逆転の逆転

 西園寺蘭子達は、気功少女の柳原まり救出のために乗り込んだ悪徳霊能者の大林蓮堂の邸で、思ってもみない展開を迎えていた。


 拉致されたまりを救おうと感応力と気を同期させて挑んだ小松崎瑠希弥であったが、蓮堂にそれを見破られ、言霊によって意識を支配されてしまった。


「やっぱりやばいんちゃうか?」


 八木麗華は嫌な汗を流しながら呟く。すると仁王立ちの裏蘭子が、


「だから弱気になるなって、麗華。私を誰だと思ってるんだい? 西園寺蘭子様だよ?」


 大見得を切る裏蘭子に表の蘭子は脱力していた。


『本当に大丈夫なんでしょうね?』


 表の蘭子はもう一度裏蘭子に念を押した。


『大丈夫だよ。あのジジイ、瑠希弥の感応力に落ちかけていた。それが狙い目さ』


 裏蘭子は心の声で表の蘭子に応じた。


『狙い目? どうするの?』


 表の蘭子は何となく嫌な予感を覚えながらも尋ねた。


『瑠希弥の感応力を最大限に引き出すんだよ』


 裏蘭子はどういう訳か嬉しそうだ。


『引き出してどうするの?』


 表の蘭子は裏蘭子の企みをおぼろげながら理解し、更に尋ねた。


『ジジイを落として奴隷にしてやるのさ』


 表の蘭子はまた脱力しそうだ。


『どうやって引き出すのよ? 瑠希弥の意識は蓮堂に支配されているのよ?』


『その支配を打ち破るような力を使えば、逆転できる』


 裏蘭子の真の目的を感じ取り、表の蘭子は恥ずかしくなった。


『貴女が何をさせようとしているのか、何となくわかったわ』


『わかったのなら話は早い。私は引っ込むから、後は頼んだぞ』


「ああ、ちょっと!」


 裏蘭子を呼び止めようとしたが、表の蘭子は強制的に入れ替ってしまった。


「何をブツブツ言っている? お前達に勝機はないのだ。大人しく降参しろ」


 蓮堂はニヤリとして舌なめずりした。その目は蘭子達を欲望の捌け口としてしか見ていない。


「あのエロジジイ、またやらしい事企んでるな!?」


 麗華がムッとして蓮堂を睨んだ。先ほどの仕打ちを思い出したのだろう。拳を握り締めている。


「麗華、これから起こる事を誰かに話したら、絶交だからね」


 その時、蘭子がいきなりドキッとするような事を言ったので、麗華は顔を引きつらせた。


「ぜ、絶交て、蘭子……」


 麗華は思わず涙ぐんでしまう。


(何始めるつもりやねん?)


 麗華はこれから起こる事がトラウマになるのではないかと身震いした。


「やってしまえ!」


 蓮堂が先にまりと瑠希弥に言霊を放った。


『ほらほら、早くしないと、瑠希弥の縛りが強くなって作戦が成功しなくなるぞ』


 裏蘭子が囁いて来る。


「うるさいわね! やればいいんでしょ!」


 蘭子は顔を赤らめて一歩前に出た。


 その動きにまりと瑠希弥は本能的に危険を感じたのか、後ずさった。


「オンキリクギャクウンソワカ」


 蘭子は歓喜天かんぎてん真言を唱えた。元々はあまり感応力が強くない蘭子だが、裏蘭子と気を合わせた上で感応力を高める真言である歓喜天真言を唱える事によってその能力をアップさせたのだ。


 バシュウと何かが弾けるような音がして、蘭子の感応力が向上した。


「ら、蘭子……」


 後ろで見ていた麗華が頬を赤く染める。


(ああ、ウチ、いけない事を考えてしまいそうや……)


 蘭子との痴態を想像して、麗華は恍惚としてしまった。


「うぬぬ……」


 蓮堂は蘭子の思わぬ感応力の解放にギョッとした。


(おのれ、またその力か……)


