分水嶺

危ない女子高生

 私は西園寺蘭子。霊能者です。除霊、浄霊、お祓い、占い、骨董品の鑑定も承っています。


 今日は珍しく仕事の依頼がなく、事務所も早めに閉め、久しぶりに飲みに出かけようかと思っています。


 それと、ここのところ、連日のように現れるある女性から逃げたいというのもありました。


 誰なのかは敢えて公表しませんが。


 私はドアの鍵を閉め、悪霊退散のお札を貼ると、意気揚々と街へと向かいました。


 ところがです。私は本当に運が悪いのかも知れません。


 事務所のあるビルの前は片側四車線の大通りで、ビルの前に歩道橋があります。


 車での移動がメインの私は、歩道橋を渡るという事がほとんどないのですが、何故か気になってしまい、そちらに目を向けたのです。


「ああ!」


 歩道橋の欄干の上に、女子高生が立っています。自殺でもするのでしょうか?


 そばには生憎あいにく誰もいないため、彼女はこのままでは確実に車道に落ちます。


 うまく着地できたとしても、この時間帯の通行量は、蟻でも助からないくらいの壮絶さです。


「間に合わない!」


 私はふらついているその子を助けるには普通に走ったのではダメだと思い、


「オンベイシラマンダヤソワカ!」


と毘沙門天の真言を唱え、高速移動しました。


「危ない!」


 あと一瞬遅かったら、彼女は確実に彼岸あちらに行っていました。私は落ちかけた彼女の腕をしっかりと掴み、引き上げました。


「どうして……」


 そう尋ねようして、私はハッとしました。その子は、眠っていたのです。


「何?」


 そして同時に、その子から悪霊の気配を感じました。


「オンマリシエイソワカ」


 私は摩利支天の真言を唱え、悪霊を遠ざけました。


「グオオオオ!」


 悪霊が女子高生から離れ、逃げて行きました。


「大丈夫?」


 その子の頬を軽く叩き、気を送ります。すると、ようやく彼女は目を開けました。


「あれ、ここどこ?」


 


 私は彼女を連れ、事務所に戻りました。


 彼女の名は、村上春菜。どこかで聞いたことがあるようなないような、微妙な名前です。


 時々眠くなり、気がつくと別の場所にいる事があるそうです。


 これは何かあります。私は彼女の事を探ってみました。


 すると、もの凄い憎悪を感じました。


 何でしょう? 私は春菜ちゃんに、


「ねえ、誰かに怨まれていない?」


「いえ、別に。怨まれるような事はありません」


 春菜ちゃんは嘘を吐いていません。私達霊能者は、普通の人達が嘘を吐くとわかるのです。


「何かしら? 貴女を酷く怨んでいる人がいるのよ。その人のせいね、時々眠くなるのは」


「ええ?」


 春菜ちゃんは今時の女子高生ではありません。制服の襟章から都内のお嬢様学校だとわかりました。


 その学校関係ではなさそうです。


 春菜ちゃん自身が知らない人物。そこまではわかりました。


「あ!」


 私は春菜ちゃんの気を探っていて、ある事に気づきました。


「貴女もしかして、村上法務大臣のお嬢さん?」


「え? 何でそんな事がわかったんですか? 父と知り合いですか?」


 春菜ちゃんはかなり驚いています。


「私は霊能者なの。だから貴女を助けられたし、貴女のお父さんの事もわかったのよ」


「そうなんですか」


 何故か知りませんが、この言葉は知り合いの小学生が一番嫌いな言葉らしいです。


「お父さんにお会いできないかしら?」


「難しいです。娘の私も、滅多に会えないほど忙しいですから」


「そう」


 それはそうでしょう。現職の閣僚が、娘との時間を大切にしていては大問題になります。


 ましてや、私のような怪しい女になど会ってくれるはずもないです。


 でも、あの憎悪の原因は、確実に春菜ちゃんのお父さんにあるのです。


 それ以上は、私には探りようがありません。


 せめて会えないまでも、近くに行く事ができれば……。


 その時でした。ドアフォンがなりました。


「あ」


 私は、この時間に来るのは一人しかいないと思いながら、ドアを開けました。


「よお、蘭子。今日も遊びに行こか」


 親友の八木麗華が、全く遠慮なく、ズカズカと入って来ました。


「お、お客さんか?」

 

 麗華は春菜ちゃんに気づいて言いました。春菜ちゃんは、麗華のファッションセンスに唖然としています。


「あん? もしかして、あんた、村上大臣の娘ちゃうか?」


「え? 麗華、春菜ちゃんを知ってるの?」


 私はビックリしました。


 


 麗華の話だと、村上大臣は、以前から何者かに呪詛をかけられており、何かあるたびに麗華を呼んでいたそうです。だから最近ずっと東京にいて、ここに現れたのです。


 私からしてみれば、その呪詛より、麗華の方が厄介だと思いますが。


「なるほどな。で、大臣にかけた呪いが、この麗華様の力で全部撥ね退けられるんで、娘を狙ったんやな」


 麗華はガハハと笑って言いました。偶然とは言え、麗華に救われたようです。


「安心せい、蘭子。この嬢ちゃんも、ウチがまとめて面倒見たる」


「そ、そう」


 私は苦笑いしました。


「嬢ちゃん、この麗華さんがあんたを守る。せやから、もう何も心配いらんで」


「は、はい」


 春菜ちゃんは心なしか怯えているようです。私に救いを求めるような目を向けています。


「大丈夫よ、春菜ちゃん。このお姉さんは、見かけはアレだけど、実力は私が太鼓判を押すわ」


「あのな、蘭子、見かけはアレて、どういう意味やねん?」


 麗華が私に噛みつきます。


「まあまあ」


 そんな麗華をなだめ、三人で事務所を出ました。


「ほなら、今日のお楽しみは明日に持ち越しや。じゃあな、蘭子」


「ええ」


 春菜ちゃんはニコッとして、


「ありがとうございました、お姉さん」


「どう致しまして。気をつけてね」


「はい」


 春菜ちゃんはズンズン歩いて行く麗華を追いかけました。


「待って、おばさん」


「何でおばさんやねん! ウチは蘭子とタメやで!」


「ええ? そうなんですか?」

 

 春菜ちゃんは本当にビックリしていました。




 その日の夜遅く、麗華からメールが届きました。


 万事解決し、呪詛をかけていた術者をコテンパンにやっつけたそうです。


 良かった。


 でも心配。春菜ちゃん、麗華に感化されて、あんな風にならないかしら?


 という訳で、今は一人で寂しくバーのカウンターの隅で飲んでます。


 誰かいい人いないかなあ。


 人恋しい蘭子でした。

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