触らぬ神に祟りなしその四

 私と麗華は、沢の石を渡り、向こう岸にいる老僧のところに行きました。

「申し遅れました、私、西園寺蘭子です」

「ウチは八木麗華や」

 私達は自己紹介をしました。すると老僧は微笑んで、

「私は乗如じょうにょと申す。乗るに如実の如と書きます」

「乗如様ですか? では浄土真宗の?」

 私が尋ねますと、老僧は苦笑いをして、

「いやいや、破戒僧ゆえ、そのようなところとは繋がりはありません」

「そうですか」

 麗華がイライラして、

「早よ話聞かせてんか?」

「そうですな」

 乗如さんは歩き出しました。私は麗華と顔を見合わせてから、乗如さんを追いました。

「ここはもう、随分以前から関わっておりましてね」

 歩きながら乗如さんは話し始めました。すると、早速古代人の霊が近づいて来ます。

「オンマリシエイソワカ!」

 私が押しやります。麗華が舌打ちしました。

「消し飛ばせばええんや、蘭子」

「そういう問題ではないと思うわよ、麗華」

「ほー、さよか」

 麗華はバカにしたような口調で言いました。私は呆れましたが、何も言い返しません。

「いくら貴女が力が強くても、ここの霊を全て消し飛ばせば、多分死にますよ、麗華さん」

 乗如さんは穏やかな口調で凄い事を言いました。私もそう思います。この辺りに浮遊している古代人の霊は、尋常な数ではありません。何千人といるようです。全員が、生き埋めで死んだのではないようですが、家族も子々孫々に渡り、犠牲になっているようなのです。いくら麗華が強力な真言を使えるとしても、全て除霊して行けば、力尽きます。さすがに麗華もそれはわかっているようで、黙っています。

「封じ直すには骨が折れましてね。それで、力を貸して下さる方を探していました」

「それにしても、あの自害沢ツアーはどうしたらできるのですか?」

 私は乗如さんの力を知りたくて尋ねました。

「あれは、簡単です。貴女の霊体をここまで呼び込み、返す時に一緒に土と砂を運ばせるのです。ですから、肉体はここには来ていませんよ」

 私は驚きました。

「でも確かに私は……」

「それは私がそう思わせたからです。企みを全て見抜かれてしまうと、作戦は成功しませんからね」

「そうだったのですか」

 私はこの老僧を少し怖いと思いました。あの恵比寿顔の裏に別の顔があるとしたら、恐ろしいです。

「この辺までくれば、もう大丈夫でしょう」

 私達は沢の上まで出ました。川の向こうに、私の車が見えます。

「実は、戦国の頃、ここで霊を封じたのは、私の祖先なのです」

「そうなんですか」

「そうなんや」

 私は麗華と思わず顔を見合わせました。

「それで、もし封が破られた時は、その時代の者が命に代えて封じ直せと言われております」

「でも、封印は二度破れましたから、今回は相当大変ではないですか?」

 私の言葉に乗如さんはニッコリして、

「そうです。だからこそ、お二人の助けが必要なのですよ」

「はい」

 私は麗華を見ました。麗華は、

「ま、乗りかかった船やし、腕試しにはちょうどええくらいの量と質や。やったろか、蘭子?」

「そうね」

 私達は頷き合って、乗如さんを見ました。乗如さんは微笑んで、

「ありがとう、お嬢さん方」

 何故かお嬢さんと言われると、何となく居心地が悪くなります。

ぼんさん、お嬢さんはやめてえな。ケツがむず痒うなるで」

 麗華は全く「ぼかす」という事ができない子なので、ストレートな表現で言いました。私が恥ずかしくなります。

「そうですか」

 乗如さんは笑って言いました。そして、

「日が落ちないうちに片づけないと、厄介な事になります。急ぎましょう」

と言うと、道を山の方へと歩き出しました。この先には、恐らくこの森の主である豪族の首長の眠る石室があると思われます。

「そもそもの始まりは、墓泥棒が石室を開き、封印を剥き出しに事にあります。永らく誰もこの森に入ったりしなかったので、何事もなく時は過ぎましたが……」

 乗如さんが言っているは、最初に起こった悲惨な事件の元の話のようです。

「逃げるのに夢中だった戦国武将の家族達が、知らないうちにその封印を壊してしまったのですね」

「ほォ、そこまでおわかりか。さすがですな」

 乗如さんはまだ私達を試しているようです。それくらい、この一件に関わる霊達は強力なのでしょう。

「何や、気に入らんな」

 麗華が小声で言いました。彼女も乗如さんのしている事がわかっているようです。

「ウチらを誰やと思うとんねん」

 麗華はイライラしているようです。でもね、麗華、私も乗如さんの考え方、正しいと思うわ。そう思うのですが、その事を説明している時間も惜しいくらい、私は森の主達の霊圧が気になっていました。

「うわ……」

 森を登り詰めたところは少し開けていて、土が剥き出しになっています。その剥き出しの土のほぼ真ん中に石室らしき石組みが見えています。その石組みの周りには、何重にも古代人の霊が纏わりついています。気持ち悪いくらいです。

「これはこれは、団体さんでお出迎えか?」

 麗華は舌なめずりしています。また消し飛ばすつもりのようですが、それは無謀です。

「フーアーオー!」

 私達に気づいて、霊達が襲いかかって来ます。皆怨みが凝り固まったような顔をしています。恐らく窒息死しているのでしょうから、余計に形相が凄まじいです。

「効率よくいくで、蘭子!」

「ちょっと、麗華!」

 麗華が真言を唱えようとした時、

「オンアミリタテイゼイカラウン」

 乗如さんが「十八番おはこ」と思われる阿弥陀如来の真言を唱えました。

「フーオーアー」

 古代人の霊達は、スーッと消えています。さすがです。

「まずはこの石室を封じ直さねばなりません」

 乗如さんはそう言いながら、石室に近づいて行きました。先手を打たれた麗華は、ムスッとしながら後に続きます。私は肩を竦めて麗華に続きました。


 まだまだ困難が待ち受けていそうです。

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