いざなみ流古神道

山奥の教祖はイケメン(前編)

「頑張ったなあ、蘭子ちゃん、麗華ちゃん。もう修行は完了だ」


 出羽の大修験者である遠野泉進様が言いました。顔がやや赤く腫れているのは、昨夜お風呂を覗いたバチが当たったのだと思います。


「世話になったな、泉進のジッちゃん」


 私の親友の言葉は、全然お礼を言ったように聞こえません。


 泉進様はそんな事を全く気にしていない様子です。


 私は苦笑いするしかありません。


「あの嬢ちゃん達のところには寄らんのか?」


 泉進様がギクッとするような事を訊いて来ます。


 G県にいる私の大切な友人である箕輪まどかちゃん、そして私の只一人の「弟子」である小松崎瑠希弥の事です。


「はい。今会うと、また挫けてしまいそうですから」


 私は作り笑顔で返し、泉進様のお宅を出ました。あの二人には今はまだ会えません。




 そして……。


 高速道路を快調に走る真新しい赤のスポーツカー。ツーシーターなので、広々とした座席。


「全く、あのエロジジイ、あれだけボコボコにしたったのに、懲りんと毎回毎回覗きくさって!」


 助手席で怒鳴り散らす無二の親友である八木麗華。


 相変わらずすごいファッションセンスの服です。


 そして、運転するのは私、西園寺蘭子。


 二人共霊能者です。


 お久しぶりです。ようやく「いけない私」を封じる事ができ、帰って来ました。


「それにしても、修行が終わった途端に仕事て、どんだけ金の亡者やねん、蘭子?」


 麗華はニヤリとして嫌味を言います。


 金の亡者とか、貯金通帳を抱いて寝る麗華にだけは言われたくありません。


「仕方ないじゃない。事務所の電話回線を復旧させて、私の携帯に転送するようにしたと同時にかかって来たのだから」


 私は少しムッとして言い返しました。麗華はガハハと笑い、


「まあええわ。最近、暴れとらんから、ストレス溜まっとってん。いっちょ、派手に行きまひょか」


と嬉しそうです。全くもう。何を考えているのかしら?


