触らぬ神に祟りなしその七

 私西園寺蘭子はとうとう本性を現してしまいました。ごめんなさい、これが本当の私です。


 と言いたいところですが、違います。私の修行が足りないのです。こんな下品な人格が表に出てしまうなんて。

「おい、生臭坊主。さっきまでの私とは訳が違うぞ。命を落としても、怨むなよ」

 いけない私は、ニヤリとして乗如さんに言い放ちました。耳を塞ぎたくなる言葉ですが、どうする事もできません。

「ほう、二重人格ですか。それはそれは、お気の毒な。ならば、せめて私の手で、貴女を地獄にお送りして差し上げましょう、西園寺さん」

 乗如さんの気が変わりました。何でしょう? 僧侶の気ではありません。妖術師のような気です。

「これは私の偉大なる師匠から頂いた力です。こんな事はしたくなかったのですが、貴女がどうしても逆らおうとするからですよ。悪く思わないで下さいね」

 乗如さんは、まだ私に勝つつもりのようです。あまりにも無知です。あの麗華が、何故私が怒ると素直に応じるのかを考えてくれれば、決してそんな強がりは言えないはずです。

「バカなのか、あんたは? この私を誰だと思っているのさ? 西園寺蘭子様だよ」

 私は大きく足を開いて、啖呵を切りました。死にたいくらい恥ずかしい私がいます。

「随分と身の程知らずですね、貴女は。私は温厚な性格なので怒ったりしませんが、もしここに私の師匠がいらしたら、貴女は一瞬にして灰にされていますよ」

 乗如さんは肩を竦めて私を諭すように言いました。でもそれこそ無駄なのです。今の私は、例え亡くなった両親が説得に来ても言う事を聞かないくらいの性格なのですから。

「口だけは達者だな、生臭坊主」

 いけない私は、ますます調子が出て来たようで、下品にも、中指を立てて乗如さんを挑発します。ああ、記憶から削除したい。でも覚えているんです、元の私に戻っても。

「ならば今すぐ楽にしてあげますよ。綺麗な貴女の口から、それ以上汚い言葉は聞きたくありませんからね」

 乗如さんは遂にセクハラ発言までし、私に対して構えを取りました。何をする気でしょう? 彼の周囲に蜻蛉のように気が沸き上がり始めました。

「これは肉体にも霊体にも大きな痛手を与える攻撃です。一発で死なせてあげますから、安心して地獄に行って下さい」

 乗如さんは凶悪犯のような顔をして、優しい口調で言いました。矛盾した状態です。

「かかって来な、生臭坊主」

 私はニヤッとして言いました。挑発し過ぎです。乗如さんはクワッと目を見開き、

「終わりだ、小娘!」

と叫ぶと、風のような速さで私に突進して来ました。

「遅い!」

 私の渾身の踵落としが、乗如さんの脳天に炸裂しました。

「ぶへっ!」

 乗如さんはそのまま地面に顔からめり込み、気絶してしまいました。

「バカめ! この蘭子様にさからうなんざ、一億年早いわ!」

 残酷にも、私は乗如さんを更に踏みつけて、大声で怒鳴りました。何て事でしょう。

「おう、蘭子、こっちは片付いたで……」

 麗華が嬉しそうに走って来て、私の異変に気づいたらしく、固まってしまいました。

「そうか、麗華。よくやった。お前にしては上出来だったな」

 私はガハハと大口を開けて笑いました。

「……」

 麗華は唖然として何も言いません。すると、さっきまで私達の放つ気で遠巻きに見ていた霊達が、また近づいて来ました。

「まだいるのか、雑魚共が。全部まとめて、面倒見てやるぞ!」

 私はそう言い放つと、

「オンマカキャラヤソワカ!」

と大黒天の真言を唱え、周辺にいた霊を残らず消し飛ばしてしまいました。ああ。何て事を……。

「?」

 力を存分に使ったせいで、いけない私はいなくなってくれました。ようやくいつもの私に戻れたようです。

「蘭子?」 

 麗華が恐る恐る私に声をかけます。私はニッコリして、

「麗華、ありがとう」

「お、おう」

 麗華は私が元に戻っているのを知り、ホッとしたようでした。


「そうか。それは大変な事やな」

 私は乗如さんを縛り上げてから、麗華に事情を説明しました。

「神仏をビジネスにするような連中は、ロクなもんやない。ホンマに性根の腐った奴らやな」

 麗華はムッとして言いました。でも、乗如さんも、彼の師匠も、麗華にはそんな事を言われたくないと思います。

「ここはこれで万事解決でしょうけど、乗如さんの背後にいる人達の事は、これから調べないとね」

「やめとき、蘭子。手ェ出したらあかん。何も得せェへんで」

 麗華は結び目を確認しながら言いました。

「得とか損とか言う問題ではないわよ」

 祟りとか心霊現象を悪事に利用する人達を野放しにする事はできません。

「ウチは協力せんからな」

「そういう事を言うの」

 私は只そう言っただけだったのですが、麗華は何故かビクッとして、

「わ、わかったがな。そない怒らんでもええやん、蘭子」

と慌てたように言いました。私はキョトンとしてしまいました。


 私達は、もう一度石仏を全部並べ、祭壇を作り、正式な方法でその場をお祓いしました。古代の霊達もそうですが、その霊達に殺された戦国時代の人達、そして今回事故で亡くなった人達もまとめて、浄霊しました。これでもうここで祟りとか霊現象は起こらないはずです。

「知らないという事は、本当に怖い事ね。自害沢の由来になった事件も、この土地に昔の出来事が正確に伝えられていたら起こらなかった事だし、工事現場の事故も、乗如さん達の悪い考えもあったかも知れないけど、昔の話が伝えられていたら、やっぱり防げたのよね」

 私は祭壇を片づけながら、麗華に言いました。

「そうやな。触らぬ神に祟りなし。それが一番なんや。ウチかて、何も好き好んで、霊を吹き飛ばしている訳やないからな」

「……」

 私はそれには同意できません。麗華は趣味で霊を吹き飛ばしている気がします。

「な、何や、蘭子? 何か言いたそうやな?」

「別にィ」

 私は道具をまとめると、車に向かって歩き出しました。

「ああ、そうや。この仕事の報酬、いくらや?」

 麗華が私を追いかけて来て言いました。

「五千円くらいかな」

「な、何やて!? 嘘やろ、蘭子? ウチ、気ィ失いそうになったで」

 麗華が慌てふためく様子を見て、私はクスクス笑いました。


 そして、別の場所の事。

「西園寺蘭子と八木麗華。邪魔な存在のようだな」

 暗がりで話す二人の男。

「はい、座主様」

 知らないところで、蘭子と麗華に対する陰謀が渦巻き始めようとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る