容疑者八木麗華
私は西園寺蘭子。霊能者です。
ピンチです。
親友の八木麗華が、木崎麻美と言う霊媒師の策略で、肉体を乗っ取られてしまいました。
木崎麻美は、麗華の身体を使って何か悪事をするつもりのようです。
早く追わないと、麗華が刑務所行きになってしまいます。
ところが、目の前にあるのはワゴン車。
私はまだ運転は無理ですし、弟子の小松崎瑠希弥は大きな車を運転した事がありません。
「どうしよう?」
私は情けない声で瑠希弥に尋ねました。
「私が何とか運転してみます、先生」
意を決した瑠希弥が言いましたが、
『何してるんだ、もう一人の蘭子? 早く私に代われ。麗華がどうなるかわからないんだぞ』
いけない私の声が聞こえました。
「え? 貴女、運転できるの?」
『お前ができる事は全部できる。お前には無理でも、私なら大丈夫だ。任せろ』
いけない私が言いました。
「わかったわ」
私はいけない私と入れ替りました。
「瑠希弥、助手席に乗れ。私が運転する」
いけない私が言うと、瑠希弥はビクッとして、
「あ、はい」
と慌てて助手席に乗り込みます。
「かっ飛ばすぞ!」
いけない私は嬉しそうに運転席に座ると、イグニッションキーを回し、エンジンをふかします。
「いっくぞお!」
急加速で走り出したワゴン車は、地下駐車場中にタイヤの軋む音を響かせて一気に外へと飛び出します。
「うわあ!」
当然の事ながら、いきなりマンションの駐車場から出て来たのですから、大通りを走っていた車は仰天します。
「ごめんよお」
いけない私は投げキスをして、おじさんドライバーの怒りを解きました。
おじさんはニヤけていました。
ああ。また私の評判が悪くなりそうです……。
助手席の瑠希弥は唖然として私を見ています。
「瑠希弥、しっかり捕まってろよ。飛ばすぞ!」
「は、はい!」
ワゴン車はタイヤから白煙を巻き上げ、大通りを走りました。
「瑠希弥、麗華の気を追跡してくれ。絶対に見失うなよ」
「はい、先生」
瑠希弥は感応力を全開にし、麗華の気を探りました。
「よおし、いい子だ」
いけない私はニヤリとしてハンドルを切りました。
「先生、そこを左です」
瑠希弥が目を瞑ったままで言います。
「あいよ!」
いけない私は急ブレーキ急ハンドルで左折します。
私自身は、目が回りそうです。
「先生、今度はそこを右です」
瑠希弥が言うと、
「先生って、なんかこそばゆいな。蘭子さんにしてくれ」
いけない私は何故か赤面して言いました。照れているようです。
『うるさいよ、もう一人の蘭子!』
怒られてしまいました。
「はい、あの、蘭子さん」
今度は瑠希弥が赤くなっています。ははは……。
「つ、次を左折です、ら、蘭子さん」
そう言って、耳まで赤くなる瑠希弥。ああ、そういう趣味はないけど、可愛い。
『お前、瑠希弥におかしな感情抱くなよな』
いけない私が突っ込んで来ます。
『そ、そんな事ないわよ!』
焦って言い返します。
「あのビルです。あの中に入りました」
瑠希弥が指差したのは、霞ヶ関の一角。要するに日本国政府の中枢です。
あれ、あの建物は確か……?
「何を企んでやがるんだ、あいつらは?」
いけない私が眉をひそめます。
ワゴン車はそのビルの前に横付けで停まり、いけない私と瑠希弥はビルへと走ります。
「こら、お前ら、何の用だ!?」
おまわりさんが大挙して押し寄せて来ました。
「邪魔だ、どけ!」
いけない私はいきなり、
「インダラヤソワカ!」
帝釈天真言を放ち、おまわりさん達を感電させました。
「ぐわああ……」
何が起こったのかわからないまま、おまわりさん達は倒れました。
「行くぞ、瑠希弥」
唖然としている瑠希弥を引っ張り、いけない私はビルの中に飛び込みます。
「止まれ! 止まらんと撃つぞ!」
銃を構えたおまわりさん達が叫びます。
「うるさいよ!」
いけない私はまた印を結びます。その印は!?
