山奥の教祖はイケメン(後編)

 私は西園寺蘭子。霊能者です。今、いけない私が大股開きで大笑いしています。


 このまま死んでしまいたいくらい恥ずかしいです。


 でも、そうも言っていられません。


 目の前にいるのは、「いざなみ流古神道」の教祖である蘆屋道允。


 途方もない淫術の使い手です。彼は私の「変貌」に目を見開いていましたが、


「なるほど、そういう事ですか」


と言い、ニヤッとしました。


「それが噂に名高い裏の蘭子さんですね?」


 道允は「いけない私」の情報を持っているようです。


 それにしても、「噂に名高い裏の蘭子さん」て……。


 泣きそうです。


「そうかい、私はそんなに有名なのかい。嬉しいねえ。嬉しいついでに、私の親友にした仕打ちのお礼をさせてもらうよ!」


 いけない私は、更に大きく脚を開きます。スカートがメリッと音を立てました。


「ぬ?」


 道允もいけない私のパワーに気づいたのか、後ろに飛びました。


「食らいな! オンマケイシバラヤソワカ!」


 いきなり大自在天の真言を唱えるいけない私。


 結構頭に来ているようです。


 表の私と同じく、親友の八木麗華を大切に思っているのですね。


「無駄ですよ、裏蘭子さん」


 道允は不敵な笑みを浮かべて言いました。


 大自在天真言は道允に届く前に消滅しました。


「何!?」


 いけない私が狼狽えています。


「僕の足元をよく見てくださいよ、裏蘭子さん」


 道允は人を小馬鹿にしたように笑います。


「何だと!?」


 言われたように道允の足元を見ると、五芒星ごぼうせいが描かれていました。


 別名、安倍晴明あべのせいめい印。最強の結界です。


「そして、この結界にはもう一つの能力がある」


 道允の顔が険しくなります。


「くう!」


 消滅したはずの大自在天真言の力が、私に向かって来たのです。


(術を吸収して反射した?)


 私はすっかり面食らってしまいましたが、


「笑わせるな!」


 いけない私は全然怯んでいません。


「オンマケイシバラヤソワカ!」


 もう一発大自在天真言を放ち、向かって来た真言にぶつけて、力を相殺してしまいました。


 この辺の臨機応変さだけは、いけない私を尊敬してしまいます。


「バカめ、この蘭子様は何でもお見通しだ!」


 身体を仰け反らせて高笑いするいけない私です。前言撤回します。


「そうですかね?」


 術を相殺された道允はそれでも余裕の表情を崩しません。


 ちょっと不気味です。


「強がりはよせ、キモいナルシストめ。お前は女が好きなんじゃなくて、お前にかしずく者が好きなだけだろう?」


 いけない私が鋭い突込みを入れます。ほんの一瞬だけ、道允の顔が歪みました。


「術が使えないのなら、こっちでぶちのめすまでだ!」


 いけない私は拳を握りしめ、道允に突進します。


「そう来ると思っていたよ、哀れな二重人格者さん」


 道允が嫌らしい笑みを口元に浮かべ、呪符を取り出しました。


「うるさい! くたばれ!」


 いけない私はそれでも止まらず、道允に向かいます。これは確実に「カウンター」を食らうパターンだと思いますが、どうする事もできません。


「はあ!」


 道允は呪符を私に投げつけます。


「い!」


 呪符は私の額と両胸(それもちょうど乳首の上辺り)、おへそ、それとあそこ(言えません)に貼り付きました。


 途端に緊急停止するいけない私。身動きが取れなくなってしまいました。


「蘭子!」


 服を着直した麗華が叫びました。でも、まだ立つ事ができません。


 さっきの淫術で何度も「逝かされた」ため、足腰がフラフラなのです。


「愚かだなあ、貴女は。僕に逆らわなければ、こんなむごい方法を採らなくてもすんだのに」


 道允は肩を竦めて私に近づきます。


「その呪符はやがて貴女の身体に溶け込み、貴女を僕の忠実なる肉人形にします」


 ギョッとしました。まさしく「産む機械」にされるという事です。


「貴女は胸は小さいけど、丈夫そうだし、たくさん僕の御子を産んでくれると思っていますよ」


 道允はニヤニヤしながら、私の胸をまさぐります。


「触るな、クソヤロウ!」


 いけない私が叫びます。その発言については異論はありません。


 まさしくこいつは「クソヤロウ」です。


「そのうち気持ち良くなって来るよ、蘭子さん」


 道允は私の顔をベロッと舐めました。寒気がしますが、抵抗できません。


 いけない私が激怒したようです。


「てめえ! 金○踏み潰してやる!」


 ああ……。いくら何でも、その発言はいけません。記憶から消し去りたいです。


「それは困るなあ。子種がなくなってしまうよ」


 道允は愉快そうに笑い、スカートの下に手を入れて来ました。


「うう……」


 いけない私が悶えます。気持ち良くなってしまったのでしょうか?


