木崎麻美の正体
私は西園寺蘭子。霊能者です。
危機一髪のところをいけない私の機転で脱した私達は、合流した心霊医師の矢部隆史さんの案内で、彼の診療所に向かいました。
「あんたの診療所、あまり行きたないねんけどな」
麗華が言いました。彼女は身震いしています。どんなところなのでしょう?
私は思わず弟子の小松崎瑠希弥と顔を見合わせてしまいました。
やがて、ワゴン車は矢部さんの診療所に到着しました。
確かにあまり来たくないような造りです。
建物全体が黒を基調としていて、一見、葬儀社に見えます。
それだけなら別に来たくないとは思わないのですが、中から漂う奇妙な気に身体が震えました。
その時は理由がわからなかったのですが、矢部さんについて入ってみてわかりました。
瑠希弥が私の背中に抱きついて来ました。
私は麗華の背中に抱きつきました。
そこは、たくさんの標本が並べられており、消毒液の匂いが鼻を突きます。
標本は大きなガラスの容器に入れられています。
アルコールの中に浮かんでいるそれは、あらゆる動物の死骸です。
どれもこれも、普通に死んだものではありません。
どうやら、
矢部さんはその動物達の死骸を引き取り、手厚く供養しているとの事。
もしそうなら、荼毘に付して、骨壷にでも納めるのが本当なのでしょうが、
「供養して成仏させたのだから、後は俺がどうしようと勝手」
というのが、矢部流のようです。
やっぱり、この人、見た目通りの怖い人だわ。
その標本の間を通り抜けると、診療室がありました。
矢部さんは細い身体に似合わず、力持ちのようで、意識がない村上大臣を背負ってそこまで運びました。
「ここまでくればもう安心だ。連中も、俺の張った結界を破って入る事はできない」
矢部さんはニヤリとして言います。私と瑠希弥はまた顔を見合わせました。
「矢部ッチ、頼むで。この人は、蘭子の大切な人なんやから」
麗華はニッとして言います。私はムッとして、
「何よ、その言い方? 麗華だって、大臣を狙っていたでしょ?」
「ウチはそれほどでもなかったけど、あんたはあの事件が解決して、大臣と会われへんようになって、しばらく落ち込んでいたやろ?」
麗華はますます嬉しそうに私を見ます。
「ほう、それなら結界をもっとしっかり張っとこうか。後で西園寺さんに恨まれないように」
矢部さんまで悪乗りしています。
「もう、矢部さんまで!」
私は顔が火照って来るのを感じました。
もしかして、まだ村上大臣に惹かれているのかしら?
「まあ、そういう事やから、頼んだで、矢部ッチ」
麗華はニコッとして矢部さんに言いました。
「ああ」
矢部さんは私を見て大きく頷きます。もう完全に誤解されているようです。
「あの、先生」
瑠希弥がこそっと声をかけて来ました。
「何、瑠希弥?」
「村上大臣に乗り移った時、少しだけ大臣の心が見えたのですが、大臣も先生に会いたかったみたいですよ」
瑠希弥のその言葉で、私は卒倒しそうになりました。
傷が治ったとは言え、まだ鼓動の高鳴りはきついみたいです。
「それは、私とお嬢さんの春菜ちゃんが仲がいいからで、大臣が私の事をどう思っているのかは……」
必死に言い訳している自分が恥ずかしいです。
「先生、私、応援していますから」
瑠希弥は真顔でそう言いました。
からかい半分の麗華より始末が悪そうです。ああ……。
村上大臣とあの禍々しい銃を矢部さんに託した私達は、診療所を後にし、一旦事務所に戻りました。
事件の整理をするためです。
事務所のソファに座り、私達は今までの流れを洗い直しました。
「第一の疑問は、木崎麻美がここを知っていたという事ね」
私は麗華と瑠希弥を見て言いました。
「そやな。それ、ウチもひっかかっとった。納得がいかんねん」
麗華は豪快に脚を組み換えて言います。
「木崎麻美は以前から先生と八木先生をマークしていたのではないでしょうか?」
瑠希弥が言いました。
「一番考えられる可能性ね。でも、そうだとすると、何故私達をマークしていたのかしら?」
