裏蘭子飛ぶ!

 私は西園寺蘭子。霊能者です。


 木崎麻美という霊媒師の策略で、村上法務大臣は瀕死の重傷を負いました。


 親友の八木麗華の知り合いの心霊医師の矢部隆史さんの協力で何とか難を逃れた私達は、一旦事務所に戻りました。


 そこは、弟子の小松崎瑠希弥の昔の姉弟子に当たる椿直美さんが住んでいた大豪邸です。


 霊能グッズも豊富にあるので、木崎達と戦うためにも戻る必要があったのです。


 ところが、瑠希弥の感応力で木崎の居場所を探ると、あろう事か、村上大臣の一人娘にして、唯一の肉親でもある春菜ちゃんがいる高校に向かっているのがわかりました。


 春菜ちゃんの高校は、今私達がいるところからだと二十キロ以上離れています。


 車で向かったとしても、とても間に合いません。


 途方に暮れている私に、いけない私が声をかけて来ました。


『おい、もう一人の蘭子、瑠希弥に頼んで、春菜のところに飛ばしてもらうんだ』


『え? どういう事?』


 いけない私の唐突な言葉に私は意味がわからず、聞き返しました。


『わからないのか? 霊体だけ飛ばしてもらうんだ。そうすれば、あの女より早く春菜のところに着ける』


 いけない私は最近冴えていると思いました。確かにそうです。


 霊体だけなら、車より遥かに速く春菜ちゃんのところに迎えます。


『ありがとう、もう一人の私』


『礼はいい。春菜は私にとっても大事な友達だ。あんたと同じで、あの子を守りたいのさ』


 いけない私は照れ臭そうに言いました。


『とにかく、急げ! 時間が惜しい』


 私は瑠希弥を見ました。瑠希弥はまるで私と行けない私の会話を聞いていたかのように頷きます。


「瑠希弥、できる?」


 私は不安な気持ちを抑えながら尋ねました。


「はい、先生。村上大臣に憑依した時、春菜さんの気も感じましたから、できます。先生の霊体を春菜さんの身体に宿して、木崎麻美を撃退する。それ以外に方法はありません」


 瑠希弥は落ち着いた口調で答えてくれました。それを見て私も心が鎮まりました。


「何やようわからんけど、とにかく急いだ方がええで」


 麗華が言いました。私と瑠希弥はすぐに幽体離脱の儀式を始めます。


 儀式というと大袈裟に聞こえますが、瑠希弥と気を同一化し、彼女の放つ気に乗って春菜ちゃんのところまで飛ぶのです。


 瑠希弥も私も相手の気を熟知していますから、同一化はすぐにできました。


 只、心配なのは、幽体離脱です。


 私は一回もした事がないのです。


「大丈夫です、先生。私を信じてください」


 瑠希弥が私の手を包み込むように握って言いました。


「わかった。信じる」


 私は瑠希弥を真っ直ぐに見て頷きました。


「はあ!」


 瑠希弥の膨大な気が私の身体の中に流れ込みます。


 やがてその気が私の霊体だけを押し出しました。ガクッと力が抜けた私の肉体を麗華が支えてくれました。


「できた!」


 感動している間もなく、私の霊体は事務所の壁をすり抜け、大空へと舞い上がりました。


「凄い!」


 初体験なので、思わず叫んでしまいましたが、


『おい、私と代われ、もう一人の蘭子。その方が早く着ける』


 いけない私が提案して来ます。


「そうね。頼むわ、もう一人の私」


 私はいけない私と入れ替わります。


「さあ、飛ばすぜ!」


 いけない私は嬉しそうに言うと、飛行速度を上げました。


 怖いくらい速くなります。


「春菜、待ってろ! もうすぐ蘭子姉さんが行くぜ!」


 いけない私の言葉を聞き、一つ不安が湧いて来ます。


 春菜ちゃんの前では、いけない私を見せた事はありません。


 いけない私の戦い方を見たら、もう会ってくれなくなるかも知れません。


「心配するな、もう一人の蘭子。私達が憑依している間の記憶は残らない。大丈夫だよ」


 いけない私が言いました。


「あんたはちょっと私の事を誤解しているようだけど、あんたが困るような事は基本的にしていないはずだぞ」


『そうだっけ?』


 思い起こしてみると、そんな気もしますが、そうでないような気もします。


「とにかく、今は春菜を助ける事が最優先だろ!?」


 いけない私はムッとしたようです。


 確かにその通りです。例え春菜ちゃんに嫌われようと、彼女が助かればそれでいいはずです。


「やっぱりあんた、大臣が好きなんだな」


 とうとういけない私にまでそんな事を言われてしまいました。


「まあ、どっちでもいいさ。飛ばすぞ!」


 いけない私は更に速度を増しました。


 