 呪符が溶けて体内に入り始めました。身体が痺れていくのがわかります。

 

 これはますますまずいです。


「ほうほう、蘭子さんも準備完了のようですね」


 道允は舌なめずりしました。


 彼の右手でネラネラと光るのは、恥ずかしながら、私の「愛液」のようです。


 その時でした。


『蘭子さん、聞こえますか?』


 男の人の声がしました。


『え? どなたですか?』


 私はその人に尋ねました。


『貴女の心の恋人の神崎新です』


 神埼新? 麗華の幼馴染の? でも、心の恋人って……。気持ち悪いです。


『神崎さん! どこにいるのですか?』


『残念ながら、僕がいるのはあの世です。道允に殺されました。あそこをちょん切られて』


 神崎さんの声は悲しそうでしたが、「ちょん切られ」情報は要りません。


『いいですか、蘭子さん、摩利支天の真言を自分の身体の中に向かって放ってください』


 神崎さんは意外な事を言いました。


『どういう事ですか?』


 意味がわかりません。すると神崎さんの声は、


『これ以上話していると道允に気づかれます。とにかく、僕の言う通りにしてください。お願いしますよ』


と言うと、その気配を消してしまいました。


「今、誰かと話していましたね? 誰です?」


 道允が険しい表情で尋ねます。


「誰とも話していねえよ、バーカ」


 いけない私はこの期に及んでもそんな事を言います。でも、何だか気持ちいい返しです。


「まあ、いいでしょう。もうすぐ貴女は僕の肉人形になるのだから」


 道允の右手がまたスカートの下に入って来ます。


(こうなったら、神崎さんを信じるしかない!)


 私は、摩利支天の真言を身体の中に向かって唱えました。


(オンマリシエイソワカ!)


 え? 何?


「ぬわ!」


 道允が飛び退きました。次に私の身体から呪符が放出され、ボオッと燃え尽きました。


 うまくいったようです。神崎さんに感謝ですね。伝わるでしょうか?


「何をした?」


 道允が驚愕の表情で私を見ています。


「教えてやらねえよ!」


 いけない私は身体の自由を取り戻したのを知ると、一足飛びに道允に近づきました。


「おらああ!」


 ラッシュです。もう惨たらしいほどの拳の嵐です。


「ぼへ、ぶき、ぐぼ、ぬぎ……」


 道允の顔はボコボコになり、すでに原型がわからないほど腫れ上がっています。


「げべべ……」


 道允はそのまま後ろにドサッと倒れました。


「まだだよ、エロヤロウ!」


 いけない私がニヤッとして大きく足を上げます。


 何だか嫌な予感です。


「おらあ!」


 いけない私は、渾身の一撃を道允の股間に見舞いました。


「ぎゃああああ!!」


 地下駐車場に道允の絶叫が響き渡りました。


 いけない私は満足そうにニッと笑うと、ようやく引っ込んでくれました。


 こうして、いざなみ流古神道との戦いはどうにか終了したのでした。


 ああ、削除デリートしたい記憶が多過ぎる……。


 


 しばらくして、何とか足腰が立つようになった麗華と共に、絶叫したままの顔で気を失っている道允を呪術を練り込んだ特別な縄で縛った私は、G県の江原雅功さんに連絡しました。


「何で蘭子だけ、江原さんの携帯番号知ってるねん?」


 不満そうな麗華。何を考えているのでしょう?


 確かに雅功さんは素敵な男性ですが、奥さんがいるのです。


 それに、雅功さんの息子さんは、友人の箕輪まどかちゃんの彼です。


 恋愛対象になりません。人としてダメな考えです。


「無事、解決のようですね」


 雅功さんは電話に出るなり言いました。


「はい。後は長野県の本拠に行って、女性達を解放してあげないといけません」


 すると、雅功さんが意外な事を言います。


「そちらは、私のお師匠様に任せてください。それと、道允もお師匠様のところに連れて行きますので、私が行くまで預かっていてください」


「そうなんですか」


 私はチラッと麗華を見ます。


「おお、江原さん、ここに来るんか?」


 嬉しそうな麗華が怖いです。妙な事をしないと良いのですが。


「できるだけ早めに伺いますので」


 雅功さんはそう言って通話を切りました。


「楽しみやなあ。また服選びで悩まないかんなあ」


 麗華はヘラヘラしながら言います。


「麗華は大阪に帰らなくていいの?」


 私はわざと意地悪な事を言ってみました。


「あ、蘭子、ウチに雅功さんを盗られる思うてるな?」


 麗華は何をどう勘違いしたのか、とんでもない事を言い出します。


「何言ってるのよ」


 私は呆れて、麗華に背を向けました。


「心配せんでええよ、蘭子。雅功さんにはチョッカイ出さんから」


「あのね……」


 振り返ると、意外にも真顔の麗華がいました。


「おおきに、蘭子。今日は助けられてばかりやったな」


「麗華……」


 何となく照れ臭い私。すると麗華は、


「それより、はよ、服着た方がええで」


とニヤニヤしながら言いました。


「え?」


 はっと気づくと、私はまだブラ丸出しの格好です。


「早く教えてよ!」


 顔を真っ赤にして、私は麗華に言いました。


「いや、蘭子は暑くてその格好してるんかなあて思うたんよ」


 麗華はニッとしました。


「そんな訳ないでしょ!」


 ムッとして言い返しながらも、何だかおかしくなって笑ってしまいます。


 麗華も釣られて笑い出しました。


 何にしても、お互い貞操が無事で良かったです。


 


 西園寺蘭子でした。

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