麗華、身代わりになる

 私は西園寺蘭子。霊能者です。


 いろいろありまして、弟子の小松崎瑠希弥の姉弟子である椿直美さんのお邸に住む事になりました。


 10LDKの大豪邸で、それとは別に大きな事務所用の建物もありました。


 もう、まるで別世界です。


 そんな私達のところに、変わった依頼主が現れました。


 木崎麻美さんという、すでにお亡くなりになっている方です。


 清楚な美人。その美人の依頼が凄かったのです。


 生きている時にそういう事をできなかった婚約者と一度でいいからしたいので、身体を貸して欲しい。


 私と瑠希弥は仰天しましたが、親友の八木麗華は、婚約者が福山○治似だと聞き、乗り気です。


「最近、ロクな男としてへんねん」


 麗華はニヤニヤしながらそう言ったのです。


 もう、理解不能です。


 


 そして翌日。


 何とか歩けるまで回復した私は、瑠希弥の手を借りて、麗華について行く事にしました。


「何であんたらが来るねん? ウチだけでええやろ?」


 麗華は剥れて言います。


 しかも、今日はいつにも増して肌の露出が多いです。


 もう秋も終わりだというのに。


「そういう事を言うの」


 私は、麗華に効果てきめんの言葉を使いました。


 これを言うと、麗華は大人しくなるのです。


「わ、わかったがな。しゃあないなあ」


 麗華は嫌々ながらも、私達の同行を承知しました。


「先生、本当に八木先生は大丈夫なのでしょうか?」


 瑠希弥が小声で言います。


「大丈夫よ、瑠希弥。貴女や私と違って、麗華は経験豊富だから」


「そ、そうなんですか」


 言った私も赤くなりましたが、瑠希弥はもっと赤い顔をしていました。


「そ、それにそんな事をして、もし妊娠したら……」


 瑠希弥はそんな事まで心配しています。


「アホ、いくらウチでも、生でさせる訳ないやろ」


 麗華が聞きつけて言いました。


「え? ナマ? ナマって……?」


 瑠希弥はキョトンとして私を見ます。


「私に訊かないでよ、瑠希弥」


 実は私にも何の事なのかわかりません。


 カマトトとか言わないでくださいね。本当にわからないのですから。


 


 駐車場に出て、ワゴン車で出発します。


 麗華は浮かれながらも私に気を遣ってくれたのか、ゆっくりしたスピードで走ります。


「福山似て、凄いな。昨日からずっと福山のCD聞きまくって、妄想広げてんねん」


 麗華は涎を垂らしそうな顔で言います。


 福山ファンに殺されそうな台詞です。


 木崎さんの婚約者のマンションは、椿邸から車で三十分くらいの場所にあります。


「どうしたの、瑠希弥?」


 浮かない顔をする瑠希弥に私は小声で尋ねました。


「嫌な予感がするんです。でも、漠然としたものなので、それが予知なのかどうかはわかりませんが」


「そうなの」


 私も実は気になっている事があります。


 誰にも教えていないはずなのに、木崎さんは私達を訪ねて来た。


 木崎さんは霊ですから、そのせいで私達の居場所を知ったのかも知れませんが、それでもどうにも腑に落ちません。


「私も何だか気になるから、麗華について行こうと思ったんだけど」


 私は鼻歌で福山さんの歌を歌う麗華を見て言いました。


 


 ワゴン車はある高層マンションの前に着きました。そのまま地下駐車場に入り、指定された駐車スペースに車を停めます。


「わあお! 期待できそうやなあ。ごっつ高級なマンションやん」


 麗華はウキウキしながら、エレベーターへと歩き出します。


「全く、人の気も知らないで……」


 私は瑠希弥と顔を見合わせてから、麗華を追いかけました。


 


 婚約者の人の部屋は三十六階です。つまり、最上階。


 相当稼いでいる人なのでしょうか?


