ある母親の浄霊依頼
私は西園寺蘭子。霊能者です。最近、霊界の事より、人間界の事でいろいろと悩んでいます。
いつもは事務所を閉めて帰り支度の時間ですが、今日は仕事の依頼が入っていて、お客様を待っています。
いつも絡んで来る親友の八木麗華は、今週は九州に行っています。博多にも事務所を出すのだとか。
欲と二人連れだと、そこまで事業を拡大できるものなのですね。
私には絶対に真似できませんし、したくもありませんが。
ああ、決して彼女の悪口を言っているのではないです。
只、もう少しだけ、お金に対する執着心を抑えてくれれば、彼女はもう一皮むけると思うのです。
そんな事を考えていると、ドアフォンが鳴りました。
「お待ちしておりました」
私はすぐにドアを開き、お客様を招き入れました。
入って来たのは、四十代前半くらいの女性です。
喪服姿です。とても似合っています。綺麗な方です。
「西園寺先生、このたびは私の依頼をお聞き届け頂き、誠にありがとうございます」
その人は深々と頭を下げました。
「いえ。仕事ですから。取り敢えず、お話をお聞きしますので、お掛け下さい」
「はい」
その女性の名は、大島寿美子さんです。
寿美子さんは、日本舞踊でも習っていたのか、歩き方が楚々としています。
「私の娘が、先日病気で亡くなりました」
「そうなんですか」
私は寿美子さんにお茶を出しながら頷きます。
「でも、娘は自分が死んでしまった事に気づいていないのです」
「なるほど」
私はお茶を一口飲んで相槌を打ちます。寿美子さんはお茶の茶碗を見つめたままで、
「娘が不憫なのです。西園寺先生のお力で、娘をどうか成仏させていただきたいのです」
「わかりました」
私は茶碗をテーブルに戻し、寿美子さんを見ました。
「娘さんは、今どちらに?」
「通っていた大学にいます。まだ講義を受け続けているのです。大学では、娘の事は騒ぎにはなっていないようなのですが、娘がもし、とてもショックを受けるような形で、自分の死を知る事になるのも可哀想で。そうなる前に、先生に導いていただきたいのです」
「そうですか」
私は立ち上がりました。寿美子さんも立ち上がります。
「私が一人で行きます。お母さんはいらっしゃらないで下さい」
「えっ? どうしてですか? 私も一緒に娘の説得に当たりたいのですが?」
寿美子さんは納得がいかないという顔で私を見ます。
「あのですね」
私は非常に言いにくかったのですが、意を決していいました。
「貴女が同行すると、お嬢さんに衝撃を与えてしまうと思います」
「何故です? 私は母親なんですよ」
寿美子さんは私を責めるような目で見ます。
その気持ちもわからなくはないのですが。
「それはわかっています。貴女は、お嬢さんが貴女を見たら、驚かれるのを想定できますよね?」
寿美子さんはようやく私が言いたい事に気づいてくれたようです。
「わかりました。私は待ちます」
ようやく諦めてくれたようです。
私はホッとして、
「では、先に行って待っていて下さい。すぐにお嬢さんを説き伏せて、貴女のところに行かせますから」
「はい。ありがとうございます、西園寺先生」
寿美子さんは、再び深々とお辞儀をすると、そのまま霧のように消えてしまいました。
そうです。寿美子さんは亡くなっているのです。
病気で亡くなった娘さんが、悪い霊に取り憑かれはしないかと心配し、霊界から私のところにやって来たのです。
親バカかも知れません。
でも、そこまで娘の事を案じるのは、まさに親だからこそ。
私はとても羨ましいと思いました。
「さて」
そして、術具を用意して、出かけます。
今度は寿美子さんのお嬢さんと話さないと。
でもあれだけの母親ですから、娘もいい人でしょう。
タダ働きなんぞしおって、と麗華がいれば言われたでしょうが、世の中お金だけではないのです。
だからこそ、彼女が九州にいる今日依頼を受けたのですけどね。
西園寺蘭子でした。
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