突飛な依頼
それはちょっと……。
私は西園寺蘭子。霊能者です。
異能の力を使う術者との戦いを終え、ホッと一息です。
何より嬉しいのは、美味しい朝食が食べられるという事。
弟子の小松崎瑠希弥が戻ってくれたので、インスタントラーメンとレトルトモノから離脱できます。
そして、今住んでいるのは、瑠希弥の姉弟子だった椿直美さんのお邸。
とにかく大きなところで、何もかも桁違いな上、霊能グッズも豊富です。
「ホンマ、蘭子は料理が下手やな」
親友の八木麗華がニヤリとして言います。
「貴女には言われたくないわよ」
私はムッとして言い返しました。
「ハハハ」
麗華は苦笑いして、ダイニングテーブルに着きました。
私はと言うと、まだ傷が癒えないので、キャスター付きのベッドに寝ています。
前回、無理をしたため、また傷が開いてしまったのです。
「先生には申し訳ありませんが、しばらく点滴になります」
瑠希弥は悲しそうに言い、私の右腕に付けられた点滴の容器を交換しました。
麗華の知り合いの心霊医師がもう一度私の傷を診てくれたのですが、回復までは点滴生活を厳守するように言われました。
しばらく、瑠希弥の料理は食べられません。
「蘭子、ウチがあんたの分まで瑠希弥の料理を味わったるから、心配せんでええで」
麗華が嬉しそうに言うので、
「ああ、そうですか」
私はプイッと顔を背けて拗ねてみせます。
「ああ、蘭子、そない怒らんでも……」
途端に慌てるので、面白いです。
その時、玄関のドアフォンが鳴りました。
「え?」
誰も来る予定はありません。G県の退魔師である江原雅功さんは昨日いらしてくださいましたから、今日は誰も訪問予定はないのです。
「誰や? ここに来るて、何者や?」
麗華は警戒心丸出しで玄関へと歩き出しました。
江原先生以外には住所を教えていないからです。
「先生、生きている方ではないようです」
瑠希弥が言いました。
「え?」
私はビクッとして瑠希弥を見ました。
「まあ、入って」
麗華の声が聞こえ、彼女の後から若い女性の霊がリビングルームに入って来ました。
ストレートの髪を肩まで伸ばした美人です。清楚な感じで、私や麗華とは違う気品溢れる女性です。
「西園寺先生、お加減が悪いのに押しかけて申し訳ありません」
その女性の霊は深々とお辞儀をしました。
「いえ。どんなご依頼ですか?」
私は瑠希弥にベッドを起こしてもらって尋ねました。
「ありがとうございます。私は
「そうですか」
私は瑠希弥と顔を見合わせました。結婚を目前に命を失うとは、何と悲しい事でしょうか。
「奥手な私は、彼と三年お付き合いして結婚を決めたのですが、その、あれは結婚してからと約束していました」
麻美さんは顔を赤らめて言います。あれって、もしかして……。
私も顔が火照りました。
「何や、一回も彼としないまま、亡くなったんか?」
身も蓋もない言い方をする麗華。私は彼女を睨んでから、
「それで、ご依頼はどのようなものでしょうか?」
すると麻美さんはモジモジし始めました。
「あの……」
口篭ってしまい、なかなか言ってくれません。
私はまた瑠希弥と顔を見合わせます。
「何や、はっきり言わんとわからんで?」
麗華がイライラした顔で麻美さんに詰め寄ります。すると麻美さんはビクッとして身を引き、
「あ、わかりました、言います」
私達は麻美さんを見ました。麻美さんはまたモジモジして、
「私に身体をお貸しいただけませんか? 私、一度でいいから、彼としたいんです」
と言うと、真っ赤になって俯いてしまいました。
「えええ!?」
私と瑠希弥は仰天し、顔を見合わせて真っ赤になりました。
「そ、その依頼はえーと……」
もちろん、私は例えその依頼を受けるにしても、今は肉体的に問題がありますから、無理です。
となると、その依頼を受けるのは、「経験豊富」な麗華しかいません。
瑠希弥はまだ未経験者ですから(そう言う私も未経験者ですが)、そんな依頼を受けさせる訳にはいかないからです。
「それで、あんたの彼氏、どんな感じや?」
麗華はすでに依頼を受けるつもりのようです。
「え、あ、その、何がですか?」
