戦いの終わり

 私は西園寺蘭子。霊能者です。


 新興宗教団体「サヨカ会」の宗主である鴻池大仙と「いけない私」の戦いは壮絶です。


 いけない私をここまで苦しめたのは、大仙が初めてでしょう。


 いけない私のプライドが随分傷ついています。


「もう絶対許せねえ。潰す!」


 いけない私は大きく足を開いて(恥ずかしさで死にそうです)、


「こいつは効くぞ、おっさん!」


と言うと、右手と左手で違う印を結びます。これは?


「インダラヤソワカ!」


 帝釈天真言です。そして更に、


「オンマカキャラヤソワカ!」


と大黒天真言。その上、


「これでどうだ! オンマケイシバラヤソワカ!」


 三番目は大自在天真言です。


「ぐわああ!」


 さすがの大仙も、この三連弾は効いたようです。


 でも、いけない私も効いています。


「ううう……」


 力を使い放題使ったいけない私は、ようやく下がってくれました。


「フグオオオオ!」


 大仙は悶え苦しみ、燃え尽きました。


 え? もしかして……。


 大仙がいたところに、紙切れが落ちています。


 陰陽師の使う式神のお札です。


「影武者?」


 引っかかったようです。


 大仙の本体はここにはいません。


 別の場所からこの影武者に力を送信していたのでしょう。


「どこ?」


 私はほとんど瓦礫と化した広間を走り抜け、廊下に出ました。


(先生!)


 同居人の小松崎瑠希弥の弱弱しい声が聞こえます。


「そっちね!」


 それにあの懐かしい箕輪まどかちゃんの波動も感じます。


 来てくれたのね。


 来ないで欲しいと思ったけど。


 でも今は一人でも多くの味方が欲しいのです。


 いけない私は多分しばらく復活できないでしょう。


 親友の八木麗華と瑠希弥と小倉冬子さんもいますが、大仙の力は想像を絶しています。


 しかも本体はもっと強いはずです。


(先生、大仙はこちらにいます。術具も持っているようです)


 瑠希弥の声が私を誘導してくれます。


 大廊下を進むと、別の道が見えました。


「こっちね」


 進むに従い、大仙の悪意が強くなり、廊下に倒れている信者や陰陽師の数が増えていきます。


「誰かしら?」


 もしかすると、まどかちゃんの彼のご両親である江原雅功さんと菜摘さんかも知れません。


 お二人は格闘技も強いと聞きましたから。


 粉砕された扉が見えて来ました。


 その向こうに注連縄に囲まれた大仙が見えます。


 麗華、瑠希弥、冬子さんも無事のようです。


「蘭子!」


「先生!」


「蘭子お姉さん!」


「西園寺さん」


 みんなが私を見て微笑みました。私は頷いて、


「遅くなりました。さあ、最後の仕上げをしましょう」


と大仙を睨みます。よく見ると、皆さん相当お疲れのようです。


 しかし大仙は全く疲労した様子がありません。


「西園寺蘭子、お前ももうほとんど力が残っておらんだろう。仲良く地獄に送ってやるから、安心して死ぬがいい!」


 大仙は目を血走らせて言い放ちました。


「どうして地獄なの?」


 私は負けずに言い返します。すると大仙は高笑いして、


「神であるこの私に逆らった者は皆地獄に行くのだよ!」


「誰が神よ!?」


 私は麗華と冬子さんが目で合図したのを見て、


「貴方だって疲れているでしょ? 死霊の動きが乱れているわよ」


と挑発します。大仙は私を嘲るように見て、


「そんな戯言に惑わされるか、小娘。神の力を見るがいい!」


 死霊が増殖しています。あの数が一斉に遅いかかって来たら防ぎ切れません。


「皆さん、力を貸して下さい!」


 私は摩利支天の印を結びます。


 瑠希弥とまどかちゃん、そして彼氏の江原君、江原君のご両親も印を結びます。


 これは陽動です。気づかれないようにしないといけません。


「オンマリシエイソワカ!」


 死霊が一瞬だけ弾き飛ばされます。


「無駄だ、その程度の力!」


 高笑いする大仙の懐に麗華と冬子さんが飛び込みます。


「何!?」


 大仙は仰天していました。


「おっさん、ボディががら空きやで」


 麗華の左フックが大仙の脇腹に炸裂しました。


「ぐえええ!」


 大仙が苦しむ隙を突き、冬子さんが大仙の手から独鈷を奪い取りました。


「ざまあ見さらせ、ジジイ! これはウチのうんこの分や!」


 麗華が踵落としを放ちました。相変わらず言動が恥ずかしいです。


「ぐはあ!」


 大仙はそのまま後ろに倒れます。


 術具を奪った冬子さんは何やら呪文を唱え、死霊達を呪縛から解放します。


 あれほどたくさんいた死霊達はたちどころに消えて行きました。


「勝ったな」


 麗華が「どや顔」で言います。


 私もホッとしてまどかちゃん達を見ました。


「危ない!」


 冬子さんが叫び、麗華を抱きかかえて大仙から離れました。


 大仙はまだ動けたのです。彼は立ち上がり、その右手に銃を持ちました。


「貴様ら、よくもここまでやってくれたな!」


 大仙は注連縄から出て来て、銃を私達に向けます。


「おっさん、無駄や。やめとき」


 麗華が近づこうとすると、


「寄るな!」


 大仙は容赦なく銃を撃ちました。


 麗華は弾道を読んでいたので当たりませんでしたが、大仙の腕前は相当なもののようです。


「よくかわしたな。次は外さんぞ」


 彼は卑怯にも弱っているまどかちゃんに銃口を向けました。


「まどかりん!」


 まどかちゃんの彼氏が彼女を庇おうと前に立ちます。


「死ねえ!」


 大仙がそう叫んだ時でした。


 私はギョッとしました。


 大仙の後ろにあの黒い着物の少女が現れたのです。


 少女は私を見てフッと笑いました。


 そこにいる全員に少女は見えているはずです。


 大仙を除いて。


 大仙が引き金を引くと、銃が暴発しました。


「ぐはあ!」


 その衝撃で大仙は後ろによろめき、祭壇に倒れこみます。


 注連縄が切れ、周囲にあった蝋燭が炎を吹き上げながら大仙の上に落ちて行きました。


「うわあああ!」


 蝋燭の火とは思えない勢いで炎が大仙を焼いて行きます。


 私は瑠希弥を庇いながら目を背けました。


 まどかちゃんは彼氏に抱かれて目を伏せています。


「わはははは!」


 最後は狂気が支配したのか、大仙は大笑いをしながら燃え尽きてしまいました。


 黒い着物の少女は、私達を見てゾッとするような笑みを浮かべると、大仙の魂を伴い、消えてしまいました。


 こうして、サヨカ会との戦いは終わったのでした。

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