白装束の秘密

 霊能者の西園寺蘭子達は、近くの古びた洋館で悪事を企んでいた大林蓮堂の策略により、気功少女の柳原まりと戦う事になってしまった。


 弟子の小松崎瑠希弥を一度は取り込まれたが、蘭子の「捨て身」の感応力解放で奪還した。


 そこまでは良かったのであるが、瑠希弥に思いを寄せる「ボクっ娘」のまりの心に嫉妬の炎が燃え上がり、それに呼応する形でまりが蓮堂に着させられていた白装束に宿っていた怨念が解放されてしまった。


「何や、あれ? ものごっつうサブイボ立つほど凄まじい怨念やで」


 麗華が真顔になって呟く。


『あのジイさん、白装束に染み付いたものに気づかずに使っていたようだな。何が起こっているのかわからないみたいだぜ』


 それでもこの状況を楽しもうとしている裏蘭子に表の蘭子は呆れてしまった。


『嬉しがっていないで、責任取りなさいよ! 貴女の作戦のせいで、まりさんが怒っちゃったんだから』


 蘭子は裏蘭子に言った。すると裏蘭子は、


『じゃあもう一回交代だ、もう一人の蘭子』


 蘭子が引っ込み、裏蘭子が表に出て来た。


 蘭子から発せられる気が変わったのを感じ、瑠希弥はハッとし、麗華はビクッとした。


「さてと。どんな力があるのか、見せてみろや、この世に未練タラタラの怨念共」


 裏蘭子は右手の中指を立てて言った。


 いきなりの挑発的な言動に麗華と瑠希弥が仰天して裏蘭子を見る。


『相手を怒らせてどうするのよ!?』


 蘭子も焦って抗議した。しかし裏蘭子は気にしていない。


「おらおら、どうせ大した事ないんだろ? てめえらなんか、この蘭子様にかかれば指一本で終わりだ!」


 裏蘭子は尚も怨念を挑発する言葉を吐き、大股開きで高笑いをした。


 裏蘭子の挑発に刺激されたのか、まりが着ている白装束からどす黒い妖気にも似た気が噴出した。


「な、何だ?」


 まりの後ろでそれを見ていた蓮堂は唖然としてしまった。


(私はなんと恐ろしいものを……)


 彼は少しずつ後退あとずさりしていた。


「瑠希弥、怨念は私が引き受けたから、まりを頼むぞ」


 裏蘭子が瑠希弥に囁いた。


「はい、蘭子さん」


 瑠希弥は嬉しそうに頷き、まりを見た。


「あのお、ウチは?」


 麗華が揉み手をしながら裏蘭子に尋ねる。裏蘭子はチラッと麗華を見て、


「ジイさんが逃げる算段してるから、捕まえろ」


「はい!」


 麗華は敬礼して応じた。


 まりから噴出した黒い気は人の形になり、白装束から分離した。


 まりは怨念が離れたせいなのか、ばたりと倒れ伏した。


「なるほどなあ、何十人もの生け贄の生気を吸い取って半ば妖怪化してるじゃねえか。すでに人としての矜持きょうじなんてものは持ち合わせていないはずなのに、私の言葉に怒ったのか、化け物?」


