触らぬ神に祟りなしその五

 乗如さんは、石室の入口に近づき、中を覗き込みました。

「この中はすでに何も残っていません。広くなっています」

 私と麗華も中を見ました。

「何や、あれは?」

 麗華が携帯の明かりで中を照らして言いました。石室の中にぼんやりと浮かび上がっているのは、人の形のようにも見えますが、胡座をかいている仏像のようにも見えます。

「何かしらね?」

 私は霊の気配を感じ、振り返りました。いつの間にか、私達は何百という数の古代人達の霊に取り囲まれていました。

「オンアミリタテイゼイカラウン」

 乗如さんの真言が霊達を押しのけます。

「この霊達は、王に対する怨みから、ここに集って来るのです。王はすでにこの世には何の未練もなく霊界に行ってしまっていますから、いくら集まってみたところで何もなりません」

 乗如さんの言葉に私は生き埋めにされた人達の悲哀を感じました。

「おい、蘭子、さっき河原で見かけた連中まで、ここに辿り着いて来とるで」

 麗華が言いました。私もそれに気づき、

「あの河原にある石仏が封印だったのよ。あれを何とかしないと、全ての霊がここに集まってしまうわ」

 夢に出そうなくらい怖い顔で迫って来る霊の団体は、私達を押し潰そうとするかのように押し寄せて来ます。

「何とかここを突破して河原に戻りましょう。あの石仏を何とかしないと……」

 私が乗如さんに声をかけた時、乗如さんは石室の中を覗いていました。

「た、大変だ!」

 乗如さんは大声で叫びました。私は麗華と顔を見合わせてから、

「どうしたのですか?」

 乗如さんは石室の中を指差して、

「中を見て下さい」

「えっ?」

 私と麗華は言われるがままに石室の中を覗きました。

「あっ!」

 その瞬間、私達は崩れ落ちるように石室の中に入ってしまいました。

「な、何や?」

 暗がりで麗華が叫びます。何が起こったのか、すぐにはわからない程、私は混乱しました。乗如さんが私達を穴の中に落としたのです。

「すまんな、お嬢さん方。ここを封じるには、どうしてもにえが必要なのじゃよ」

 石室の入口でニヤリと笑う乗如さんの顔。

「ジイさん、あんた、何考えとんのや?」

 麗華が怒鳴りましたが、乗如さんはそれには答えず、石室の入口に何かで蓋をしてしまいました。

「……」

 途端に訪れる漆黒の闇。本当に何も見えません。

「何ちゅうジジイや、ホンマに!」

 麗華が携帯を開き、辺りが見えるようになりました。

「これ……」

 私は、さっき覗き込んだ時に見えた仏像のような物が何なのか知りました。

「これ、即身仏かしら?」

 麗華が顔を近づけ、鼻をヒクヒクさせます。

「そのようやな。ここ、石室やなんて言いくさって、あのジジイ、とんでもない嘘つきや。この山全体を鎮めるために、徳の高いぼんさんが入って、即身仏になったところやで」

「そうみたいね。乗如さんはここに封印があったような事を言っていたけれど、違うわね。すっかり騙されてしまったわ」

 私がそう言うと、麗華は溜息を吐いて、

「ホンマにあんたは人が好過ぎるわ。少しは疑わんと、長生きできんで」

「そうね」

 それは確かにそうかも知れません。

「あのジジイ、ご先祖様がどうやってこの山を鎮めたんか知って、恐ろしゅうなって代わりに死んでくれる人間を探しとったんやな」

 麗華は即身仏をじっと見ながら言いました。私も携帯を取り出し、周囲を照らしてみます。

「入口はあそこだけかしら?」

「多分な」

 私は乗如さんが塞いだところを触ってみました。石です。薄い石ですが、その上に何か乗せてあるらしく、私達では動かす事ができません。

「でも、麗華」

「どうした?」

 私はある事に気づきました。

「私達は出られないけどね」

「何や?」

 麗華はイライラしているようです。

「霊達はどんどん入って来られるみたいよ」

「そらそうや、あいつらには蓋も何も関係ない」

 私達は知らないうちに古代人の霊で溢れている穴の中にいたのです。

