触らぬ神に祟りなしその六

 私達二人は、古代人達の霊に取り囲まれ、絶体絶命になりかけていました。

「あの生臭坊主、次にうたらギッタギタにしたる!」

 麗華が毒づきます。

「会えたらね」

 私はそんな皮肉を言えるような余裕があった訳ではありませんが、言わずにいられませんでした。

「阿呆、そないな後ろ向き発言、許さんで、蘭子!」

 麗華は本当に怒っているようです。声が裏返ってます。

「ねえ、麗華」

「何や、急ぎの質問か?」

 麗華は服の下に隠し持っているお札を探しているようです。

「どうしてこの霊達、私達に付きまとうのかしら?」

「あん? そないな事、わかるかいな」

 麗華はまだ服を触っています。

「あ」

 私はジャケットのポケットに何か入れられているのに気づきました。石のようです。

「何だろ?」

 取り出してみると、それは石仏の破片のようでした。

「これ……」

 多分あの乗如さんが入れたのでしょう。麗華の服には入れるところがないから、私の服だけに入れたのだと思います。

「何や、それ?」

「石仏の破片みたい」

「何やて!?」

「これのせいみたい」

 私はその破片に観世音菩薩の真言を唱えました。

「オンアロリキヤソワカ」

 途端にその破片が輝き出し、周囲の霊が吸い込まれました。

「この霊達、帰りたいのね」

「はァ?」

 消し飛ばす気満々の麗華は、素っ頓狂な声で言いました。

「帰りたいのよ。帰る術をなくして、怒っていたの。だから、私達に付きまとったのよ」

「気ィ悪いわ、ホンマ」

 麗華は少しだけ減った霊の隙を突いて走り出しました。考えてみれば、追いかけられていたのは私だけですから、彼女は違う方向に逃げれば良かったのです。そんな事を言ったら、もの凄く怒るでしょうけど。

「麗華!」

「待っとけ、蘭子。今ウチが何とかしたる!」

 麗華は服の下から出したお札で霊を弾き飛ばしながら、重機に向かって走りました。

「何をするつもりなの、麗華?」

 私も摩利支天の真言を唱えながら、麗華を追いかけました。

「あのコンクリートに埋まった石仏を掘り出すんや! それしかない!」

「ああ」

 麗華にしては、非常に合理的で正しい判断です。

「事件が解決したら、この村からガッツリ報酬もろうて、この工事した阿呆な建設会社に賠償請求や。霊に襲われて死にかけたうてな。たんまり取ったるで」

 結局お金? 本当にもう。でも多分その訴えは受理されないわよ、麗華。日本の法制度は、霊の存在を認めていないから。

「よし、このユンボ、動くで」

「麗華、免許あるの?」

「この緊急時に何堅い事を言うとんねん」

 麗華はエンジンを始動させて、パワーショベルを動かしました。

「ああ」

 また霊達が寄って来ます。もう石仏とか関係ないようです。麗華が仲間を吹き飛ばしたので、私達は敵と看做されているのです。

「蘭子、そいつらは頼んだで。ウチはあの仏さんを掘り出す」

「ええ、何とか」

 私は大変な団体さんを見て、ちょっと躊躇してしまいました。

「あっ、そうか」

 私はある事に思い至りました。

「麗華、頑張ってね!」

「おい、蘭子、どこ行くねん?」

 私は団体さんを惹きつけるためにさっき地面に建てた石仏のところに走りました。

「これでもう一度」

 石仏を持ち上げ、さっき即身仏を見つけた穴へと走ります。団体さんは面白いように私について来てくれました。

「頼んだわよ、麗華」

「任せとき、蘭子」

 麗華の操るパワーショベルは、護岸工事の現場に到着しました。

「オラオラ!」

 麗華が叫びながらアームを動かしています。何とかなるようです。

「あらあら」

 私は団体さんがすぐそばまで来ているのに気づき、また走りました。

「あの即身仏さんに助けてもらうしかない」

 私は、即身仏の力をこの石仏に分けてもらおうと思っていました。本来、あのお坊さんはあそこを守っている方のようですが、今は河岸の方が荒れてしまっています。お移りいただく方が確実なのですが、あのお身体ではそうもいきません。

「わわ」

 ところが、即身仏様のところにも、また霊が集まり始めていました。どうした事でしょう?

「お嬢さん、おかしな事をしないでいただきたいですな」

 乗如さんが森の奥から現れました。

「逃げたのかと思いました」

 私は彼を睨みつけました。でも乗如さんはヘラヘラ笑って、

「逃げる訳ないでしょう。貴女方を始末するのが、私の仕事ですから」

「えっ?」

 何ですって? 今の発言、聞き捨てなりません。

「この山と森は、このまま乱しておくのですよ。鎮めたりしないで下さい」

「どういう事です?」

 私は後ろから霊が迫っているのも気にせずに尋ねました。

「そうすれば、護岸工事はできない。そんな事されると、迷惑する人がいるんです」

「さっぱり意味がわからないわ」

 私はちょっと切れて来ました。何を言っているのでしょう、この人は?

「マーケットというものがあります。ここは定期的に霊が暴れてくれるようにしたいのですよ」

「はあ?」

 いけません。このままこんな会話を続けていると、いけない私が表に出てしまいそうです。

「祟りがある。そういう噂が広まれば、工事は進まない。そして、霊が出るとなれば、私達のビジネスになる。そういう事です」

「もしかして、あの工事現場の石仏は……」

 私はムカッとして尋ねました。訊きたくありませんでしたが。

「お察しの通り、私が壊しました。そして、基礎に組み込ませたのも、私です」

「何て事を!」

 私はすでに限界でした。いけない私は、もうすぐそこまで来ています。

「何故、護岸工事をされると困るのですか?」

「そんな事、もうすぐ死ぬ貴方達に教えても仕方がないでしょう」

 乗如さんは高笑いをして言いました。

 ブチッ。何かが切れる音がしました。そう、私の堪忍袋の緒が切れたのです。

「どうしました? 恐ろしくなりましたか? でも、もう謝ったとしても許しませんよ」

 乗如さんは私が震えているのを見て、怖くなったと思ったようです。とんでもない勘違いです。

「うるせえんだよ、生臭坊主。恐ろしくなった? はあ? 寝言は寝てから言いな」

「!?」

 乗如さんは、麗華が来たと思ったのか、辺りを見回しました。ごめんなさい、今のは私です。

「どこ見てるんだよ、生臭坊主。この蘭子様には怖いものなんかないんだよ」

 乗如さんは完全に仰天していました。ああ。いけない私、登場です。

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