狂気の恋人

 私は西園寺蘭子。霊能者です。


 木下真里亜さんの自殺に端を発した一連の事件の裏には、得体の知れない白装束の男がいました。


「お前達はその男が鬼となるための糧だ。食らわれよ」


 井上学さんは、目を血走らせ、鉈と金属バットを振り上げて走って来ます。


「蘭子、容赦してる場合やないで!」


 麗華は印を結び、


「オンマカキャラヤソワカ」


と大黒天真言を唱えます。


「効くか!」


 しかし、井上さんは怯みません。真言は彼の直前で消えてしまいました。


「何やて!?」


 麗華は仰天しました。


 どういう事でしょう? やはり、このフロアに張られた結界が邪魔をしているのかも知れません。


「先生、私、真里亜さんの霊を呼んでみます」


 弟子の小松崎瑠希弥が階段を駆け下りました。


 結界を抜ければ、交霊もできるはずです。


「行かせぬ!」


 白装束の男が右手を突き出しました。


「くうう!」


 階段を駆け下りていた瑠希弥はまるでワイヤーアクションのように宙を戻され、壁に叩きつけられました。


「はあ!」


 白装束の男は次に右手から陰陽道の式神しきがみのようなものを放ちました。


「こいつ、何モンやねん?」


 麗華が吸引のお札を出し、式神を吸い込みます。


「お前らが束になっても私には敵わぬ」


 男はニヤリとしたようですが、白い頭巾で顔の半分が隠れているのではっきりわかりません。


「死ねえ!」


 井上さんが麗華に鉈を振り下ろし、私に金属バットを振り下ろしました。


「く!」


 麗華と私はそれをかわし、後退しました。そして起き上がった瑠希弥に駆け寄ります。


「大丈夫、瑠希弥?」


「はい、大丈夫です」


 瑠希弥は壁に叩きつけられる瞬間、感応力でガードしたようです。


「逃がさん!」


 井上さんはよだれを垂らしながら、更に突進して来ます。


「しゃあない!」


 麗華は井上さんに物理攻撃をするようです。


「気をつけて、麗華!」


 私は思わず叫んでいました。麗華はステップを踏んで間合いを詰めました。


「おらあ!」


 麗華の回し蹴りが井上さんの顔面に向かいますが、


「させぬ!」


 また白装束の男が右手を突き出します。


「い!」


 麗華は回し蹴りの途中で動けなくなってしまいました。


 要するにパ○ツ丸見え状態です。


「おりゃあ!」


 井上さんの鉈が麗華の硬直した脚に振り下ろされる直前、いけない私が発動です。


「でりゃあ!」


 いけない私もパ○ツ丸見えの飛び蹴りで、井上さんをダウンさせました。


「ぐはあ!」


 井上さんは鼻血を出しながら倒れます。決して私のパ○ツを見たからではないと思います。


 確かに今日は面積の小さい黒のスケスケですが。


 それ、麗華のプレゼントなんです。私の趣味ではありませんから!


