霊媒師には霊媒師

 私は西園寺蘭子。霊能者です。


 婚約者と愛し合う事をできないままで亡くなったという木崎麻美さんの依頼を受け、私の親友である八木麗華が自分の身体を貸して、福山○治似のイケメンとそういう事をする事になりました。


 ところがそれは全部罠で、麗華はその肉体を実は霊媒師である木崎麻美に乗っ取られ、村上法務大臣を銃で撃つと言う犯罪に関与させられてしまいました。


 その上、村上法務大臣の秘書にはそのイケメンが乗り移っていて、SPに命じて私と弟子の小松崎瑠希弥までも取り押さえられてしまいました。


 銃で撃たれた村上大臣は瀕死の重傷です。


 私達はSPに押さえつけられ、印も結べず、反撃ができません。


 その上、私達を取り押さえたSP達は部屋から出ようとしています。


 あのイケメンが取り憑いた秘書と大臣を残して部屋を離れたりしたら、あいつは間違いなく大臣を見殺しにします。


 一体どうしたら……? いい考えを思いつけるほど、私には精神的な余裕がありませんでした。


 その時です。


『瑠希弥、聞こえるか?』


 いけない私が瑠希弥に心の声で話しかけました。


『はい、聞こえます、先生』


 瑠希弥が応じました。


『先生じゃなくて蘭子さんだ』


『はい、蘭子さん』


 どうでもいいので話を先に進めて欲しいです。


『瑠希弥、大臣の身体に乗り移れるか? それしかこの事態を打開する手段がないんだ』


 いけない私は秘策を思いついたようです。


『できると思います。いえ、できます』


 瑠希弥は私を見て微かに頷きました。


「ほら、出るんだ」


 体格のいいSPが私達を外に連れ出そうとしました。


『いきます、蘭子さん』


 瑠希弥が幽体離脱をし、ガクッと身体から力が抜けたので、


「おい、どうした?」


 SPが驚いて瑠希弥を支えました。瑠希弥の身体はぐったりしています。


 SPの右手が瑠希弥の胸に触れているのが気になりますが。


「お前があまり強く首を押さえたんで、死んじまったんだよ!」


 いけない私が怒鳴りました。そのSPはさすがにギクッとしたようです。


「そ、そんなはずあるか!」


 彼は慌てて瑠希弥の腕を取り、脈を診ました。そして役得とばかりに胸に触ります。


 心なしかにやけて見えるので、ちょっとムカつきました。


 現在幽体が離脱している瑠希弥は仮死状態に近いので、脈拍は弱くなっているはずです。


「ひいい!」


 脈も心臓の動きも感じられないので、SPは仰天したようです。


 本当は微かに動いてはいるのですがね。


「おい、どうした?」


 麗華と私を押さえつけていた他のSP達が瑠希弥を抑えていたSPの只ならぬ様子を見て尋ねました。


「し、死んでる!」


 SPは動揺してしまい、瑠希弥の身体をドスンと床に倒してしまいました。


 瑠希弥の身体はそのまま仰向けになりました。


「何だって!?」


 他のSP達は大声で言い、私と麗華を一人ずつで抑えると、手が空いた者が瑠希弥に近づきました。


「脈がないんだ……」


 瑠希弥を抑えていたSPはガタガタ震え出しました。恐ろしくなったのでしょう。


 その隙に瑠希弥の霊体は大臣に憑依しました。


 秘書に取り憑いているイケメンがそれに気づきましたが、どうする事もできなくて歯軋りしています。


 さすが、もう一人の私です。


『もっと誉めてくれ』


 いけない私が調子に乗りました。


『そういう事は言わないの、もう一人の私』


 瑠希弥は大臣に乗り移ると、その感応力で大臣の治癒を開始しました。


「くそ!」


 秘書に乗り移ったイケメンは不利を悟ったのか、秘書から離れると、壁をすり抜けて逃亡しました。


 そのせいで秘書の人はガクンと力が抜け、倒れてしまいました。


 それを見てまたSP達がギョッとします。


「いつまで私の身体に触れてるんだよ!」


 いけない私がSPを振り解きました。


「インダラヤソワカ」


 強力な帝釈天真言が炸裂し、SP全員が感電しました。


「ぐううお……」


 ようやく解放された私と麗華は、大臣に駆け寄りました。


「大臣、しっかりしろ」


 いけない私も治癒の力を使い、大臣の傷を治します。


「例の医者呼ぶわ」


 麗華は立ち上がって携帯で連絡をとりました。


 こうして、何とか村上大臣の命は助けられました。ホッと一息です。


 