「決まってるがな。ウチらが日本で一番強いコンビやからや」
麗華は臆面もなく言ってのけます。私は呆れましたが、瑠希弥は頷いています。
「そうですね。そう考えると、納得がいきます」
「そんな単純な事なの?」
私は腕組みして首を傾げました。
「ねえ、瑠希弥、木崎麻美の事を探れないかしら?」
瑠希弥を見て言ってみます。瑠希弥は嬉しそうに、
「できます、先生」
と応じてくれました。
「木崎麻美は八木先生のペンを使いましたから、それから辿れると思います」
瑠希弥は麗華を見ました。麗華は頷いて、
「ほい」
とそのペンをバッグから取り出して瑠希弥に渡しました。
瑠希弥はそれ受け取ると、目を瞑り、感応力を全開にします。
彼女の身体が輝き出しました。
瑠希弥はペンに残る木崎麻美の僅かな痕跡を細大漏らさず拾い上げようとしていました。
「先生、時間がかかると思いますので、どうぞ楽になさってください」
瑠希弥が言いました。
「大丈夫よ、瑠希弥。別に負担ではないから」
「いえ、その、先生と八木先生がそばで見ていらっしゃると、緊張しますので」
瑠希弥は苦笑いして私と麗華を見ました。
「わかったわ。麗華」
「しゃあないなあ」
私と麗華は瑠希弥を残し、隣の部屋に行きました。
そこはベッドが備え付けられている仮眠室のようです。
「どう思う、蘭子?」
麗華がベッドに腰かけて言いました。
「複雑ね。木崎麻美だけならともかく、あの銃の存在が気にかかるわ」
私はベッドの脇にある丸椅子に座りました。
「まあ、銃の方は矢部ッチに任せておけば大丈夫や。ウチらは木崎麻美とあの小憎らしいイケメンヤロウを追う事だけ考えよか」
麗華はまた大袈裟に脚を組み換えて言いました。
「そうね。村上大臣に近づくだけのために私達を利用したとは思えないしね」
私は対抗心があった訳ではありませんが、脚を組んで応じました。
「わかりました、先生」
瑠希弥の声が聞こえました。私と麗華は目配せし合って、仮眠室を出ました。
「木崎麻美の父親は、村上大臣と同じ選挙区の議員でした」
瑠希弥が麗華にペンを返しながら言いました。
「同じ選挙区の議員?」
私は思わず鸚鵡返しに言ってしまいます。
「はい。それで、常に村上大臣が木崎麻美の父親に大差をつけてトップ当選していました」
瑠希弥が説明すると、
「まさか、その事で村上大臣を逆恨みして、この事件を起こしたんかいな」
麗華が呆れ顔で言いました。ところが瑠希弥は、
「違うんです。それが直接の原因ではないのです」
「え? それはどういう事?」
私は、自分の説を否定されて瑠希弥に食ってかかろうとした麗華を抑えて尋ねました。
「申し訳ありません、先生。あのペンから辿れたのは、そこまででした」
瑠希弥は実にすまなそうに言いました。
「そんな事ないわよ。ペンからそこまで辿れるなんて、さすが瑠希弥ね」
私はお世辞でなく、心からそう思って言いました。瑠希弥は恥ずかしそうに微笑み、
「ありがとうございます、先生」
「で、木崎麻美は今どこにおるか、わかったか?」
麗華が私の手を振り払って尋ねました。瑠希弥は麗華を見て、
「はい。木崎麻美は、村上法務大臣のお嬢さんがいる高校に向かっています」
「何ですって?」
私はギクッとしました。春菜ちゃんが危ないようです。
「まずいな。大臣を始末し損ねたんで、娘を狙うつもりか」
麗華が私を見ます。
「春菜ちゃんの高校の場所はわかるけど、ここから遠いわよ」
私は焦っていました。
春菜ちゃんの高校はここから二十キロほど離れたところにあります。
今から向かっても、到底間に合うとは思えません。
「姫巫女流が使えたらなあ」
麗華がそんな事を呟きました。
確かに出羽の大修験者である遠野泉進様のお知り合いの小野宗家の方であれば、空を飛べるらしいのですが。
何か良い手立てはないのでしょうか?
春菜ちゃんが心配です。
西園寺蘭子でした。
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