『ダメ、もう一人の私! そんなの使っちゃ!』
私が言ってもどうする事もできません。
「オンマカキャラヤソワカ!」
大黒天真言が炸裂し、おまわりさん達は周囲の壁に叩きつけられました。
麗華の前に私達が犯罪者になりそうです。
『心配するな、もう一人の蘭子。私は指一本触れてないんだ。捕まえられないよ、今の日本の警察にはな』
いけない私は楽しそうに言います。木崎達とどっちが悪いのかわからなくなりそうです。
「この最上階です」
瑠希弥が言いました。
「よし、瑠希弥、階段駆け上がるぞ」
いけない私はエレベーターではなく、階段に向かいます。
「大丈夫なんですか?」
瑠希弥が心配そうについて来ます。
「大丈夫さ。私を誰だと思っているんだい? 西園寺蘭子様だよ?」
いけない私はニヤリとし、二段抜きで階段を駆け上がりました。
本当に傷口開かないかしら?
『平気だよ、もう一人の私。傷は完治している』
いけない私が教えてくれました。本当に治っているようです。
「最初からこうすりゃ良かったよな。私が出ていた方が、治癒力が高いんだよ」
いけない私は瑠希弥に言いました。
「そうなんですか」
瑠希弥は息を切らせて応じました。
「瑠希弥、体力がないな、お前? 今度特訓するか?」
嬉しそうに言ういけない私。何だか嫌な予感がします。
「はい、ら、蘭子さん」
また赤くなりながら答える瑠希弥を見ていると、可哀想になって来ます。
「よおし、着いたぞ」
そんな事を言っているうちに、私達は最上階に到着しました。
『ここ、前にも来た事があるわね』
私はいけない私に言いました。
『だから麗華の身体が欲しかったのか。何を企んでいるんだ、あいつら?』
いけない私も覚えているようです。
そう、ここは法務省。以前、ここのトップの村上法務大臣の依頼で訪れた事があるのです。
「先生、この先で八木先生が!」
瑠希弥が何かを感じて叫びました。
大きな破裂音が聞こえました。
「何だ!?」
「先生」と呼ばれた事に気が回らないほど、いけない私は驚いていました。
今のは銃声。誰が撃ち、誰が撃たれたのか、何となくわかりました。
「くそ!」
私達が銃声が聞こえた部屋の前まで来ると、
「残念だったわね、西園寺さん。八木さんは今、村上法務大臣に対する殺人未遂で現行犯逮捕されたわ」
木崎麻美の霊体がヌウッと出て来て言いました。
「何だって!?」
いけない私と瑠希弥は仰天しました。
「じゃあね」
木崎麻美の霊体はそのまま壁をすり抜けて逃げてしまいました。
「麗華!」
私と瑠希弥が大臣室に飛び込むと、SPに取り押さえられている麗華がいました。
「大臣、しっかりしてください」
秘書の人が倒れている村上大臣に駆け寄って声をかけています。
「蘭子……」
麗華が悔し涙を流して言いました。私にも彼女の気持ちが痛いほどわかります。
「何だ、君達は?」
SPの一人が私達に詰め寄りました。
「どけ。私は大臣の知り合いだよ。なあ?」
いけない私は秘書を睨みます。すると秘書は、
「この人達も捕まえてください! その女の仲間です!」
と叫びました。
「何!?」
気づいた時はもう遅く、私と瑠希弥はSPに取り押さえられてしまいました。
「抜かったな……」
いけない私が呟きます。
そうです。秘書にはあの福山○治似のイケメンが乗り移っていたのです。
あの男も、木崎と同じ霊媒師だったようです。
「救急車を!」
秘書に乗り移ったイケメンはあたかもそれらしく指示を出しています。
「抵抗するな」
私達は手錠をかけられました。
そんな事より、このまま秘書と大臣を二人きりにするのはまずいです。
あいつは大臣をこのまま見殺しにするつもりです。
ああ、何て事……。
恥ずかしながら、一度は心を惹かれた村上大臣がこのままお亡くなりになるのは堪えられません。
何とかならないものかと知恵を絞りますが、どうにもならないようです。
誰か、助けて……。
西園寺蘭子でした。
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