戦闘開始
私は西園寺蘭子。
史上最凶とも言われている呪術師の内海帯刀が現れました。
想像していた以上の圧迫感を放つ強敵です。
しかも、私の親友の八木麗華は、帯刀が眉目秀麗なので思わず叫んでいました。
「じゃあ、サッサと片づけるぜ!」
いけない私が嬉しそうに言い、印を結びます。その印はいけない私の一番の攻撃真言です。
「オンマケイシバラヤソワカ」
自在天真言です。暴風のような破壊の力が不敵な笑みを浮かべたままで微動だにしない帯刀に向かいます。
「砕け散れ、人外!」
いけない私は勝ち誇った顔で怒鳴りました。あまり奇麗な言葉ではないので、恥ずかしいです。
「愚かな……」
帯刀は哀れみの目で私を見ました。強がりでも見栄でもなく、それが彼の判断なのでしょう。
そして、彼の判断通り、いけない私の渾身の真言は帯刀に届く事なく、その手前で防壁のような結界に阻まれ、消滅してしまいました。
「何だと!?」
いけない私もその結果が信じられないらしく、目を見開いています。
「西園寺さん、内海帯刀は結界を張っています。直線的な攻撃ではそれを破る事すらできませんよ」
麗華のお父さんである心霊医師の矢部隆史さんが言いました。
「それなら、そいつごと打ち砕くまでだよ、矢部ッチ!」
いけない私は矢部さんの忠告を無視し、もう一度真言を唱えるつもりのようです。
「麗華、手を貸せ!」
いけない私が言うと、
「はい!」
素早く麗華が応じます。連続攻撃を仕掛けるつもりなのでしょうが、効かないと思います。
「まだ続けるのか、西園寺蘭子? 勝てぬ相手には従うのが生きるための知恵ぞ?」
帯刀が目を細めて言うと、
「これが私の生き方だ、人外! 今度こそ砕けちまえ!」
いけない私が印を結びます。
「オンマカキャラヤソワカ}
まずは大黒天真言です。竜巻のように気流を起こし、帯刀に向かいます。
「オンマカキャラヤソワカ」
それに被せるように麗華も大黒天真言を唱えました。
「オンマケイシバラヤソワカ」
その上更にいけない私は自在天真言を追加で唱えました。
「凄い……。あれだけの強力な真言を立て続けに唱えられるなんて……」
私の弟子の小松崎瑠希弥の姉弟子的存在である椿直美さんがそう呟いたのを聞き、いけない私はドヤ顔です。
「ダメ、西園寺さん! 力の無駄遣いはしないで!」
麗華のお母さんで矢部さんの奥さんの岡本綾乃教授が叫びました。
「何?」
その言葉にいけない私が教授を睨みます。ああ、穴があったら入りたい心境です。
「どこまでも愚かであるな、西園寺蘭子」
帯刀がそう言ったのと同時に、三連弾の真言は全部彼の結界に弾かれて消滅してしまいました。
しかも、結界は全くの無傷のようです。
「何という事だ……」
G県の退魔師である江原雅功さんは歯軋りしていました。
「なかなかの力を持っているな、西園寺蘭子。だが、半身のままでは、我には到底敵わぬぞ」
帯刀はフッと笑って言いました。
「うるせえ、人外! 次は只じゃすまねえぞ!」
いけない私は内心非常に焦っているようなのですが、全くそれをおくびにも出しません。
「ならば変化球を加えてみましょうか、西園寺さん」
ジッと考え込んでいた江原さんが言いました。いけない私はニヤリとして、
「よし、やろうぜ、雅功」
また呼び捨てです。後でしっかりお詫びしないと……。
江原さんは気を高め始めました。どうやら物理攻撃と真言攻撃の合体技で挑むようです。
江原さんはチラッと瑠希弥を見ました。瑠希弥はその視線に気づき、微かに頷いてみせました。
恐らく、帯刀は私達の心の声を全て拾ってしまうのでしょう。だから江原さんは何も言わず、何も思わず、瑠希弥に合図した。
それが何なのかはわかりませんが、とにかく江原さんと瑠希弥に任せるしかありません。
「それもまた無駄。愚かも極まれりよ、うぬら」
帯刀は目を細めて私達を見ています。
「力を貸します!」
椿さんが動きました。するとそれを見た麗華が何を思ったのか、
「ウ、ウチも!」
慌てて言い、椿さんと並んで江原さんの背後に立ちました。
江原さんの気は、あの気功少女の柳原まりさんのそれを遥かに凌駕し、江原さんの師匠である名倉英賢さんに迫りました。
これが修行の成果なのでしょうか?
