山奥の教祖はイケメン(中編)

 私は西園寺蘭子。霊能者です。


 山形の修行から戻るなり、私と親友の八木麗華は、長野県にあると言われている『いざなみ流古神道』という淫靡いんびな宗教団体と関わりを持ちました。


 その団体がある村の村長さんと助役さんが、詳しい話をするために東京に来てくださったのですが、敵の追っ手に呪詛をかけられ、無関係なタクシーの運転手さんと一緒に呪殺されてしまいました。


 クライアントが死亡したので、依頼を受けるのを渋る麗華を脅して、何とか敵の本拠地である山奥村に向かう事になりました。


 旅行バッグに術具と着替えを入れ、私は準備完了ですが、麗華がまだ終わりません。


「敵とは言え、教祖はイケメンなんやろ? どれ着てったら、落とせるかな?」


 麗華は服装で悩んでいるようです。


「逆に落とされないでよね、イケメン教祖様に」


 私は腕組みして呆れ顔で言います。


「まあ、男はみんな巨乳好きやから、自前のこいつで十分やな」


 麗華は誇らしそうに自分の胸を揺すってみせます。


 貧乳の私への当てつけでしょうか?


「わ、悪かったて、蘭子。睨まんといてえな」


 何故か麗華に謝られ、余計に落ち込みました。




 そして、事務所を出て、外廊下を歩き始めた時、敵さんが動きました。


「何や、これ?」


 麗華が鬱陶しそうに呟きます。


 強烈な淫の気です。以前、女子校の調査で感じたものの数十倍は強烈です。


 山形の修験者の遠野泉進様が、私の弟子の小松崎瑠希弥にメールで事情を教えてしまい、瑠希弥から、


「私も同行させてください」


と電話がありました。


「考えさせて」


と返事をしたのですが、相手は淫術を得意とする連中です。


 人一倍感応力が強い瑠希弥には不向きな相手なのです。


 だから、サヨカ会との戦いの時、お世話になった江原雅功さんに連絡し、瑠希弥を思い止まらせて欲しいと伝えました。


 雅功さんも瑠希弥の事をよくわかってくださっているので、


「わかりました。私も瑠希弥さんには危険な相手だと思いますので、説得しましょう」


と承諾していただきました。


(やっぱり、瑠希弥を関わらせなくて正解だったわね)


 数珠を握り、真言を唱えていないと、変な気持ちになってしまいそうです。


「あかん、蘭子、はよ、ここ離れんと」


 麗華も苦しそうです。ふと廊下の先を見ると、あるコンサルタント事務所の前で、その事務所の所長である三十代後半くらいの女性が、しゃがみ込んで大変な事を始めていました。


