していい事といけない事

 私は西園寺蘭子。霊能者です。除霊だけでなく、人探しまで致します。




 親友の八木麗華が東京に進出して来ました。まるで吉○の芸人のようです。


「これからは、東京と大阪の二重生活や。あんたとも今まで以上に飲みに行けるで」


 麗華は嬉しそうに言います。私は顔が引きつるのを感じました。


「何や、蘭子? ウチと飲みに行くのんが、そないに嫌なんか?」


 そういう事には過剰なほど敏感な麗華です。


「そんな事ないよ。でも、いつもご馳走になってばかりで悪いから」


 ご馳走になるといっても、割り勘にして端数が出た時にそれを負担してくれる程度なのですが、麗華にとっては「奢る」部類に入るようです。


「遠慮せんでええがな。ウチかて、あんたにはいろいろと助けられとるんやから、気ィせんといて」


 これだから麗華と飲みに行きたくないのです。


 かと言って、数少ない親友の一人である箕輪まどかちゃんはまだ未成年です。


 彼女のお兄さんの慶一郎さんは、声をかければいつでも来てくれるでしょうが、麗華以上に面倒な事になりますし、その麗華が彼を呼んだ事を知れば、激怒しそうです。


 悲しくなって来ました。どうして私はこんなに友人が少ないのでしょう?


「何落ち込んで溜息吐いてるねん、蘭子?」


 麗華の声に現実に引き戻されます。


「私、友達少ないなあ、と思って」


 私はグラスの氷を突きながら言いました。そう、ここは激安の居酒屋でした。


「何言うとんねん。ウチがおるやないか」


「麗華しか友達がいないなあって、寂しくなったの」


 少し酔いが回り始めた私は、目を潤ませて愚痴りました。


「ウチは普通の友人の千人分や。心配せんとき」


 麗華は豪快に笑いました。


「ありがとう、麗華」


 私はお酒が入ると涙脆くなるようです。感動して号泣してしまいました。


「よしよし」


 麗華が私の頭を撫でてくれます。その時でした。


「は!」


 突然私が顔を上げたので、麗華の顎に頭がぶつかってしまいました。


「あいたた!」


 お互い涙が出るほどの痛みです。


「何や、蘭子? どないした?」


「ちょっとね」


 私は店の隅にいる仙人のような老人を指差しました。


「うん? 何や、あのジイさん? 人間やないな」


「ええ。他の人達には見えないようね」


 麗華がバッと立ち上がり、老人の霊に近づきます。


「麗華!」


 私は千鳥足で彼女を追いました。


「待て、こら!」


 老人の霊は、壁をすり抜けて外に出てしまいました。


「麗華、お勘定!」


 私は慌ててバッグを二人分持ち、レジに向かいます。


 麗華は、老人の霊を追いかけるフリをして、支払を私に押し付けたのでしょうか?


「もう!」


 私はプリプリして支払を済ませ、外に出ました。


「麗華!」


 麗華は老人の霊を追いかけて、舗道を走っていました。


「待ってよ、麗華!」


 私が駆け出した直後でした。


 ドーン!


 地響きのような音がしました。


「え?」


 私は仰天して、後ろを見ました。


 居酒屋があったはずのところが、炎に包まれています。


「な、何?」


 私は何が起こったのかわからず、呆然としてしまいました。


「蘭子!」


 麗華が戻って来ました。


「これはどういうこっちゃ?」


 麗華も驚いて、居酒屋を包み込むように荒れ狂う炎を見上げています。


「あ」


 私はハッとしました。


 遠い記憶が呼び覚まされます。


 あの老人。見覚えがあります。


「おじいちゃん……」


 そうです、あの仙人のような老人は、私の祖父でした。


 当代随一と謳われた霊能者だったのです。


 やがて周囲には野次馬が集まり始め、消防車と救急車のサイレンの音が聞こえて来ました。


「私達、助けられたの?」


 私がボソリと呟くと、


「そうみたいやな」


 麗華が私の肩を抱いて答えます。


「助けないと、中の人達を!」


「蘭子!」


 そういう正義感を持ち合わせていない麗華が私を引き止めます。


「もう遅いで。あの火の回りでは、助からん」


「そんな……」


 非情な現実を認めたくない私は、


「できる事はする!」


と麗華を振り切り、


「不動明王真言で、炎を空へ導けば……」


 印を結び、真言を唱えます。


「ナウマクサマンダバザラダンカン!」


 炎が渦巻き、居酒屋の火を空へと導きます。


「もう一度!」


 私は火傷も厭わず、真言を唱え続けました。




 そして。


 私の努力も虚しく、逃げ遅れた人達は全員助かりませんでした。


「蘭子」


 落ち込む私を麗華が抱きしめてくれます。


「あんたはやるだけやった。あんたのせいやない。あれは事故なんや」


「でも!」


 私は泣きながら麗華を睨みました。


「阿呆!」


 麗華の平手が私の左頬を打ちました。


「何自惚れてんねん。ウチらは神さんやない。人の命は、ウチらがどうこうしてええもんやないんや、蘭子!」


 麗華の言葉に私は打ちのめされました。


 何て思い上がった事を考えていたのだろうと。


「あんたのジイさんかて、あの世ではきっつい罰を受けてるで。ウチらを助けたんやからな」


 麗華は空を見上げて言いました。


 そうです。


 死者が、生者の命を助けてはいけないのです。


 それが霊界の掟。


 その掟を破ってまで、祖父は私を助けてくれました。


「おじいちゃん……」


 私は祖父の思いに涙が止まりませんでした。

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