陽動作戦

 私は西園寺蘭子。霊能者です。


 村上法務大臣の愛娘である春菜ちゃんが、霊媒師の木崎麻美達に狙われているのを知った私は、弟子の小松崎瑠希弥の力を借りて、春菜ちゃん救出のため、幽体離脱をし、彼女がいる高校へと飛翔しました。


 春菜ちゃんにタッチの差で憑依できた私は、襲いかかる木崎達の攻撃を退けました。


 しかし、いけない私が表に出た状態なので、今後の春菜ちゃんの学園生活に大いに支障を来しそうです。


 


 体育の先生に乗り移ったイケメンは、その体格差を生かして襲いかかって来ました。


「甘いんだよ!」


 でも、今の春菜ちゃんは、泣く子も黙るいけない私が乗り移っています。


 そう簡単にはやられません。いえ、決して負けはしませんね。


「おりゃあ!」


 いけない私は春菜ちゃんの身体を空中回転させ、踵落としを繰り出します。


「おお!」


 周囲にいる男子達が食い入るように見ているのがわかります。


 春菜ちゃんはパンツ丸見え状態で、体育の先生の脳天に踵を叩きつけました。


「ぐわあ!」


 先生、ごめんなさい。貴方は全然悪くないのに、ダメージがあるのは貴方で……。


 先生はそのまま仰向けに倒れて気絶してしまいましたが、イケメンの霊体はすぐに脱出して逃亡しました。


「逃がすか!」


 いけない私が叫びます。


「ナウマクサラバタタギャーテイビヤクサラバボッケイビヤクサラバタタラタセンダマカロシャダケンギャキギャキサラバビギナンウンタラタカンマン !」


 いけない私は不動金縛りの術を使い、イケメンの霊体を縛りました。


「ぐうう……」


 イケメンの霊体は歯軋りしています。


「あんたにはいろいろと聞きたい事がある」


 いけない私はニヤリとして言いました。


『もう一人の私、取り敢えずこの人の霊体を連れて学校を出ましょう。このままではまずいわ』


 私はいけない私に提案しました。


 周りにいる生徒達は、まるで同時に不動金縛りの術にかかったかのように動きません。


 これ以上刺激的な事をするのはいけないと思ったのです。


「わかったよ」


 いけない私はイケメンの霊体を抱えるように持つと、


「じゃあな」


 周りの生徒達に言って、駆け出しました。全員、まさしく狐につままれたような顔です。


「どこにも木崎麻美の霊体の気配がない。気になるな」


 いけない私が走りながら言います。


『そうね。肉体はまだ校舎の中で術で縛られたままだから、霊体だけでどこかに逃げたのかしら?』


 木崎麻美はペテン師の才能があるので、警戒しないといけません。


 私達は校舎を飛び出し、校庭を走りました。校門に来た時、瑠希弥と親友の八木麗華が到着しました。


「戻るぞ、もう一人の蘭子」


 いけない私が言います。車の後部座席には、私の肉体が乗せられていました。


 まず、車に春菜ちゃんの身体で乗り込み、私は自分の肉体に戻りました。


「え?」


 春菜ちゃんは車の中にいるのに気づき、驚いて目を見開きます。


「春菜ちゃん、久しぶりね」


 私はいけない私に引っ込んでもらって、春菜ちゃんに呼びかけました。


「あ、蘭子お姉さん。私、どうしてここに?」


 春菜ちゃんは混乱しているようです。それはそうですよね。


 私は麗華に車をスタートさせてもらい、順を追って春菜ちゃんに説明しました。


「お父さんが!?」


 村上大臣が銃で撃たれたのを話すのは躊躇ためらわれたのですが、言わない訳にはいかなかったのです。


「それで、その霊媒師達が今度は貴女を襲おうとしたので、助けに来たのよ」


 私は説明を続けました。


「そうなんですか。でもどうして私、息が上がってるのかな? 妙に疲れてるし」


 春菜ちゃんは首を傾げて呟きました。私は苦笑いするしかありません。


 まさかパンツ丸見えで体育の先生と戦っていましたとは言えません。


「そう言えば、初対面だったわね。助手席にいるのが、私の弟子の小松崎瑠希弥よ。瑠希弥、この子が、春菜ちゃん」


 話を逸らすために、私は瑠希弥を紹介しました。


「よろしく」


「こ、こちらこそ……」


 何故か春菜ちゃんは顔が赤くなっています。

 

 瑠希弥って、G県にいた時も、女の子に人気があったみたいだし……。


 そういう気を出しているのかしら? 