 蓮堂の三欲で一番強いのが性欲なのだ。だから瑠希弥の感応力に強く影響されてしまった。


 蓮堂は早九字を切り、気を集中する事で蘭子の感応力に対抗しようとした。


「臨兵闘者皆陣列在前!」


 瑠希弥ばかりでなく、まりまでも蘭子の感応力に意識を揺り動かされていた。


『ほれ、もう一人の蘭子、早く止めだ。瑠希弥を取り戻す言葉を言いな』


 裏蘭子が楽しそうに催促する。蘭子はムッとしながら更に顔を赤らめた。


 そして意を決した。


「瑠希弥、愛してるわ! 貴女だけが頼りなの! だから私のところに戻って来て、お願い!」


 蘭子はあらん限りの大声で叫んだ。


 それを聞いた麗華が唖然とした。


(やっぱり……)


 納得してしまう麗華である。


 蘭子の言葉はまるで言霊のような威力を持って瑠希弥にぶつかった。


 蘭子の言葉が瑠希弥の身体を電流のように駆け抜ける。


「何だと!?」


 それを後方で見ていた蓮堂が仰天した。瑠希弥にかけた言霊の縛りが吹き飛ばされたのだ。


「先生!」


 瑠希弥は自分を取り戻し、蘭子に駆け寄って抱きついた。


「瑠希弥……」


 蘭子は涙を浮かべて瑠希弥を抱きしめ返す。


「先生、嬉しいです」


 瑠希弥は涙を流し、蘭子に口づけした。


「わわ!」


 麗華が目を見開いた。


 蘭子もビックリして瑠希弥を見た。でも、何故か拒絶しない自分に驚いてしまう。


(歓喜天真言のせいだな)


 蘭子はそのまま瑠希弥としばらく唇を重ねたままでいた。


『おい、いつまでいちゃつくつもりだ?』


 裏蘭子が囁いた。蘭子はようやく我に返り、瑠希弥からゆっくり離れた。


「先生、私……」


 瑠希弥も歓喜天の影響から逃れられ、自分がした事にびっくりしているようだ。


「いいのよ。瑠希弥が助かったんだもん」


 蘭子は火照る顔で言った。瑠希弥も照れ臭そうに笑い、


「はい」


と応じた。


「おのれ! ならばこの娘だけで戦ってやる! 行け!」


 蓮堂がまりに言霊を放った。しかし、まりは反応しない。


「どうした? 早く連中を叩き伏せろ!」


 蓮堂が更に言霊を送り込むが、まりは動かない。


「まりの縛りも解けたんか?」


 麗華が赤い顔を扇ぎながら言う。


「違うようです。何でしょうか、この邪悪な気は?」


 瑠希弥が眉をひそめて言った。


「まりが着てる白装束から出てるな? 何や、あの気色悪い気ィは?」


 麗華が眉間に皺を寄せた。


「あああ!」


 まりが雄叫びをあげた。同時にまりの気がまるで昇り竜のようになって上昇し、天井を突き破ってしまった。


「な、何が……」


 蓮堂にもまりの異変がわからない。


「ふあああ……」


 まりの気がどす黒く変質した。


「これは……?」


 蘭子はまりが着せられている白装束に凄まじい怨念を感じた。


(さっきまで全く感じられなかったこの怨念は一体?)


『まりが嫉妬したんだよ、あんたと瑠希弥の関係に。そのせいで、あの白装束に染み付いていた何百人もの人々の怨念を呼び覚ましちまったようだ』


 裏蘭子が解説してくれた。


『どうするのよ、もう一人の私? まりさんの気がさっきより強くなっているわよ』


 蘭子は部屋全体を吹き飛ばしてしまいそうなまりの気を感じていた。


『ちょうど天井に穴が開いたから、あそこから逃げるか?』


 裏蘭子の笑えない冗談に蘭子はムッとした。


『真面目に考えなさいよ!』


『へいへい』


 蓮堂はまりと白装束の怨念が合体してしまった事に気づいておらず、


「何をしている!? 私の命令が聞けないのか!?」


とまりに近づこうとした。


「ぐわあ!」


 その途端、まりの掌から放たれた気の塊に吹き飛ばされた。


「ぐうう……」


 蓮堂は床に這いつくばってまりを見た。


「あの白装束、何かあるのか……」


 まりは気合を入れて首と手首と足首に着けられた数珠を切ってしまった。


「まりは霊媒体質みたいやな。やばいで、蘭子」


 麗華が囁く。蘭子はまりを見たままで、


「そうみたいね。しかも、まりさんを私が怒らせちゃったみたいだから、今までより大変かも」


 その言葉に麗華はまた顔を引きつらせた。


「まりさん……」


 瑠希弥は怒りの気を炸裂させているまりを見て悲しそうに呟いた。

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