「ヒーオーアー」

 霊達はその壮絶な形相で私達を睨みながら溢れて来ます。何か気持ち悪くなりました。

「酸欠になりそうなくらい、増えて来たな?」

 麗華が言います。霊達は呼吸をしませんから、その心配は無用なのですが、この狭い空間にいつまでもいると、本当に私達もお仲間になってしまうでしょう。

「蘭子、もう止めるんやないで。ウチが一発ぶちかましたるからな」

「ええ、お好きなだけどうぞ」

 私は麗華から離れて、身を屈めました。麗華は、

「オンマカキャラヤソワカ!」

と大黒天の真言を唱えました。

「フーアオー!」

 何十といた霊達が一斉に消滅しました。次に麗華は、

「インダラヤソワカ!」

と蓋を雷撃で吹き飛ばしました。

「出るで、蘭子!」

 麗華は大股開きで穴から這い出し、私に手を貸してくれました。

「逃げよったな、あの生臭坊主!」

 麗華は辺りを見回して怒鳴りました。古代人の霊達の集合は留まる事を知らず、穴に落ちる前より、その数は増えていました。

「ここを突破しないと。さっき見かけた石仏を何とかしましょう」

 私の提案に麗華は大きく頷き、

「よし! ウチが吹き飛ばす。蘭子は摩利支天の真言で道を確保してや」

「ええ」

 私達は見事なまでの連携プレーで、その場を離れ、道を下りました。霊達は執拗に追いかけて来ます。辺りは薄暗くなり始めていたので、彼等の凄みが増していました。多分同年代の女性だったら、確実に気を失っています。

「蘭子!」

 麗華はまるで私の彼氏のように手を貸してくれ、河原を渡らせてくれました。彼女が実に「男前」に見えて来ます。

「あそこや」

 私達は遂に石仏のところに辿り着きました。私は崩れた石仏を拾い集め、

「オンアロリキヤソワカ」

と観世音菩薩の真言を唱えました。石仏が輝き、元に戻ります。

「ヒーウーアー」

 古代人の霊達が、その石仏に吸い寄せられて消えて行きます。

「こっちもやな」

 麗華も石仏を拾い集め、真言を唱えました。

「ウーヒーアー」

 霊達は次々に吸い寄せられ、消えて行きました。

「一段落したわね」

 私は石仏を河原の端に持って行き、そこに建てました。麗華もその隣に置きました。

「凄いな、この石仏。あっちゅう間に霊を吸い込んだで」

「ええ、そうね」

 でもまだいました。まだ何百もの霊が近づいて来ているのです。

「全然足りへんやないか。どんだけいるんや、こいつら!」

 さすがの麗華も泣きそうです。私もですけど。

 その河原にあった石仏はその二体だけです。もう品切れ状態でした。

「何? もっとあったの、もしかして?」

 それから私はある事に思い当たりました。

「事故で人が亡くなっているのよね。それは何をしていた時なのかしら?」

「何言い出すねん、蘭子? 工事の事なんか、どうでもええがな」

 麗華は迫って来る霊達を吹き飛ばしながら怒りました。

「現場はここではないのよ、麗華。もっと先だわ」

「何やねん、蘭子?」

 私は泥だらけの重機を横切り、川の下流に向かいました。

「まさか……」

 私は恐ろしくなりました。知らないという事がどれほど怖い事かよくわかったのです。

「見て、麗華」

「何や?」

 私は工事現場の一角を指差しました。麗華はそこを見て、

「現場の連中、何ちゅうばち当たりな事をするねん!」

と呆れ顔で言いました。工事の基礎を作る行程で、彼等はあろう事か、石仏を何体もその中に組み込んでいたのです。いくら丁度いい大きさだとしても、これでは霊が怒るのも無理はありません。

「これは骨が折れそうね。このままじゃ、観音様も霊を導けないわ」

「そうやな」

 私達は思わず顔を見合わせてしまいました。その間にも霊達は迫って来ています。

「どうする?」

 私は麗華に尋ねました。麗華は、

「どうするて、蘭子……」


 絶体絶命かも知れません。

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