悲しい結末

 私は西園寺蘭子。霊能者です。


 新人演歌歌手の天城波留香さんの自殺事件の調査から始まった恐るべき事件。


 敵対する術者は、私と親友の八木麗華、そして弟子の小松崎瑠希弥の三人が力を合わせても敵いませんでした。


 事件の発端となった存在の自殺した木下真里亜さんの恋人だった井上学さんを術者の呪縛から救い出したのですが、また戻ってしまったようです。


 果たして、私達で勝てるのか、不安になりました。


 私の傷は術といけない私の力で回復してはいますが、まだとても動き回る事はできません。


 今、私達は、瑠希弥の故郷の先輩である椿直美さんの邸に移っています。


 そこには、様々な術具やお札があるので、麗華と瑠希弥が敵に対抗するための方法を模索しています。


「先生、あの術者、本当に凶悪な存在なのでしょうか?」


 瑠希弥がお札を私に見せながら言います。


 私はお札から瑠希弥に視線を移し、


「どういう事?」


 瑠希弥は悲しそうな顔になり、


「以前、先生と八木先生をお迎えに行った占い師の邸や、マンションの近くの公園に現れた魔物と違って、憎しみや怒りの気は感じるのですが、凶悪な気を感じないのです」


「そうなの?」


 言われてみれば、そんな気がします。どういう事なのでしょう?


「甘い! あんたら、ホンマ甘いで! 少しは懲りんと!」


 麗華が話に割り込んで来ます。


「蘭子、その甘さが原因で、あのイケメンに刺されたん、忘れたんか?」


 麗華はイチャモンをつけている訳ではありません。彼女は私の身を案じてくれているのです。


「その辺に、あの術者に対抗する方法があるのではないかと思います」


 瑠希弥は麗華の忠告を聞いていなかったかのように話を進めました。


「瑠希弥! あんた、ウチの言葉、聞いてへんかったんか!?」


 麗華がムッとして瑠希弥に詰め寄りました。いつもならここで瑠希弥が、


「申し訳ありません」


と言って終わるのですが、


「いえ、そうではありません。確かにあの時は油断がありましたが、敵を知る事は勝つための手段だと思いますので、井上さんと術者がどう繋がりがあるのか探るのは有効だと思います」


 瑠希弥は麗華の威圧的な態度に負けずに言いました。


 論理的な話を展開されると弱い麗華は、


「そ、そうか」


と急に元気がなくなりました。


「私も瑠希弥の考えに賛成よ、麗華。確かに思い返すと、あの術者、悪ではなかったわ」


 私が言うと、麗華は肩を竦めて、


「はいはい、わかりました」


と下がります。そして瑠希弥を改めて見て、


「どないするつもりや?」


 瑠希弥は麗華と私を交互に見ながら、


「井上さんが気を失っている時に少しだけ過去の事が見えました。そこから術者に辿り着けると思います」


 私は麗華と顔を見合わせてから、


「井上さんと術者に特別な繋がりがあるの?」


「はい。それが今回の事件を大きくしたのだと思います」


 瑠希弥は急に不安そうな顔になりました。


「どないしてん?」


 麗華がそれに気づいて尋ねました。瑠希弥は麗華を見て、


「井上さんの過去が見えなくなりました。術者が妨害しているようです」


「そうか」


 麗華もガッカリした顔になりました。


 どうしたものかと思案していると、


『木下真里亜の霊を呼べ、もう一人の蘭子。彼女が何かを知っているはずだ』


 いけない私が語りかけて来ました。


『え? どういう事?』


『いいから、早く瑠希弥に伝えろ』


『わかったわ』


 私はいけない私との会話を終え、瑠希弥を見ました。


「瑠希弥、木下真里亜さんの霊を降霊できるかしら? 彼女が何かを知っているって、もう一人の私が教えてくれたんだけど」


 私がそう言うと、瑠希弥はあっという顔をして、


「そうですね。さすが先生です」


「いや、私じゃなくて、もう一人の私よ」


 私は何となく照れ臭かったので、そう言いました。すると瑠希弥は、


「どちらも西園寺先生だと私は思います」


「そ、そう」


 瑠希弥のあまりに真っ直ぐな目が眩しくて、私は苦笑いするしかありませんでした。


 