 裏蘭子は黒い人形ひとがたを睨んで言った。


 その途端に人形がブワッと何倍にも膨らみ、天井に届くくらいの大きさになった。


「わかるか、もう一人の蘭子? あの白装束、人間の髪の毛でできてる。白く脱色してな」


『人間の髪の毛?』


 蘭子は裏蘭子の指摘にギョッとした。


「それもおぞましい呪術のために無理矢理切られた髪だ。そりゃあ、怨念も宿るよな」


『そんな事にどんな意味があるのよ?』


 蘭子が怒りに震えて言う。裏蘭子はニヤリとして、


「さあな。その呪術をなそうとした奴も死んでいる。そしてその白装束に宿ったんだ。死して尚、儀式を完成させたいという執念でな」


 蘭子はあまりの事に言葉を失った。


『そこまで見抜いたか? お前は何者だ、女?』


 白装束に宿る術者の霊が裏蘭子に語りかけて来た。


「私は西園寺蘭子様だよ。てめえなんかより数億倍強いぜ!」


 裏蘭子はビシッと黒い人形を指差した。


 蘭子は裏蘭子のハッタリの規模に脱力してしまった。


 裏蘭子はチラッと瑠希弥に視線を送る。瑠希弥はそれに応じ、倒れているまりに駆け寄った。


「西園寺か……。聞いた事があるな。腑抜けの一族だな」


 人形が挑発し返して来た。


「何だと、こらァ!?」


 裏蘭子がムッとして一歩踏み出す。


「そう、愚かな奴がいたな。人の命を救うために自分の命を犠牲にしたバカな男。確か、西園寺さいおんじ公大きみひろだ」


 黒い人形がそう言った時だった。


「何ですってええええ!」


 裏蘭子が強制的に下がらされ、蘭子が表に出て来ていた。


 蘭子の足元の床はひびができ、四方の壁もまるで巨大な鉤爪かぎづめで引き裂いたように亀裂が走った。


「先生……」


 まりを助け起こした瑠希弥が唖然として蘭子を見た。


「何? 今度は誰になるのん?」


 麗華は怯えて笑い出している。


「私の父を侮辱するのは許さない!」


 蘭子の髪が逆立つ。裏蘭子より激しい気の流れが彼女を取り巻き、履いているスカートが激しく動いた。


『な、何だ、お前は? 何者なんだ?』


 人形は収縮してしまった。完全に蘭子の気にされてしまったのだ。


「何度同じ事を訊くのよ!? 西園寺蘭子よ!」


 蘭子は印を結び、麗華と瑠希弥に目配せした。


「オンマリシエイソワカ」


 摩利支天真言の三重奏が放たれ、人形を直撃した。


『ぐへええ!』


 人形は強力な破邪の力を受け、悶絶した。そして更に小さくなっていった。


「いい加減成仏しなさい!」


 蘭子は別の印を結ぶ。


「オーンマニパドメーフーン」


 麗華が目を見開き、瑠希弥も動きを止めた。


 蘭子が唱えた真言は「六字大明王陀羅尼ろくじだいみょうおうだらに」と呼ばれる究極の浄化真言である。


『バカな、そんな真言をお前如きがあああ!』


 黒い人形は浄化の光を四方八方から受け、消滅してしまった。


 その隙に逃げ出そうとした蓮堂だったが、


「何してるねん、おっさん」


 麗華に襟首を掴まれ、項垂れた。


「私……」


 唱えた蘭子自身が一番驚いていた。


(この真言、幾度となく挑戦してできなかったのに……。どうして?)


 その時、彼女は父の気配を感じた。


「お父さん?」

 

 蘭子は辺りを見渡したが、父公大の姿はなかった。それでも蘭子には父が力を貸してくれたのがわかっていた。


「ありがとう、お父さん……」


 涙を流して手を合わせる蘭子を見て、麗華と瑠希弥は貰い泣きしてしまった。


 


 しばらくして、意識を回復したまりに瑠希弥が制服を渡した。


「ごめんなさい、瑠希弥さん。ボクのせいで酷い目に……」


 まりは戦っている間の記憶が残っていた。


「恥ずかしいです。西園寺先生と瑠希弥さんの仲に嫉妬して、自分を見失うなんて……」


 まりは必死に泣くのを堪えていた。


「いいのよ、まりさん。気にしないで」


 蘭子が微笑んで言い、


「ありがとう、まりさん」


 瑠希弥が抱きしめてくれたので、まりはとうとう号泣してしまった。


(ああやって泣いている姿は、どう見ても女の子なんだけどなあ)


 蘭子は瑠希弥に抱きついて泣いているまりを微笑ましく見ていた。


「何や、蘭子、今度はあんたが嫉妬か?」


 蓮堂を呪術を練り込んだ縄で縛り終えた麗華がニヤリとして言う。


「何か言った、麗華?」


 蘭子がキッとして睨むと、麗華はビクッとして、


「いえ、何も言ってまへん」


 そして話を逸らしたいのか、


「このジイさん、どないする?」


 雁字がんじがらめに縛られ、口に猿轡さるぐつわまされた蓮堂は涙ぐんでいた。


「出羽の遠野泉進様に引き取りに来てもらおうか。修行をやり直せば、真っ当になるでしょ」


 蘭子は蓮堂を見て答えた。すると麗華は、


「あのエロジイさんに預けたら、このジジイ、もっとスケベになるんちゃうか?」


 蓮堂にされた事を思い出したのか、身震いして言った。


「じゃあ、G県の江原雅功さんなら大丈夫でしょ?」


 蘭子は麗華を見た。麗華はニヘラッとして、


「おう、それいいな。何ならウチが雅功さんとこまで送り届けよか?」


 そんな麗華を蘭子は白い目で見た。


 


 G県の退魔師である江原雅功に連絡を取った蘭子は、麗華、瑠希弥、そしてまりの力を借りて、蓮堂の邸の庭先で白装束の供養をした。


 炎に焼かれて少しずつ消えていく装束を見て、蘭子達は手を合わせた。二度とこんな事をする者が現れないようにする事を誓いながら。

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