 修行の成果がまるでないような気がします。


「で、場所はどこやねん?」


 麗華がゴソゴソと地図を取り出します。私はチラッと麗華を見て、


「長野県の下伊那郡しもいなぐん山奥村よ」


「うへえ、ものごっつ遠いやん。出張費、ガッポリ貰わんとな」


 麗華は地図を見ながらニヤニヤします。


「生きて帰れたらね」


 私はすぐに釘を刺しました。


「何やそれ? どういうこっちゃ?」


 麗華は地図を畳み、私を見ました。


「以前、依頼を受けて訪れた霊能者が、そのまま三ヶ月も帰って来ていないらしいわ」


「ほお、そらまた、長い出張やのう」


 麗華は真面目に聞いていないようです。私は溜息を吐いて、


「その人の名前は、神崎かんざきあらた。貴女の幼馴染よ」


「何!?」


 さすがに、麗華はギョッとしたようです。


 神崎さんとは、以前ちょっとしたトラブルがあって、麗華が神崎さんを懲らしめました。


 彼はちょっと性格に難がある人でしたが、霊能者としての実力は相当なものでした。


「あいつがやられたんか。そら、気ィつけんとあかんな」


 ようやく麗華の顔が真剣になりました。


「少ない情報しかないのだけれど、相手は『いざなみ流古神道』と名乗る教団で、教祖が男前らしいわ」


「そら、楽しみやなあ」


 麗華はまた嬉しそうに言いました。全くもう。


「だから信者は若い女性ばかりらしいの」


「ウチらにピッタリの仕事やな」


 麗華は楽しそうです。私はまた溜息を吐いて、


「そんな簡単な仕事じゃないと思うんだけど?」


「わかっとるて。あらたの奴がやられたんやとすれば、そいつらには幻術は通用せんゆう事やろ?」


 麗華が真顔に戻りました。


「そうね。神崎さんは幻術で女性になりすまして潜入したのでしょうね。でも、見破られてしまった」


「で、その教団、何が問題やねん?」


 麗華がスナック菓子を取り出して食べ始めます。


「日本中の若い女性を集めて信者にして、彼女達は日本版ノアの箱舟を作り、教祖様の御子を授かるために毎日お情けを賜るのですって」


 説明している私が恥ずかしくなるような内容です。


「何や、それ? 只のエロ教祖やんけ」


 麗華は袋に残ったお菓子の欠片を口に流し込んで言いました。


「でも、それだけなら、私達が行く必要はないのよ」


 私はサービスエリアに入りながら言いました。


「せやな。エッチ好きな集団が勝手に子作りしとるだけやからな」


 麗華は下品に笑いました。私は顔が火照るのを感じながら駐車場に停車し、


「着いたわよ」


と車を降りました。麗華が降りるのを確認し、ドアをロックします。


「問題は、若い女性達の恋人や夫なの」


「ほお」


 私達はトイレに向かいながら話を続けます。


「その人達が、全員行方不明なのよ。全く理由がなく」


「殺されたな、多分」


 麗華が腕組みをして言います。


「ええ」


 私は声を低くして答えました。


「さてと。ウチはうんこするけど、蘭子はせえへんのか?」


 麗華は大きな声で言います。恥ずかしいです。他人のフリをしたいです。周囲の視線を感じます。


「私はしないわよ!」


 プイッと顔を背け、麗華から離れます。


「何や、また便秘か? 身体に悪いで」


 あまりうるさいので、本気で睨みました。


「わ、悪かったて……」


 麗華は慌ててすぐそばの個室に飛び込みました。


 ホントにもう……。下品過ぎます。


 


 長い道のりでしたから、東京の私の事務所に着いたのは夕方でした。


 クライアントは、山奥村の村長さんと助役さんです。


 さっき、携帯に転送で「今東京駅に着きました」と連絡がありました。


「何で東京駅やねん? 長野からなら、新宿ちゃうん?」


 麗華が不思議がるので、


「山奥村は、岐阜県寄りなのよ。だから岐阜に出て、東海道新幹線に乗る方が早いらしいわ」


「ほお、さよか」


 麗華のその言い方、ちょっと嫌いです。


 私は車をビルの地下駐車場に駐め、エレベーターで事務所のある階まで上がります。


「?」


 私と麗華は、ほぼ同時に嫌な予感がしました。


「何や、今の感覚?」


 麗華がキッとして言います。


「何だか、すごく胸騒ぎがする」


 私はエレベーターの扉が開くのを待ち切れず、廊下に出ました。麗華が続きます。


 外廊下を走り、事務所のドアの鍵を開き、真っ直ぐに事務所のテレビに駆け寄って点けました。


 ニュースキャスターの女性が、深刻な顔で原稿を読んでいます。


「つい先ほど入った事故のニュースです。東京駅の近くで、タクシーが謎の横転です」


 私は麗華と顔を見合わせます。まさか!?


「詳しい状況はわかっていませんが、タクシーの運転手、乗客共に死亡との事です」


 私と麗華は、テレビ画面を通じ、タクシーの運転手さんと村長さんと助役さんの霊がもがき苦しんでいるのを見ました。


「まさか、連中が何かしたんか?」


 麗華が呟きます。私はテレビ画面を見据えたまま、


「そうとしか思えないわ。呪詛ね。タクシーに呪詛をかけたのよ」


 私達は、相手にしようとしている教団の恐ろしさを肌で感じました。


「村長と助役を殺したいだけなら、村を出る前に殺せばいいはずや。これはウチらに対する警告ちゃうか?」


 麗華が珍しく冷静な分析をしました。


「そのようね。何だか、やりがいがありそうだわ」


 私の身体の中に闘志がみなぎって来ました。ところが、


「せやけど、村長と助役が死んだゆう事は、クライアントがいなくなったんやないか?」


と麗華は妙な事を言い始めます。


「何が言いたいのよ、麗華?」


 私は彼女の言いたい事がわからず、彼女を見ました。


「これは只働きになるで。ウチは気ィ進まん」


 始まりました。儲け至上主義の麗華が復活です。


 出羽での修行は、麗華の物欲を消すのも目的だったはずなのですが、全然改善されていません。


「そう。そういう事を言うの?」


 私は麗華に背を向けて自分の机に歩み寄ります。


「あ、当たり前や。そないな事しても、ウチらには何の得にもならへん」


 麗華は動揺しながらもまだ損得勘定で話を進めようとします。


「今更降りたなんて言っても、敵には関係ないと思うけど」


 私はさり気なく脅しをかけます。麗華がピクンとするのがわかりました。


「て、敵にウチらの事がバレとるとは限らんで」


 まだ粘ります。しぶといですね。


「バレてると思うよ、麗華。あの呪詛は直接タクシーにかけられたものよ。敵は村長さんと助役さんをつけて来たのよ」


 麗華の顔色が変わります。


「それでも降りるならどうぞ。私一人で山奥村に行きます」


 私はロッカーから旅行バッグを出します。


「あ、アホ、蘭子一人を敵地に行かせるほど、ウチは腐っとらんで」


 ようやく動くつもりになったようです。


 相変わらず、手がかかる子です。


 さて、敵がどこかで私達の動きを見ているかも知れません。


 知恵を絞らないと、目的地にも辿り着けないですね。


 気を引き締めて行きましょう。

 



 西園寺蘭子でした。


 続きます。

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