更なる展開

 私は西園寺蘭子。霊能者です。


 新人演歌歌手の自殺事件の調査から始まった謎の術者との戦い。


 敵の罠に見事に嵌ってしまった私は、酷い怪我を負いました。


 親友の八木麗華と弟子の小松崎瑠希弥に心配と迷惑をかけてしまいました。


 そして、あのいけない私には、命を助けてもらいました。


 絶対にあの術者は許しません。


 私達を苦しめた事はいざ知らず、一般人の井上学さんを巻き込んだ事。


 木下真里亜さんの自殺を利用して、得体の知れない事を企んでいる事。


 同じ霊能者として放っておく訳にはいきません。


 


 ベッドから起き出そうとした私を麗華と瑠希弥が止めます。


「まだ無理や、蘭子!」


 麗華は涙ぐんでいます。


「先生、安静にしていてください」


 瑠希弥は涙を流しています。


「でも、こうしている間にも……」


 私が反論しようとした時です。


 ドン! 玄関のドアの方で大きな音がしました。


「まさか?」


 麗華と瑠希弥が顔を見合わせます。


「あり得ません! このビルには強力な結界を張っているんです。ここまで来るなんて……」


 次の瞬間、もっと大きな音がして、何かが崩れる音がしました。


「そこか、西園寺蘭子」


 井上さんの声です。やはり、結界を破ってここまで上がって来てしまったようです。


「そんなアホな……」


 麗華は驚愕していました。仮眠室のドアが蹴破られ、井上さんが入って来ました。


「お前達を殺せば、真里亜が生き返るんだよ!」


 井上さんは日本刀を持っています。


 よくここまで警察に捕まらなかったな、と思いましたが、警察が止めようとしてもどうする事もできないでしょう。


「ウチらを殺しても、あんたの恋人は生き返らへん!」


 麗華が言い返しました。


「うるさい! いいから、死ね!」


 井上さんは日本刀を振り回しながら近づいて来ます。


「オンマカキャラヤソワカ!」


 麗華は室内なのを忘れて大黒天真言を唱えました。


「真言は効かないよ!」


 井上さんはニヤリとしましたが、


「わかってるわ!」


 麗華もニヤリとしました。


 大黒天真言は井上さんを狙ったのではなく、天井と壁を狙ったものでした。


「ぐえ!」


 天井が崩れ、壁が弾け跳び、井上さんに当たりました。


 井上さんは瓦礫の下敷きになり、気を失いました。


「真言そのものは通じんけど、物理的な力は防げん。どや、ウチの作戦?」


 麗華はまさしくドヤ顔で言いました。


「瑠希弥!」


 麗華は瑠希弥と力を合わせ、気絶した井上さんを不動金縛りの術で動けなくし、呪術を練り込んだロープで縛りました。


「はあ……」


 私は麗華が壊した天井と壁を見て溜息を吐きます。


「心配せんでええ、蘭子。あんたが貧乏なんは知ってるから、ウチが修理代出す」


 麗華は私の様子に気づいてそう言ってくれました。


「ははは、ありがとう、麗華……」


 私は苦笑いして言いました。


 私が溜息を吐いたのはその事ではありません。


 ここの大家さん、うるさい人で、何があったのか細かく訊いて来ると思うんですよね。


 憂鬱で、気が滅入ります。


「先生、いい機会ですから、事務所を移りましょう。私の先輩の椿直美さんがいた一戸建ての家が空いています」


 瑠希弥が嬉しそうに言いました。


「一戸建て!?」


 私と麗華は声を揃えて叫びました。


 一戸建てなんて、一体いくら家賃がかかるの?


「そこは直美さんの持ち物ですから、家賃は要りませんよ。それにそこなら、事務所兼自宅にできますから、効率的ですし」


 瑠希弥はまるで不動産屋さんのようです。


「家賃は要らないって、それでは悪いわよ。いくらかでも払わないと」


 私は椿さんと面識はありませんが、同年代の女性だとはG県の退魔師である江原雅功さんから聞いています。


「そこの家は、直美お姉ちゃん、あ、いえ、直美さんが前から私に住むように言ってくれていたところなんです。西園寺先生にご迷惑をかけるから、西園寺先生のマンションに一緒に住むのは控えなさいって」


 なるほど、そういう事ですか。


「家賃要らんて、ええなあ。蘭子が借りんのなら、ウチが借りよか?」


 麗華がニヤリとして言いました。瑠希弥がギクッとしたのがわかります。


 私は瑠希弥を見て、


「じゃあ、お言葉に甘えるわ、瑠希弥」


「はい、先生」


 瑠希弥は嬉しそうに頷きました。


「ちっ」


 麗華が舌打ちしたので、私は呆れました。そんなに借りたかったの?