 立地条件や交通の便を考えて、どう安く見積もっても、月百万円くらい家賃がかかりそうです。


 私達は思わず唾を飲み込み、廊下を進みました。


 3605。ここです。


「お待ちしていました。どうぞ、中へ」


 木崎さんがヌッとドアをすり抜けて現れました。


「お、お邪魔します」


 麗華はここまで来て緊張し始めたのか、声が裏返っています。


 手が震えて、ドアを開けられないでいるので、瑠希弥が代わりに開きました。


「どうぞ」


 中はそのまま奥まで入れる土足OKの床になっています。欧米スタイルですね。


 私達は木崎さんに先導されて、一番奥のリヴィングルームに通されました。


「今、彼はシャワーを浴びています。終わったら、八木さんも浴びてください」


 木崎さんが恥ずかしそうに言いました。


「は、はい」


 麗華も更に緊張したのか、直立不動で言いました。


「それで、木崎さん、料金の方なのですが……」


 私が切り出すと、麗華が、


「料金はあんたの婚約者次第や。福山似が嘘やったら、違約金をたんまりもらうで」


と言いました。お金の話になると、緊張が解けるのですね。さすがです。


「わかりました。それはご安心ください。間違いなく、福山似ですから」


 木崎さんは苦笑いして答えました。クライアントを脅かしてどうするのよ、麗華。


 ガチャッとドアが開く音がして、浴室からバスローブ姿の男性が出て来ました。


「おお!」


 麗華がガッツポーズをします。


 男性は福山似です。本人ではないかというくらい、そっくりです。


「あの……」


 瑠希弥が私に囁きます。


「どうしたの、瑠希弥?」


 私は瑠希弥を見ました。瑠希弥は恥ずかしそうに、


「福山さんて、誰なのですか?」


「え?」


 私も芸能界にはあまり詳しくありませんが、瑠希弥はもっと知らないようです。


「有名なミュージシャンよ。あれ、俳優だったかな?」


 私はおぼろげな知識を駆使して答えました。


「そうなんですか」


 瑠希弥は首を傾げながら言いました。


 麗華を見ると、完全にテンパっているようです。


 麗華の男性関係を全て知っている訳ではありませんが、少なくともこれほどのイケメンはいなかったと思います。


 男性は微笑んで私達に近づき、


「今日は大変なお願いを麻美がしてすみません。よろしくお願いします」


と、何故か瑠希弥に言いました。


 瑠希弥はビックリして固まってしまいました。


「あ、あの、ウチがお相手するんですけど……」


 麗華は苦笑いしてイケメンさんに言いました。イケメンさんはハッとして、


「あああ、申し訳ないです。貴女でしたか」


 何だか露骨に残念そうな顔なのは笑えます。ごめんね、麗華。


「すみません、彼、ちょっと天然で」


 木崎さんが謝りました。私は笑うしかありませんが、麗華はちょっとムッとしたようです。


「あ、あの、八木さん、私が乗り移りますので、結界を解いてください」


 木崎さんが言いました。


「あ、はい」


 麗華は以前悪霊に取り憑かれてから、自分の身体に結界を張るようにしています。


 そのままでは木崎さんが麗華に憑依できないのです。


 麗華は何やら呪文を唱え、結界を解きました。


「では、入らせていただきます」


 木崎さんはスウッと麗華に乗り移りました。


 ああ。とうとう、麗華はとんでもない依頼を遂行するために……。


 私までドキドキして来ました。


「先生!」


 何故か瑠希弥が叫び、私を抱きかかえるようにして麗華から離れました。


「気づかれたか。さすが霊媒師だね。あんたがついて来るとは思わなくて、正直焦ったよ」


 麗華に乗り移った木崎さんが喋っているのでしょうか?


 さっきまでの清楚さは微塵もない声です。


「そういう事だったんですね」


 瑠希弥が言った時、ようやく私は全貌が見えました。


 イケメンさんも、さっきまでの微笑みをどこかに置いて来たかのような狡猾な顔です。


「まあ、いいんじゃないの、麻美。お目当ての八木麗華の身体は手に入ったんだからさ」


「何ですって!?」


 私はイケメンを睨みつけました。すると麗華に乗り移った木崎さんが私達を見て、


「全く、揃いも揃ってお人好しだね、あんたらは。私に同情して、あっさり罠にかかっちまうんだからさ」


 麗華の顔のはずですが、木崎さんの顔が浮かびます。


 これ以上はないと言うくらいの悪女顔です。


「本当はあんたの身体が欲しかったんだけど、あんたは傷ついていて、私らの計画を果たせないんで、こいつにさせてもらったのさ。男とできるって言えば、このエロ女が飛びつくと思ったけど、まさしくそうなって面白いよ」


 木崎さんはニヤリとしました。


「そんな事は許さない!」


 瑠希弥が印を結びます。イケメンは麗華の背後に隠れました。


「おっと。この身体は、誰の身体かな?」

 

 木崎さんが更に悪い顔で言いました。


「く……」


 瑠希弥が悔しそうに木崎さんを睨みます。私もどうする事もできません。


「使い終わったら返すから、安心して。でもその時は、この女は犯罪者だろうけどね」


 木崎さんはそういい残すと、イケメンと共にマンションを飛び出して行きました。


 私と瑠希弥は何もできずに二人が逃げるのを見ていました。


 


 しばらくして、ようやく思考が回復した私と瑠希弥は、部屋を出て地下駐車場に降りました。


「先生、木崎麻美という女性は、死んでいません。他人に乗り移るのが得意の霊媒師のようです」


「そうみたいね」


 ワゴン車の前まで行って、またあっとなる私達。


 私はまだ車の運転は無理です。瑠希弥は大きい車は運転できません。


「どうしましょう、先生?」


 瑠希弥が悲しそうな顔で尋ねました。


「うーん……」


 いきなりピンチです。どうしましょう?


 


 西園寺蘭子でした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る