「ほお、江原雅功、我が
帯刀はバカにしたような顔で言い放ちました。
「いや、まだまだ師匠には及んでいない!」
江原さんは真顔で応じました。その目は射るように帯刀を見ています。
「美しき師弟の関わりか。それもまた愚かなり」
帯刀は笑みを止め、江原さんを睨みつけました。端正な顔立ちであるのにその目には狂気が宿っているように感じられました。
「ゴチャゴチャうるせえんだよ、化け物! 今すぐ粉微塵にしてやるから覚悟しろ!」
いけない私がとうとう帯刀を「化け物」呼ばわりです。まあ、間違ってはいない気もするのですが……。
いけない私はまた印を結びました。
「はああ!」
まずは江原さんが高めた気を凝縮し、帯刀目がけて大砲のように打ち出しました。
それは怒れる龍の如く渦を巻きながら帯刀に突進し、結界に激突しました。
「ぬう」
帯刀の表情が少しだけ変わり、結界が軋む音が僅かに聞こえたような気がしました。
「砕けろ、化け物!」
いけない私が叫びます。
「オンマケイシバラヤソワカ」
自在天真言の激流が軋んでいる結界に追い討ちをかけるようにぶつかりました。
すると更に結界が軋み、空間が歪むのがわかりました。
「行け、麗華、直美!」
いけない私が麗華と椿さんに号令をかけます。
「オンマカキャラヤソワカ」
二人の大黒天真言が放たれ、合流しながら帯刀の結界にぶち当たりました。
「おお!」
帯刀の叫び声が聞こえ、結界が崩れる音がしました。
「どうだ、化け物!」
いけない私は勝ち誇った顔で怒鳴りました。今度こそ効いたのでしょうか?
「何!?」
でも、驚いたのはまたいけない私の方でした。
結界は破れたはずなのに江原さんの気もいけない私と麗華と椿さんの真言もまた帯刀の手前で消滅してしまったのです。
「やはり……」
その結果を予測していたのか、江原さんがそう呟きました。瑠希弥と椿さんもわかっていたようで、いけない私や麗華ほどは驚いていません。
「内海帯刀は、幾重にも結界を張っています。もっと複合的な攻撃を仕掛けないと、勝ち目はないです」
岡本教授が言いました。
「それを早く言えよ、先生!」
いけない私はムッとした表情で岡本教授を睨みました。
「仲違いをしている余裕なぞないはずであるぞ、うぬらは。我との差は歴然だ。もはや死を覚悟せよ」
帯刀は無表情な顔で私達を見渡しました。すでに勝利を確信しているのかも知れません。
「それにしても、うぬらがまさに死を目の前にしているというに、英賢は来ぬのか? 腑抜けだな、やはり」
帯刀はそう言ってまた目を細めました。英賢さんが来ないはずがないです。あの方を侮辱するのは許せません。
「ジイさんが来る前に私がお前を片づけるって言ってるだろうが、化け物が!」
何故かまだ勝つ気満々のいけない私が言い返しました。こんな時だからこそ、いけない私の強がりは貴重です。
『強がりじゃないよ、もう一人の蘭子』
いけない私が心の中に語りかけて来ました。
『そうなの? でも、貴女の真言は全然通じていないのよ、もう一人の私』
私は疑問に思って尋ねました。するといけない私は、
『あの化け物に聞かれているから何も言えないが、根拠なく言い返している訳じゃないぞ』
ああ、そうでした。この会話も帯刀に聞かれているのでしたね。
「残念だったな、帯刀。儂は腑抜けではないし、皆を見捨てるような人でなしでもない。お前のようなな」
そこへ英賢さんが姿を現しました。帯刀が張った結界を何事もなく通り抜けてくるのはさすがです。
「ようやく来たか、英賢。仲良く地獄に送って進ぜよう」
帯刀はまた不敵な笑みを浮かべ、英賢さんを見ました。
さあ、ここから押し返せるのでしょうか?
西園寺蘭子でした。
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