。麗華が隣にいるのを言わなかった責任も感じましたし。
泉進様は大笑いしてから、
「まあ、すぐに来る必要はない。窮地を救ってくれた神崎新という霊能者の言った事を応用する事だ」
泉進様の言葉に、私は思わず麗華と顔を見合わせました。
「どういう事ですか?」
不思議に思って尋ねます。すると泉進様は、
「自分の身体の中に毎日、摩利支天の真言を放つのだ。そうすれば、裏の人格の持つ凶暴性と残虐性が薄まる。そうすれば、裏の人格に取って代わられる危険性が弱まる」
「そうなんですか」
私はまた麗華と顔を見合わせました。
「但し、完全に裏蘭子を消してしまうと、蘭子ちゃん自身の力に影響するから、程よく抑える程度に留めた方が良いだろうな」
「そうなんですか……」
何だか難しそうです。私としては、できれば裏蘭子には奇麗さっぱり消えてもらいたいのですが……。
「どうしても裏蘭子が手に負えなくなったら、また来なさい。まあ、蘭子ちゃんなら、裏の人格とうまく付き合っていけると思うがな」
「はあ……」
あの「いけない私」とうまく付き合っていく自信は全くありません。
私は泉進様にお礼を言って、受話器を置きました。
「次はウチは行かへんで。あのジジイ、ムカつく」
麗華はまだ怒っているようです。
「まあ、行かずにすむようにしたいわね」
私がそう言って、麗華の向かいに座ろうとした時です。
ドアフォンが鳴りました。
ドアの向こうから伝わって来る気の感じから、クライアントのようです。
私は麗華に目配せしてからドアに近づき、開きました。
そこには私達より何歳か年上くらいの女性が立っていました。
白地にドット柄の半袖カットソーとネイビーブルーのパンツの組み合わせ。
左手の薬指の指輪を見るまでもなく、発する気で既婚者だとわかります。
でも、何だか結婚されている女性にしては、妙に淫の気を漂わせています。
欲求不満という状態でしょうか?
「あ、あの、西園寺蘭子先生ですか?」
女性が口を開きました。私は微笑んで、
「はい。何かお悩み事ですか?」
と尋ねました。すると何故か女性は俯いて頬を染め、
「はい」
私は取り敢えず、彼女を事務所に招き入れ、ソファに座らせます。
麗華は給湯室で飲み物を入れてくれているようです。
珍しいです。なんて思ったら、悪いですね。
「よろしければ、お話を聞かせていただけますか?」
私はできるだけ女性を刺激しないように気をつけながら言いました。
「夫がその、全然してくれないんです」
「え?」
一瞬にして、彼女の悩みがわかりました。
えーと……。私の方が赤面してしまいます。
「何や、エッチしてくれんのか、旦那さん?」
アイスコーヒーを入れたグラスをトンとテーブルに置くと、麗華は不躾にそう言い、女性の隣に座ります。
「はい」
女性はグイッと顔を近づける麗華から離れながら答えました。
只の欲求不満にしては、彼女の気は悩みに溢れています。何かありそうです。
「旦那が何かに嵌ってるな?」
麗華が言うと、女性はビクッとして、
「はい。最近、占いに嵌っているんです」
「占い?」
私と麗華は異口同音に叫びました。
女性の名前は、篠崎美都子さん。
大学時代に知り合った孝雄さんと三年前に結婚したそうです。
子供はまだらしく、早く欲しい美都子さんと、まだ二人きりの生活を楽しみたい孝雄さんの思いがすれ違っていますね。
そんな時、孝雄さんは雑誌で知った有名な占い師のところに行き、どうすればいいか訊いたそうです。
するとその占い師は、
「子供はまだ早い。貴方は仕事に打ち込みなさい」
と言ったようです。それ以来、孝雄さんは美都子さんと、えーと、その、エッチをしなくなったそうです。
「しょうもない旦那やな。占い師の
麗華はソファにふんぞり返って言いました。そして、私の視線に気づき、
「も、もちろん、占い師にはピンからキリまであるからな。ハハハ」
とわざとらしく笑います。
私も占いをしますので、気を遣ったつもりなのでしょう。
別に気にしてませんが。
すると美都子さんは衝撃的な事を言いました。
「夫は、子供を作りたくないだけで、エッチが嫌いな訳ではなかったんです。ですから、毎日のように私達は愛し合っていました」
美都子さんは真っ赤になりながら説明してくれます。私も顔が火照るのがわかりますが、麗華は楽しそうです。
「でも、その占い師のところに行ってから、私を全然求めて来なくなったんです」
美都子さんは涙ぐんで言い放ちます。
「その占い師の名前、もしかして、太田梨子やないか?」
麗華が真顔になって尋ねました。
太田梨子。メディアでも引っ張りだこの売れっ子占い師です。
彼女は、その辺にたくさんいるエセ占い師ではなく、本当に力のある人です。
但し、あまりにも派手な生活と、占いをビジネスにして恥じないその性格を同じ占い師達に疎まれ、嫌われています。
「はい、そうです。あの占い師が、夫を誘惑して……」
なるほど。美都子さんは、孝雄さんが太田梨子と肉体関係にあると思っているのです。
確かに太田梨子は若くて奇麗で、その上プロポーションも抜群。
加えて、過激な服装でテレビや雑誌に登場しているので、男性の人気も抜群です。
「浮気の兆候があるのですか?」
私は美都子さんを通じて孝雄さんを調べようとしましたが、孝雄さんにコンタクトできないので、そう尋ねました。
「占い師のところに行った日は、とても疲れた顔をしているんです。その顔は、夫が果てた時の顔なんです」
美都子さん、今、凄い事言いましたよ! 私と麗華は思わず顔を見合わせました。
「そうか、なるほどな。旦那、いろんな意味で、太田梨子に嵌ってるようやな」
麗華がニヤリとして言いました。
「お願いです、あの人を占い師から救ってください。心なしか、日に日にやつれているような気がするんです」
美都子さんは私に
「わかりました。調べてみます。連絡先を教えてください」
私は名刺を渡し、メモ帳に美都子さんの携帯の番号を書いてもらいました。
そして、当事務所の料金体系を説明します。
「何かわかりましたら、連絡致します」
「どうぞよろしくお願いします」
美都子さんは何度も頭を下げて、事務所を去りました。
「太田梨子、あの人の旦那を縛ってるな、呪術で」
麗華が言いました。
「そうね。さっき、美都子さんを通じて孝雄さんを調べようとしたら、邪魔されたわ」
「なかなか楽しめそうやな」
麗華は嬉しそうです。
「にしてもや」
麗華は私がしまいかけた料金表を取り上げ、
「安過ぎるで、これ。こないな金額やから、蘭子は貧乏から抜けられないねん」
と酷い事を言います。
麗華は、私が亡くなった両親の遺産で生活できている事を知りません。
ですから、私がひもじい生活をしていると思い込んでいます。
でも、瑠希弥がいた時にも相当な金額を「稼いだ」ので、今は多分、遺産より私の通帳の残高の方が多いと思います。
これも、麗華には内緒です。ごめんね、麗華。
「まあ、ええ。それより、これからどないする?」
麗華は料金表を私に返して尋ねました。私は料金表を机の引き出しにしまって、
「まずは、旦那さんに会ってみましょうか。ご本尊様に会うのは、その後ね」
「そうやな」
さて、新しい依頼です。太田梨子はどんな女性なのか。
何か企んでいるのか? 興味は尽きません。
西園寺蘭子でした。
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