 でも、履いているのですから、偉そうな事言えませんね、わかってます。


「また出たか、化け物め」


 白装束の男が言いました。


「化け物に化け物呼ばわりされる覚えはねえよ」


 いけない私は中指を突き立てて言い返しました。ああ……。


「大丈夫か、麗華?」


 いけない私が硬直が解けた麗華に尋ねます。


「はい、大丈夫です」


 妙に他人行儀な麗華に私は密かに落ち込みました。


「麗華にかけた術、私にもかけてみろよ、ヘボオヤジ」


 いけない私はいきなり挑発しました。


 すると白装束の男は、


「お前には別の術を使わせてもらおうか」


「何?」


 いけない私は眉をひそめます。


「く……」


 井上さんが頭を振りながら起き上がります。


「まだか……」


 いけない私がもう一度井上さんを蹴ろうとした時です。


「僕は一体……?」


 さっきまでの凶悪な人相と打って変わり、井上さんはイケメンに戻っていました。


 どうやら白装束の男の術が解けたようです。


「信じられない。もう一撃!」


 いけない私が蹴ろうとするのを、


『ダメよ! そんな事をしたら、摩利支天真言を唱えるわよ』


 私はいけない私を黙らせました。そして引っ込んでもらいます。


「しっかりしてください、井上さん」


 私は起き上がろうとしている井上さんに近づき、手を差し伸べました。


「ありがとう」


 井上さんは微笑み、私の手を取ります。


「何がどうしたのか、全くわからなくて」


 井上さんは頭をもう一度振って呟きます。


「とにかく、下がっていてください。お話は、あの変なおじさんをやっつけてからです」


 私はチラッと白装束の男を見ます。


「はい」


 井上さんを麗華と瑠希弥の方に行かせてから、私は白装束の男を睨みました。


「こんな事をして何のつもり? 貴方は一体何者なの!?」


 いつもより数倍怒気を含んだ私の声は、麗華と瑠希弥をビクッとさせたようです。


「蘭子!」


「先生!」


 二人の叫び声がした後、私は何かが身体に当たるのを感じました。鈍い痛みが背中を走ります。


「ぐ……」


 口に鉄の味がすると思ったら、血です。どうしたのでしょう?


 更にお腹を見ると、何かが突き出ています。


「ナイフ……?」


 血塗れのそれは、ギラッと光りました。先端からポタポタと赤黒い液体が零れています。


「死ね!」


 背後で井上さんの声がします。


「どうして……?」


 私は前に崩れました。ズルッとナイフが身体から抜ける感触がありました。


「……」


 そのまま突っ伏すように床に倒れてしまいます。


「蘭子!」


「先生!」


 麗華と瑠希弥の声が遠くに聞こえました。


『だから言ったんだ! お前は人が好過ぎるんだよ、もう一人の蘭子』


 いけない私の声が聞こえます。


『ごめん、もう一人の私……』


 これが私に対する術だったのです。見事に嵌められましたね。情けないです。


 私はそのまま意識を失いました。


 


 そして……。


 次に目を覚ましたのは、私の事務所の仮眠室のベッドの上でした。


 私はお腹に包帯を巻かれ、真言が書かれた布団をかけられています。


「気ィついたか、蘭子?」


 真っ赤な目をした麗華が私を見下ろしています。


「私……」


 ふと見ると、足元には瑠希弥が泣きじゃくって立っていました。


「先生、良かったです……」


 瑠希弥は嗚咽をあげながら言いました。


「傷に術をかけられていてな、普通の病院では治療できへんねん。そやから、ウチの知り合いの心霊医師を呼んで、治療してもらった」


 麗華は涙を拭いながら教えてくれました。


「そう。ありがとう、麗華。それで、井上さんとあの白装束の男は?」


「わからん。蘭子を庇って逃げ出すんで精一杯やったからな。あいつ、ムチャクチャ強いで」


 よく見ると、麗華も瑠希弥も傷だらけです。


「ごめんね、麗華、瑠希弥。私のせいで、怪我したんだね」


 私は痛みを堪えながら礼を言い、涙しました。


「ええて。ウチら、親友やんか。何があっても、あんたはウチが守る」


 麗華はまた涙を浮かべて言います。


「私もです」


 瑠希弥が涙を零しながら言ってくれました。


 私の不注意で、二人を傷つけてしまいました。何としてもこの一件、解決しなければなりません。


「それにしても、さすが蘭子や。医者も驚いてたで。あの傷で助かるとはってな」


 麗華にそう言われ、私はある事を思い出しました。


 いけない私との交信です。


『もう一人の蘭子、ちょっと私の力を分けてやるよ。でないと、お前、死んじまうからな』


 確か、そう言われました。


 いけない私が、私を助けてくれたのです。


 何だかジンとしてしまいます。


 私達は元々一人です。いけない私を消すのではなく、一人に戻る。


 それがあるべき将来の私達の姿だと思いました。


 そして、その将来のためにもあの白装束の男を倒します。


 人の心をもてあそぶのは、どんな理由があろうと許される事ではありません。


 必ず報いを受けさせます。そうでなければ、木下真里亜さんが可哀想です。


 


 西園寺蘭子でした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る