 しばらくして、どこをどう来たのか、麗華の知り合いの心霊医師が大臣室まで来ました。


 見た目はまるで死神の使いのような痩せこけた風貌ですが、麗華によると凄腕のようです。


 もちろんそれは、私自身、身をもって知っている事ですが。


「ほう、西園寺さん、もう治ったのですか? 素晴らしい」


 ニッと笑った顔がまた何とも言えないくらい怖いです。


「お陰様で」


 いけない私が引っ込んでくれたので、私は苦笑いして言いました。


 どうやら、いけない私はお医者さんが苦手なようです。


「ほお、こりゃ凄い。患者に乗り移って直接治癒の力を注ぐとは。瑠希弥さん、あんた、心霊医師になれるよ」


 彼がそう言うと、瑠希弥は自分の身体に戻って、


「ありがとうございます」


と照れ臭そうに言いました。


「それにしても……」


 彼、確か名前は矢部隆史ですね。矢部さんはジッと大臣の銃創じゅうそうを見て、


「これ、どんな銃だ? 普通の銃じゃないぞ、麗華ちゃん」


「ああ。それはウチも持っていた時気ィついたわ。連中、どこでそないな銃手に入れたんか、気になるわ」


 麗華は悔しそうに言いました。


「何人もの人の命を奪っている銃ですね」


 瑠希弥が言いました。矢部さんは瑠希弥を見て、


「ああ。それも尋常な数じゃない。何しろ、その怨念が銃弾にまで乗り移るんだからね」


と言うと、大臣の倒れている床の先にある壁に近づきます。


 そこには大臣の身体を貫いた弾丸が突き刺さっていました。


 その穴からも憎しみの念が噴き出しているのがわかります。


「連中、どこでこんな銃を手に入れたんや……」


 麗華は床に転がったままの銃を見下ろしました。


 銃からも凄まじい怨念が噴き出しています。


「その銃の出所を探れば、連中に辿り着けるかもね」


 私はお札を束ねて作った小さな籠に銃を入れました。


「あいつら、絶対に許さへんで。この落とし前はきっちりつけさせたる」


 麗華は銃を睨みつけて呟きました。


「大臣は俺の診療所に連れて行こう。普通の病院じゃ、また連中が乗り移った奴が近づいちまうだろうから」


 矢部さんが立ち上がって言いました。


「そうですね」


 私と麗華は矢部さんを見て頷きました。


「瑠希弥、大臣は動かしても大丈夫そう?」


 私は大臣の治癒を続けている瑠希弥に尋ねました。


「大丈夫です。矢部先生の治療薬が効いたみたいです」


「まあ、西園寺さんほどの重傷じゃなかったからね」


 矢部さんはニヤリとして応じました。


 


 私達は大臣をどうやって外に運び出すか思案しましたが、


「心配ない。この建物の中にいる連中、全員眠っているよ」


 矢部さんがあっけらかんとした顔で言ったので、仰天しました。


 何をしたのか、訊きたいのですが、ちょっと怖い気もします。


 矢部さんのお陰で、私達は難なく大臣を連れて法務省を出、ワゴン車で矢部さんの診療所に向かいました。


「銃の出所は、俺の知り合いに任せてくれ。そいつは犯罪に使われた銃の事なら何でも知ってるから」


 矢部さんがニヤッとして言います。そんな事はないと思いながらも、ドキッとしてしまいました。


「何や、危険な匂いがして来たな、矢部ッチ」


 麗華がハンドルを切りながら言いました。


「ああ。その銃、結構年代物な感じがするから、戦争で使われたものかも知れないな」


 助手席の矢部さんは振り返って、私が抱えている籠の中を覗き込みました。


「戦争で……?」


 思わずビクッとします。そうなって来ると、並みの恨みではないからです。


「連中とその銃がどう繋がって来るのか、楽しみやな、蘭子」


 麗華はルームミラー越しに私を見ました。


「楽しみではないけど……」


 私がそう言うと、麗華はガハハと笑い、


「ウチは楽しみやで。あいつらにどうお礼するか、いろいろとな……」


 その時の麗華の顔は、本当に嬉しそうでした。何をするつもりかしら?


 怖い事にならないといいけど。


 


 西園寺蘭子でした。

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