同級生

 私は西園寺蘭子。霊能者です。除霊、お祓い、骨董品鑑定、探し物といろいろお受けしています。


 でも、決して生活が苦しい訳ではありません。


 幼くして亡くした両親の遺産で、多分老後も安泰なくらいなのですが。


 あ、これは親友の八木麗華には内緒です。


 そんな事を教えたら、多分彼女は、


「株やらへんか?」


と言い出すでしょうから。


 私達のような力を持った人間は、賭け事や株などに関わってはいけないのです。


 別に掟がある訳ではありませんが、それが霊能者の倫理というものです。


 麗華は倫理観を質に入れてしまったかのように、


「そんなん、関係あらへん」


と言っています。確かにそうなんですけどね。




 最近はめっきり仕事の量が減り、今日も明るいうちに店じまいです。


 先日、亡くなった祖父に助けられ、その足で祖父の眠る町へと足を延ばしました。


 お墓参りをすませ、帰京したばかりなので、少しペースダウンもしたかったのかも知れません。


 祖父の件は、結構ショックでしたから。


「あの」


 事務所の鍵を締めて、ドアに悪霊退散のお札を張っていた時、後ろから声をかけられました。


「はい?」


 私は声の主を見ようと振り向きます。


「貴女の弟子にして下さい!」


 高校生くらいの女の子です。腰が折れてしまいそうなくらいの勢いで、何度も頭を下げています。


「弟子とか取りませんから。ごめんなさい」


 私はあっさり断り、歩き出そうとしました。


「ではここから飛び降ります」


 その女の子は、いきなり外廊下の手摺りを乗り越えようとしました。


「危ない!」


 驚いて後ろから抱き止めます。


「放して下さい! 弟子にしてくれないのなら、生きていても仕方ないんです!」


 女の子は泣き叫びながら、私の腕の中でもがきます。


「落ち着いて! 話を聞かせて」


 私は彼女を宥め、鍵を開いて事務所に入らせました。


 このまま放置という訳にもいきませんので。


「お名前は?」


 私は冷蔵庫から紅茶を出し、グラスに注ぎながら尋ねます。


「伊藤椿です」


 素敵な名前です。でも、彼女がその名を口にしたおかげで、彼女の悩みがわかりました。


「同級生が亡くなったのね?」


「え?」


 何も話していないのに、私がそう言ったので、椿ちゃんは驚いています。


「す、凄いです! 春菜の言った通りです!」


 春菜ちゃん。 村上法務大臣のお嬢さんです。


 別に大臣の事を思い出して狼狽える訳ではありませんが、あまり私の事を話して欲しくないかな、と思ってしまいました。


「その同級生と話がしたいのね?」


 私は椿ちゃんにグラスを渡して言いました。


「はい。彼女、私のせいで死んじゃったから……」


 途端に椿ちゃんの顔が暗くなります。


 ちょっと彼女の事を探ります。


 同級生の名は、柳原麻子ちゃん。


 椿ちゃんとは、幼稚園からのお友達です。


 羨ましいなあ。私には、そんな友人がいませんから。


 一人で千人分の友人である麗華がいますけど。


 二人は毎日一緒に自転車で登下校していたようです。


 ある日、椿ちゃんの自転車の調子が悪くて、ノロノロ進んでいた時、後ろから追い越して来た他校の男子の自転車に掠められ、椿ちゃんがふらつきました。


「危ない、椿!」


 その椿ちゃんを麻子ちゃんが庇うようにして飛び出し、車に跳ねられてしまったのです。


 椿ちゃんは全身打撲。麻子ちゃんは即死でした。


 運転していた男は脇見をしていて、二人に気づくのが遅れただけでなく、速度制限を大幅に上回るスピードで走っていたのです。


「それで、その時の事を気にして、ここに来たのね」


「はい。西園寺先生の弟子にしてもらって、霊界に行って、麻子に謝ろうと思って……」


 言っている事は荒唐無稽ですが、椿ちゃんは真剣です。


 それにしても、「西園寺先生」は照れ臭いです。


「私の弟子にならなくても、麻子ちゃんに会えるわよ」


「え?」


 椿ちゃんはビックリしています。


「ちょっと明かり消すわね」


 私は霊界に呼びかけ、柳原麻子ちゃんの霊を呼び寄せました。


「ああ……」


 ボンヤリと麻子ちゃんの姿が見えて来ます。


「麻子ォッ!」


 椿ちゃんが泣きながら叫びました。


「麻子、ごめん。本当にごめん!」


 椿ちゃんは土下座しました。


「私のせいで、貴女は……」


 椿ちゃんは顔を床に擦りつけています。


「違うよ、椿」


 麻子ちゃんは慈愛に満ちた顔で言います。


「え?」


 涙と鼻水と、あまり掃除していない床の汚れでクシャクシャな顔になった椿ちゃん。


 鼻の頭が黒くなっています。私も恥ずかしいです。


「私は寿命だったの。あの時、あそこで私が死んだのは貴女のせいじゃないのよ」


「え?」


 椿ちゃんはわけがわからないようです。


「貴女がいてもいなくても、私はあの車に轢かれていたのよ。だから、貴女は悪くないの」


 麻子ちゃんはスーッと椿ちゃんに近づきます。


「だから、私のために貴女が泣いたりしないで。私の事を思ってくれるのは嬉しいけど」


「麻子」


 また泣き出す椿ちゃん。


「ほら、もう泣かないで。貴女があまり悲しむと、私、霊界あっちに行き辛くなるから」


「う、うん……」


 意味はよく理解できていないようですが、麻子ちゃんの思いは伝わったようです。


「ありがとうございます、西園寺先生」


 麻子ちゃんにまで「先生」と言われてしまいました。


「じゃあね、椿。何十年後かに会いましょう」


「うん」


 麻子ちゃんは光に包まれて消えて行きました。


 椿ちゃんはしばらく呆然としていましたが、


「あ、ありがとうございました、先生!」


「どう致しまして。それから、私の事は先生ではなくて、名前で呼んでね」


「は、はい、先生!」


 私は苦笑いしました。椿ちゃんも自分の失敗に気づき、笑いました。


「これで決心がつきました」


「は?」


 突然椿ちゃんの気が変わりました。


「やっぱり、弟子にして下さい、西園寺さん!」


 堂々巡りです。あーあ。


 椿ちゃんを説得し、高校を卒業するまで待ちなさいと言って帰らせたのは、それから三時間後でした。


 早く帰ろうと思っていたのに。


 いい経験できたから、よしとしようかな。


 西園寺蘭子でした。

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