 椿さんが事務所として使っていた邸の地下室に霊界から霊を呼ぶ専用の部屋があります。


 私達はそこに移り、瑠希弥が降霊術を始めました。


 瑠希弥の家系は代々高名な霊媒師が出ているので、瑠希弥の降霊術は私や麗華には真似できません。


「木下真里亜さん、私の身体に降り、語ってください」


 薄暗い部屋の中央に立っている瑠希弥が言いました。


 次の瞬間、木下真里亜さんの霊がゆっくりと瑠希弥の身体に降りて来ました。


「お願い、学さんと未来みくさんを救って」


 瑠希弥の口を通じて、木下さんが言いました。


「未来? 誰や?」


 麗華が眉をひそめて尋ねます。


「あの子は、自分の力を使って、亡くなった妹さんの無念を晴らすつもりのようですが、妹さんはそんな事を望んでいません」


 その言葉に私と麗華は顔を見合わせました。


「まさか、未来さんが……?」


 私が言うと、木下さんは、


「はい。それがあの呪術を使っている人です。彼女はその力を嫌がっていたのですが、妹の早紀さきさんが自殺したのを切っ掛けにして、使うようになったのです」


 木下さんの話は私の胸に突き刺さりました。


(私も力を嫌って、何度もその力を失いたいと思ったわ。その思いが、いけない私を生み出した……)


 それにしても、あの術者が女性だったとは驚きです。すっかり男だと思っていましたから。


「早紀さんは、学さんに交際を申し込んで断られ、自殺してしまいました。それから、未来さんは学さんを恨むようになって……」


 木下さんは泣き出してしまいました。私ももらい泣きしそうです。


「その時、私と交際していた学さんは断わるしかなかったのですが、早紀さんが自殺したせいで、私も学さんも地元にいられなくなり、東京に出ました」


 壮絶な話になって来ました。


「東京に出たのは良かったのですが、学さんも私も全く目が出ず、苦しい生活が続きました。学さんは、『きっと早紀ちゃんが怒っているんだよ』などと言い出す始末でした」


 皆さん、よくそういう事を思われる事が多いでしょうが、自殺者の霊がそれほどの力を持つ事は稀です。


 現に早紀さんの霊は現在は霊界で静かに修行中で、今回の件には全く関わりがないようです。


「そんな時、私が事務所の社長に騙されて自殺したので、学さんは更に追い詰められたのです」


 木下さんと同調して、瑠希弥も泣いているようです。


「それを見透かしたかのように未来さんが学さんに近づき、復讐計画を持ちかけました。私は何度も学さんの夢に現れて注意をしたのですが、学さんは只の夢だと思ったらしく、未来さんの話に賛同してしまいました」


 井上さんにしてみれば、自殺した早紀さんのお姉さんの話ですから、後ろめたさもあって話に乗ったのでしょう。悲しい事ですが。


「未来さんは本当は優しい子なんです。ですから、助けてください。お願いします」


 木下さんの霊はそこまで言うと、瑠希弥から離れ、霊界に帰って行きました。


 術者は、井上さんと木下さんの知人。やっと解決の糸口が見えた気がします。


 


 私は傷を治癒するお札をお腹に張り、何とか立ち上がる事ができるまでに回復しました。


 しかし、真言を使ったりはできません。


「蘭子はここにおれ。ウチと瑠希弥だけで何とかする」


 麗華が言いましたが、


「そういう訳にはいかないって、もう一人の私が言ってるのよ」


 私がそう言うと、麗華はビクッとして、


「そ、そうか。ほなら、仕方ないな」


と言ってくれました。また怖がられたのかしら? ああ……。


 そして私達は、井上さんの気を探りながら、車を走らせました。


 