 そんな事より、急がないといけない事があります。


「瑠希弥、木崎の気を探って。学校から逃げたみたいなの」


「わかりました」


 瑠希弥が感応力を全開にし、木崎を探し始めると、


「ああ……」


 春菜ちゃんが眩暈めまいを起こしてフラフラしました。


「大丈夫、春菜ちゃん?」


 私は慌てて彼女を支えました。その時、春菜ちゃんに影響を与えてしまった事に気づきます。


『もう一人の蘭子、あんたの気が春菜に残ったせいで、春菜まで瑠希弥に惹かれてるみたいだぞ』


 いけない私が楽しそうに語りかけて来ます。何だか気分が悪いです。


『うるさいわね!』


 でも、それは本当です。私の瑠希弥への思いが春菜ちゃんに少し残ってしまって、春菜ちゃんをおかしくしているのです。


 ああ。また迷惑をかけてる……。


 でも、私の瑠希弥に対する気持ちは、決してそういう事ではなくてですね……。


 今はそんな言い訳をしている時ではないですね。


「先生、木崎麻美の霊体は、誰かに乗り移ったようです」


 瑠希弥が言いました。


「誰かて、誰や?」


 運転席の麗華が尋ねました。


「あの人です!」


 瑠希弥が前方を指差しました。


 そこには、拳銃を構えて立っているおまわりさんがいました。


 何て事でしょう! おまわりさんの後ろにはニヤリとしている木崎の霊体が見えます。


「瑠希弥、摩利支天真言を!」


 私はすかさず印を結び、


「オンマリシエイソワカ」


と瑠希弥と同時詠唱しました。


 しかし、真言が届く前に銃弾は発射されていました。


「くそ!」


 麗華がハンドルを切り、すんでのところで弾道を逸らします。


「ぐわ!」


 摩利支天真言を食らった木崎の霊はおまわりさんを離れ、また飛翔しました。


 おまわりさんはそのまま倒れてしまいましたが、助けている余裕はありません。


「逃がすかい!」


 麗華がアクセルを踏み込みます。


「きゃっ!」


 私と春菜ちゃんは座席に叩きつけられました。


「瑠希弥、追いかけるわ。お願い」


 私は瑠希弥の力で再び幽体離脱し、いけない私と交代します。


「待て、性悪女が!」


 いけない私は鬼の形相で木崎を追いました。


 この顔、絶対に瑠希弥と春菜ちゃんには見せられません。あと、G県の箕輪まどかちゃんにも。


『もう一人の蘭子、あいつの霊体に直接摩利支天真言をぶち込むぞ。やっと敵の正体が見えて来たぜ』


 いけない私が言います。私も同意です。


 木崎麻美が何故こんな事をしているのか、見えて来たのです。


 そして、私達はまんまと陽動に引っかかった事もわかりました。


「くう!」


 木崎の霊体は必死に逃れようと飛翔していましたが、相手が悪いです。


 いけない私から逃げようなんて、無茶なのです。


「捕まえた!」


 いけない私が木崎の右足首を掴みました。


「うおお!」


 木崎はもがきますが、いけない私は放しません。


「よし、いくぞ、もう一人の蘭子!」


『ええ!』


 二人の蘭子の摩利支天真言二重奏です。


「オンマリシエイソワカ」


 いつもの何十倍もの摩利支天真言が炸裂し、木崎の霊体に直接流れ込みました。


「ぐううおお!」


 木崎の霊体は悶絶し、動かなくなりました。


 これでようやく敵の実行犯は捕まえられました。


 残るは黒幕です。


「急がないと、大臣と矢部さんが危ないわね」


 私は木崎の霊体を不動金縛りの術で縛って連れ帰り、麗華に言いました。


「なるほどな。あいつが黒幕か。そらまた、すっかり躍らされてたな?」


 麗華は苦々しそうに言います。


「そのようね」


 私は前を見据えて応じました。


 黒幕はあいつ。え? 誰なのかわかりませんか? 消去法でわかりますよ。


 でも、ちょっと卑怯かな?


 


 西園寺蘭子でした。

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