麻美さんは妙に食いついて来ている麗華に引いてしまっているようです。
「顔や顔! 誰に似てるねん?」
麗華はニヤニヤして尋ねました。もう恥ずかしい子ね。
「ええと、福山○治に似てます」
「おお!」
麗華は渾身のガッツポーズを決めました。
「福山○治か……」
私がボソッと言うと、麗華は、
「何や、蘭子、残念そうやな?」
「ち、違うわよ!」
とんでもない事を言う麗華。私は耳まで赤くなり、傷口が痛みました。
「お願いできませんか?」
麻美さんは何故か私と瑠希弥を見て言います。
「あんた、ウチが受けるねんで。何で蘭子に訊くねん?」
麗華はムッとして言いました。
「ああ、はい、すみません。お受けいただけるのですか?」
麻美さんは苦笑いして尋ねました。
「もちろんや。困った時はお互い様やからな」
麗華はポンと胸を叩いて言います。その言い回し、使い方が間違っていると思いますが。
「ありがとうございます。では、明日、彼のマンションに来てください」
麻美さんは、麗華が差し出した霊にも書けるペンを持ち、福山似の婚約者のマンションの住所を書きました。
「では、お待ちしております」
麻美さんはお辞儀をしました。
「ところで、貴女の婚約者の方はこの事をご承知なのですか?」
私は気になったので尋ねました。
「はい。私が死ぬ間際に彼に言い遺したんです。他の人の身体を借りて戻って来るから、その人として欲しいって……」
麻美さんはまた真っ赤になりました。純情な方みたいですね。
「で、あんた、その人とはエッチをしてないだけか?」
麗華が何故か顔を赤くして尋ねます。何を訊きたいのでしょう?
「は? どういう事でしょうか?」
麻美さんもキョトンとしています。
「見た事あるんか、ないんか?」
「え?」
麻美さんは何の事かわかったようです。私も何となくわかりましたが、瑠希弥は首を傾げたままです。
「大きいんか、彼のは?」
麗華が暴走し始めていたので、
「木崎さん、どうぞお帰りください。依頼料などはその時にお話しますね」
私は麗華を睨みつけてから麻美さんに言いました。
「は、はい。よろしくお願いします」
麻美さんはそう言うと、スウッと消えてしまいました。
「何で帰らせてしまうねん、蘭子? 一番肝心な事やで」
麗華はムスッとして私を見ました。
「何を考えているのよ、麗華? 貴女が木崎さんの婚約者の事を知る必要はないでしょ?」
私は呆れ気味に言い返しました。すると麗華は、
「何言うとるねん! これやから未経験者は困るねん。あれはな、したらええっちゅうもんやないんや。お互いの気持ちが大事やねん。それに緊張のあまり、福山似の彼氏のあれが役に立たんかったら、ウチが何とかしてあげなならんねんで」
と専門用語を散りばめて捲くし立てて来ました(実はもっと過激な言葉で言っているのを私なりに和らげたのです)。
もう瑠希弥は爆発しそうなくらい真っ赤になっています。
そして、先日のあのエロ社長の事でも思い出してしまったのか、涙ぐんでいます。
「貴女は身体を貸すだけなのだから、そこまで心配しなくていいのよ」
私は火照る顔を扇ぎながら言いました。
「ほお、さよか」
麗華はすっかり福山似の婚約者さんに心を奪われてしまったようです。
少なくとも、
「まあええ。楽しみやなあ、明日が」
麗華は鼻歌を歌いながらテーブルに戻りました。
「確かまだ、
非常に嬉しそうな麗華を見て、私はもう呆れるしかありません。
愛してもいない男の人とそんな事をしてしまう事態がもう想像を絶しているのですが、「楽しみだ」なんて、どういう神経をしているのでしょうか?
もう麗華という子がわかりません。
「最近、ロクな男としてへんかったから、燃えるなあ」
麗華のその言葉に、瑠希弥が混乱していました。
「せ、先生、八木先生は大丈夫なのですか?」
私は苦笑いして、
「多分ね」
と言うしかありませんでした。
でも、それがまさかあんな事になるなんて……。驚きです。
西園寺蘭子でした。
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