 辿り着いたのは、もう夕暮れ時でした。


 そこは郊外にある廃工場です。


 私は松葉杖を突きながら、麗華の後に続きます。


「先生、大丈夫ですか?」


 瑠希弥が肩を貸してくれました。


「ありがとう」


 しばらく敷地内を進むと、


「もうここまで来たか。さすがだな、西園寺蘭子」


 白装束の術者と目がイッてしまっている井上さんが現れました。


「危ない!」


 瑠希弥が叫び、私を引っ張ります。


「うわ!」


 私と麗華のいた所にドスンと薄汚れて傷だらけの会議テーブルが落ちて来ました。


 術者が瞬間物体移動能力アポーツで飛ばして来たのです。


「こんな事をしても、早紀さんは喜ばないわ、未来さん!」


 私は松葉杖で身体を支えて叫びました。


 ほんの一瞬ですが、術者、すなわ未来さんの心が揺れたのがわかりました。


「どこで調べたのだ?」


 また未来さんは心をガードし、冷徹な目で私を見ました。


「木下さんが教えてくれたんや。あんたの無念はわからんでもないが、妹さんはそないな事望んでへんねん。もうやめや」


 麗華が言いました。しかし、未来さんは、


「お前達に何がわかる!? 妹がどんな思いでこの男に告白したのか! 断わられて、どれほど絶望したのか!」


と怒りと憎悪を高めて行きます。まさしく、「聞く耳を持たない」状態です。


 未来さんのその言葉を理解していないのでしょう、隣に立っている井上さんはニヤニヤしているだけです。


「だったら、貴女は妹さんの気持ちをどれだけわかっているというのですか!?」


 瑠希弥が珍しく大きな声で言いました。


 私と麗華はびっくりして瑠希弥を見ました。


「何!?」


 未来さんが瑠希弥を睨みます。しかし、瑠希弥は怯みません。


「それ程の決意で告白した男の人が、自分のお姉さんの術で操られ、人殺しをしていると知ったら、早紀さんはどう思いますか!?」


 瑠希弥の言葉は、未来さんをグラッと揺すぶったようです。


「……」


 強気の仮面が剥がれ、未来さんの顔から怒りが消えて行くのがわかります。


「そして何より、大好きだったお姉さんが呪術を使って人を殺していると知ったら、早紀さんはどう思いますか!?」


 瑠希弥のその言葉が止めでした。未来さんはがっくりと膝を着き、泣き出しました。


「わかってるわ、そんな事! 早紀が望んでいない事だなんて、最初からわかっていたわ! でも、どうしようもなかった……。どうしようもないほど、身体の中で憎しみと怒りが渦巻いてしまって……」


 未来さんは両手を着き、涙をポロポロと零しました。


「未来さん」


 瑠希弥は菩薩様のような笑みを浮かべ、ゆっくりと未来さんに近づき、彼女を優しく抱きしめました。


「うわああ!」


 未来さんはその慈愛に満ちた瑠希弥の気を感じたのか、大声で泣きました。


 こうして、あれほど苦戦した戦いは、何とか終結しました。


 


 未来さんと術を解かれた井上さんは、警察に出頭すると言い、廃工場を立ち去りました。


 二人が何をどう説明しても、警察は対処のしようがないでしょう。


 私達は、二人のこれからの人生を考え、悲しくなりました。


 法で裁かれないとしても、人を殺した事実は消えない。


 井上さんと未来さんはこれからずっとその事実を抱えたまま生きて行かなければなりません。


 私達がした事は、二人を救ったのでしょうが、その一方で二人を別の苦しみに追い込んでしまったのかも知れません。


 


 事務所に戻った私は、依頼主の篠沢さんに連絡を取り、事件が解決した事を報告しました。


 そしてその後、あちこちに出回っていた「死の唄」のCDを回収してもらい、麗華と瑠希弥の三人で供養しました。


 このCDが元で亡くなった人達のために。


 今回は誰も救われなかった……。そんな風に思ってしまい、落ち込んでいます。

 

 


 西園寺蘭子でした。

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