 すると、瑠希弥が、


「家は広いですから、八木先生もご一緒にどうぞ」


「ほお、さよか? さすが瑠希弥や、ええ子や」


 麗華は瑠希弥を後ろから抱きしめました。瑠希弥は恥ずかしそうです。




 瑠希弥の説明によると、その家は結界も貼られており、そう簡単には破れないらしいです。


 私は事務所を引き払うのではなく、一時そのままにして、直美さんの家に移る事にしました。


「蘭子」


 麗華が瑠希弥が給湯室に行った隙に、


「蘭子、ここの修理代、ホンマにウチが出すから、心配せんといてな」


「ありがとう、麗華」


 私はまた苦笑いして応じました。


 


 そして翌日、井上さんを縛ったままで、私達は椿さんの家に向かいました。


 途中であの白装束の男が仕掛けて来る可能性も考えられたので、まだ夜が明ける前に出発です。


「行くで!」


 ワゴン車を調達して来た麗華が運転します。


 何だか心配ですが、私は無理ですし、瑠希弥も大きな車は怖いようなので、麗華しかいません。


「この車は対呪術仕様やから、ちょっとやそっとの攻撃ではびくともせんで」


 麗華は胸を張って言います。


 私と瑠希弥は後部座席で顔を見合わせて苦笑いしました。


 


 幸いな事に、私達は無事に椿さんの家に着きました。


「わあ」


 思わず感嘆の声があがってしまいます。


 その家は、邸宅と呼んだ方がいいくらいの大きさです。


 10LDK、バスルーム三室。もう大金持ち気分です。


「椿さんて、そうとうあこぎな人なんかな?」


 麗華がこそっと耳元で囁きました。担架なんて大袈裟と思った私でしたが、持って来て良かったと思うくらい広い家です。


「どうかしらね?」


 麗華に「あこぎ」とか言われたら、椿さんもムッとするでしょうね。


「事務所として、別棟があります」


 瑠希弥は車が十台は悠々と停められる駐車場を抜け、庭を進みます。


 麗華が担架を押してついて行くと、そこにはまた別の邸宅がありました。


「ここが直美さんが使っていた事務所です」


 瑠希弥が言いました。私と麗華はもう開いた口が塞がりません。


「中にはたくさんの呪術に関する書物や武器、お札があります。ご自由にお使いくださいと直美さんに言われました」


 瑠希弥に案内されるままに事務所の中に入りました。


「わあお」


 麗華が叫びました。私も呆気に取られました。


 そこはまさに博物館です。ありとあらゆる書物とお札と武器があります。


「これなら、あのバケモンにも対抗できそうやな」


 麗華が嬉しそうに言いました。


「テレビを点けてください!」


 突然瑠希弥が大声で言いました。


「何や?」


 麗華は近くにあったリモコンでテレビを点けました。


 そこに映ったのは、演歌歌手の自殺の報道でした。


「ええ!?」


 更に別の演歌歌手が自殺したようです。


「そんな、どないなっとんねん?」


 麗華は私を見ました。私にもわかりません。


「あの曲、何人もの演歌歌手に渡されていたようです。まだ他にもいる可能性が……」


 瑠希弥はあまりの出来事に泣き出してしまいました。


「まさか!」


 麗華はハッとして玄関に走ります。


「麗華?」


 私は麗華に声をかけましたが、彼女はそのまま出て行ってしまいました。


「どうしたのかしら?」


 私は瑠希弥を見ました。瑠希弥は涙を拭いながら、


「井上さんが逃げたようです。信じられませんが、術も縄も解いたようです」


「ええ!?」


 そこへ麗華が戻って来ました。


「あのイケメンがいなくなってるで、蘭子」


 麗華は汗まみれです。


「ホンマにあの術者、何モンやねん……」


 麗華の声が震えているのがわかります。


 得体が知れないだけではなく、途轍もなく強い。


 私達で勝てるのかしら? 本当に心配です。


 


 西園寺蘭子でした。

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