しばしお別れ
修行に出ます。しばらくさよなら。
私は西園寺蘭子。霊能者です。
巻き込まれるようにして関わりを持った新興宗教団体「サヨカ会」との戦いも、宗主である鴻池大仙の事故死という幕切れとなりました。
大仙の呪縛が消滅したため、信者達は我に返り、瓦礫の山と化したサヨカ会本部から去って行きます。
今になって気づいたのですが、以前冬子さんが「一つだけ希望がある」と言っていたのは、あの黒い着物の少女の事だったのかも知れません。
「あっけないもんやな、ホンマ。エセ宗教の正体なんて、大概こんなもんや」
麗華がボソリと言いました。
まどかちゃんと彼氏の江原君と彼のお母さんの菜摘さんは先に帰りました。
江原君のお父さんの雅功さんが帰らせたのです。
雅功さんはあの黒い着物の少女を見て、何かを感じたようでした。
「西園寺さんは、あの少女をご存知のようですね?」
雅功さんが言った。私は雅功さんを見て、
「はい。以前、この子と一緒に見ました」
私は同居人の小松崎瑠希弥を見ました。瑠希弥はそれに応じて頷きます。
「あの少女は恐らく地獄の使いです。彼女に目を付けられたら、決して助からないでしょうね」
雅功さんの言葉は衝撃的でした。麗華が一番驚いています。
「あの子供、どんな奴に目を付けるんや?」
少し怖がっている麗華は面白いです。
「罪なき人を殺め、のうのうと生きている人間を迎えに来ると聞いた事があります」
雅功さんの説明に麗華はホッとしたようです。
「な、何や、ほなら、ウチらは心配いらんやん」
雅功さんはそれにクスッと笑ってから、冬子さんを見ます。
「その独鈷に貴女の魂の一部が封じられているようですね」
「はい」
何故か冬子さんは悲しそうです。
「それを私の身体に戻すと、記憶がリセットされて、皆さんの事を全部忘れてしまうのです」
私は思わず瑠希弥と顔を見合わせました。
「つまり、魂の一部を封じられた以前の記憶に書き換えられてしまうという事ですね?」
雅功さんが尋ねる。冬子さんは雅功さんを見て頷いた。
「私、あまり楽しい人生ではありませんでした。苛められてばかりで……。だから、魂の一部を取り戻して、やり直そうと思ったんです」
冬子さんは泣いていました。彼女は魂を分割されたせいで感情をうまく表現できないようです。
冬子さんが泣いているとわかったのは、私が彼女の心を覗いたからです。
普通の人には冬子さんの顔は無表情に見えるはずです。
「でも、まどかちゃんや、慶君、それから、ここにいる皆さんに出会って、私にも楽しい人生がありそうだって思えて……」
麗華が涙ぐんでいます。彼女も私と同じであまりいい人生を歩んでいないので、冬子さんの気持ちがわかるのでしょう。
霊媒体質の瑠希弥はもう号泣しています。
「だから、魂の一部はそのままにします。私は今のままの記憶を大切にしたいので」
冬子さんの顔が微笑みます。私も微笑んで、
「ええ。そうして、冬子さん。私も貴女の記憶から消えたくないから」
「蘭子さん」
冬子さんが私を見ます。
「やっと名前で呼んでくれたわね」
私は冬子さんと抱き合いました。
とうとう私も号泣。麗華は動物の雄叫びのような声で泣き出します。
しばらくしんみりした後、雅功さんが切り出しました。
「西園寺さん、貴女方はメディアに露出して、随分叩かれています。しばらく身を隠した方がいいと思います」
「はい」
私もその通りだと思います。元々私達はあまり目立ってはいけない存在なのですから。
「それで、私の知り合いに高名な修験者がいるのですが、その方の元で修行をなさいませんか?」
「え?」
意外な提案に私は驚きました。雅功さんは微笑んで、
「貴女のもう一つの人格は、貴女の霊能力に対する後ろめたさが生み出しているようです。いつまでも今のままでは、貴女自身が危険です。それを修正するためにも、修行してほしいのです」
私はハッとしました。すると麗華が、
「ほなら、ウチも行くで。ええやろ?」
「ええ、構いませんよ」
雅功さんは麗華を見て言いました。
「じゃあ、私も」
瑠希弥が言います。すると雅功さんは、
「貴女にはウチに来ていただきたいのです。貴女の能力を私の妻が伸ばしたいと言っていますので」
「え、でも……」
瑠希弥は私と離れるのが不安のようです。忙しなく私と雅功さんを見ます。
「瑠希弥、そうしなさい」
私は諭すように言いました。
「先生……」
瑠希弥は悲しそうに私を見ます。その目に思わず「一緒に行こう」と言いたくなりますが、
「それにまどかちゃん達のそばにいてあげて。貴女が彼女を守り、育てるのよ、瑠希弥」
と何とか言いました。瑠希弥はしばらく考えていましたが、
「わかりました、先生。お帰りをお待ちしています」
「ありがとう、瑠希弥」
今度は瑠希弥と抱き合います。また号泣してしまう涙脆い師弟です。
「まどかちゃん達は、私も守るわ。サヨカ会の残党もいるかも知れないし」
冬子さんが言います。私は彼女を見て頷き、
「お願いね、冬子さん」
こうして私達はそれぞれの進む道を決めました。
そして翌日。
私と麗華は、麗華の車で関越道を疾走しています。
目指すは山形県です。そこに江原雅功さんの知り合いの修験者の方がいらっしゃいます。
「何や楽しみやな、蘭子」
麗華は妙に嬉しそうです。
「修学旅行に行く訳じゃないのよ、麗華」
私はうんざりしています。やっぱり一人で来れば良かったと後悔しているのです。
「二人でしばらく暮らすと、目覚めてしまいそうや」
麗華が怖い目で私を見ます。
「目覚めるって、何?」
「内緒や」
嫌らしい笑み。何を考えているのでしょうか、麗華は?
修行より麗華の方が心配です。
では皆さん、しばらくお別れです。
西園寺蘭子でした。
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