 外廊下中に響くような喘ぎ声をあげています。


手淫しゅいんか? 取り敢えず、助けたろ」


 麗華はその女性のそばに駆け寄り、


「オンマリシエイソワカ」


と摩利支天の真言を唱え、淫の気を追い払いました。


「大丈夫か?」


 麗華が声をかけると、女性は我に返ったようで、真っ赤になりました。


「わ、私……」


 そして、自分の右手がどこに入っているのかに気づき、更に動揺します。


「あまり気にせんでええ。はよ、事務所に入り」


 麗華はその女性を優しく立たせてあげます。


「あ、ありがとうございました」


 女性は真っ赤な顔でお礼を言い、部屋に入りました。ガチャッとロックがかかる音がします。


 ドアをロックしても、淫の気には関係ないのですが、そんな事を言っても仕方がないですね。


「淫の気除けや。サービスやで」


 麗華はその部屋のドアにお札を貼りました。


「まあ、珍しい。今日は雪が降るんじゃないの?」


 私がからかうと、麗華はムッとして、


「う、うるさいわい! とにかく、ここを離れんと、このビルの女の子が全員、始めてまうで」


「そうね」


 時間的に、ビルに留まっている女性達は少ないでしょうが、それでも全くいないとは断言できないので、私達は急いで廊下を走りました。


 エレベーターは危険なので、階段を駆け下ります。


「ひい、運動不足が祟るなあ」


 麗華は一階降りただけで息を切らせています。


「先に行くわよ、麗華」


 私はヨロヨロしている麗華を置いて、階段をどんどん駆け下り、地下の駐車場に出ました。


「隠れていないで、出て来なさいよ。男らしくないわよ」


 私は駐車場中に響くような大声で挑発しました。


「随分威勢がいいな」


 コンクリートの柱の陰から、若い男が現れます。麗華好みの線の細いイケメンです。


 イケメンさんは、黒のシャツに黒のズボン、黒の靴。妙にインパクトがあります。


「僕の淫の気を受けても正気を保っていられるなんて、さすが西園寺蘭子。大したものだ」


 イケメンはニヤリとして言いました。私は眉をひそめて、


「私の事を知っているの?」


「それは知ってるさ。我々の間では、厄介な敵ナンバーワンだからね」


 イケメンはフッと笑いました。ゾッとします。


「お褒めいただいて光栄です。貴方のお名前は?」


 私はキッとイケメンを睨みます。ずっとイケメンと表現しているのも癪に障るからです。


「私は、蘆屋あしや道允どういん。由緒ある陰陽師の家系の者だ」


 驚きました。多分、この道允が『いざなみ流古神道』の教祖のはずです。


「教祖自らがここまで出て来るとは思っていなかったようだね、蘭子さん?」


 道允はまたニヤリとします。何だかイラッとする笑いです。


「ええ。そんなに人手不足なのですか、貴方の団体は?」


 私は皮肉を込めて尋ねました。すると道允は高笑いをして、


「そうではないよ。僕は貴女に敬意を表して、ここまで来たんだ。力のある相手には、それなりの対応をしないと失礼だからね」


「では何故、村長さんと助役さんを呪殺したの!? 無関係なタクシーの運転手さんまで巻き込んで!」


 私は身体中の血が沸騰しそうなのを何とか抑制して尋ねます。


「連中は余計な事をしようとした。あれは君達への警告であると共に、村の連中への警告でもある」


 急に道允の気が変わりました。淫の気をまた放出し始めたのです。


「蘭子お!」


 そこにヘトヘトになりながら、麗華が現れました。


「さっきのは小手調べだ。これは耐えられるかな?」


 道允は悪魔のような顔になり、私を見ます。淫の気を押し留めるので精一杯の私は、何も言い返せません。


「くう!」


 麗華も数珠を構え、淫の気を阻もうとしています。


「ほお。頑張るねえ。でも、無駄だよ、蘭子さん、麗華さん。貴女達は僕の側室として、僕の御子を産むんだ」


「アホ抜かせ、ボケ!」


 苦しそうな表情で麗華が言います。しかし、口ではそう言いながら、麗華の右手は服のボタンを外し始めています。


「麗華……」


 私は必死に自分の右手がボタンを外そうとするのを止めましたが、道允の淫の気は更にその力を増して来ました。


「おお! 麗華さんの胸、大きいなあ。好きですよ、そういう嫌らしい身体」


 道允はニッとして麗華に近づきます。


「ううう……」


 麗華は服を脱ぎ捨ててしまい、上半身はブラのみです。それもほとんど隠していないようなタイプ。


「いいなあ、本当に」


 道允は麗華のブラを外しました。


「こらあ、外道! 何するんや!?」


 麗華は言葉では抵抗していますが、身体はすっかり反応しています。


「準備万端ですね、麗華さん」


 道允の右手が麗華のスカートを捲り、彼女の秘所に触れました。


「あああ……」


 麗華はその途端に崩れ落ちるように膝を着いてしまいます。


「ほら、こんなにしっとりしてる……。嬉しいなあ。僕を受け入れてくれているんだね、麗華さん」


 道允は指に付着した麗華の愛液をネラネラともてあそびます。


「あ、アホ、やめー!」


 麗華は悔し涙を流しながら叫びました。でも、右手は自分を慰めてしまっています。


「麗華!」


 私は自分の右手を止めながら、何とか言葉を発しました。


「次は貴女ですよ、蘭子さん」


 もう完全に術中の麗華を放置し、道允は私に近づきます。


 さっきより強烈な淫の気です。


 とうとう抗し切れなくなり、私の右手はボタンを外してしまいます。


「フフフ、さしもの西園寺蘭子も、とうとう陥落ですか?」


 道允の人を見下すような言い方に、私は怒りが爆発しそうですが、それはいけません。


 もし、このまま道允にいろいろされてしまう事になろうと、それだけはいけないのです。


「ああ……」


 私もとうとうブラウスを脱ぎ捨ててしまいました。


 麗華を見ると、もう我を忘れて自分を慰めています。


「ほう。蘭子さん、可愛いブラジャーですねえ。子供用ですか?」


 道允はバカにしたような調子で言いました。


 ダメです。限界です。これ以上押し留めておくのは無理です。


 ごめんなさい、泉進様。一から修行のやり直しになりそうです。


「む?」


 道允は私のブラを外そうと近づいたのですが、私の気が変質したのに気づき、バッと飛び退きました。


「何だ、一体……?」


 彼には何が起こっているのかわからないようです。


「子供用だと!? ふざけた事を抜かしてるんじゃねえぞ、このエロヤロウが!」


 私の身体から、爆発的な気が放出されます。ああ。


「オンマリシエイソワカ!」


 麗華がコンサルタント事務所の所長に使ったものの数十倍の威力の摩利支天の真言が放たれ、私を取り巻いていたものはもちろんの事、麗華を縛っていた淫の気も全部吹き飛ばしてしまいました。


「い、一体……?」


 道允は眉をひそめ、私を見ています。


「この西園寺蘭子様をそこまで見下すとは、大した度胸だ。絶対に許してやらねえから、覚悟しろ!」


 そうです。いけない私。封じたはずの私の影がまた出て来てしまったのです。


 しかも、品の悪さをアップさせています。


 大股開きで仁王立ちして、スカートが切れてしまいそうです。どうしましょう?


 


 西園寺蘭子でした。ああ……。

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