 やがて、春菜ちゃんが通っている高校が見えて来ました。


『木崎の気を探って』


「わかってるよ」


 いけない私は木崎の気を探るために気を集中します。


「あいつ、もう校内にいるみたいぞ。春菜を探そう」


『そうね』


 木崎が学校の中にいるのであれば、春菜ちゃんを先に探して乗り移ればいい訳です。


「いた!」


 いけない私が叫びました。


 校舎の二階の廊下を歩く春菜ちゃん。その後ろから何食わぬ顔で近づく木崎麻美の姿も確認できました。


「む? おかしいぞ、もう一人の蘭子」


 行けない私が言います。


『どうしたのよ?』


「木崎の身体に入っているのはあの福山似のイケメンだ。木崎の霊体がいない」


『え? どういう事?』


 春菜ちゃんを見ると、前方から近づいて来る友人らしき女の子に手を振っています。


「あいつだ!」


 いけない私が叫びます。どうやら、その女の子に木崎が乗り移っているようです。


 相変わらず手が込んだ方法です。


「気づかれたか」


 いけない私が舌打ちしました。木崎の身体に取り憑いているイケメンが走り出しました。


 同時に女の子に取り憑いている木崎も走り出します。


「そうはいくか!」


 いけない私はタッチの差で二人より早く春菜ちゃんに乗り移り、印を結びます。


 木崎とイケメンがギョッとして立ち止まりました。


「インダラヤソワカ」


 雷撃が木崎麻美と女の子の身体に落ちます。


「ぐええ!」


 二人の肉体は痙攣して倒れましたが、木崎とイケメンの霊体は逃げ出しました。


 周囲にいた生徒達は仰天しています。


「取り敢えず、こいつは動けなくしとこうか」


 春菜ちゃんの身体に乗り移った私達は、倒れている木崎麻美の身体に不動金縛りの術をかけました。


 それを見ていた他の生徒達は完全に固まっています。


「逃がさねえぞ」


 いけない私は、春菜ちゃんの身体だと言う事を忘れたのか、大股で走ります。


 スカートが短いので、恐らくパンツ丸見えです。


 すれ違う男子生徒達が全員振り返っています。心なしか嬉しそうなのが嫌です。


 春菜ちゃん、ごめんね。


「またあの二人、誰かに乗り移るぞ。早くケリをつけないとな」


 パンチラさせながら、いけない私は全速力で走りました。


 春菜ちゃんの身体、壊れないかしら?


「それがさ、面白いくらい、相性がいいんだよな。もしかすると、あんたの身体より使い勝手いいかも」


 いけない私が言いました。


『どうせ私は運動音痴ですよ!』


「すねるなよ」


 いけない私はニヤリとしました。面白がってます。何だかムカつきます。


 階段を駆け降りたところで、体育の先生らしき大きな身体の男性が待ち受けていました。


 どうやら、あのイケメンが乗り移ったようです。


「さっきは不意を突かれたから、後れを取ったが、今度はそうはいかないぞ、西園寺蘭子」


 イケメンはニヤリとして言いました。それより、木崎麻美の霊体はどこに行ったのでしょうか?


 廊下を歩いていた生徒達は、その先生がいつもと様子が違うのに驚いています。


「あんた達、死にたくなかったら離れてな。これから面白いショーが始まるからさ」


 いけない私は実に楽しそうに言いました。


「春菜、どうしちゃったのよ?」


 春菜ちゃんのクラスメートの子達が、春菜ちゃんの変貌に目を見開いています。

 

 ああ。どうしたらいいの? 春菜ちゃん、もうここにいられなくなるかも……。


 助けられたまでは良かったのですが、それ以上に迷惑をかけてしまいそうです。


 もう一度謝ります。ごめんなさい、春菜ちゃん。


 


 西園寺蘭子でした。

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