瑠希弥の戦い

 気功少女の柳原まりは悪徳霊能者の大林蓮堂に拉致され、操り人形のようにされてしまっていた。


 蓮堂の罠に嵌って囚われの身となった蘭子達だったが、裏蘭子がその力を爆発させ、恥辱にまみれていた八木麗華を救った。


 そして今、小松崎瑠希弥と柳原まりの対決が始まろうとしていた。


 気を最高まで高めたまりは、更にそれを練り始めた。


 強力な気の塊がギュウギュウと餅をねるように押し潰され、その密度を増して行く。


「うへえ、そないな事もできるんか、まりは? 凄いレベルやな」


 麗華がまりの様子を見て驚嘆した。


「G県にいた時、瑠希弥に軽く往なされてしまった事で、彼女なりに自分の最高の力を求めていたんだろうな。天性の素質も感じるが、人には言えない血の滲むような努力もあるはずだ」


 裏蘭子が腕組みをしてまりを見る。


『まりさんは本当に瑠希弥が好きなのね。だから尚更その力を高めているように思えるわ』


 表の蘭子が裏蘭子に囁いた。


「ああ。瑠希弥と戦いたくはないとあらがうまりと、それとは逆に瑠希弥を超えたいと思うまりが心の中でせめぎ合ってるぜ」


 裏蘭子は嬉しそうに言う。表の蘭子はそんな裏蘭子の反応に少し呆れてしまったが、その分析が正確なので抗議もできない。


『それを蓮堂に利用されてしまったのね、まりさんは』


 表の蘭子の憤りが裏蘭子にも伝わった。


「ああ。下衆なジジイだ。絶対に許せねえ。バラバラにして、粉々にして、微塵切りにしても飽き足らねえぜ」


 裏蘭子はこちらを見てニヤニヤしている蓮堂を睨みつけた。


「さあ、そいつらを早くやっつけてしまうのだ」


 蓮堂が命じる。


「む?」


 裏蘭子が蓮堂の言霊ことだまを感じた。


「あのジジイ、三流かと思っていたが、言霊に関してはそこそこの実力者だな」


『だから不動金縛りの術が得意なのね?』


 表の蘭子が言うと、


「だからって、お前と麗華が縛られたのはジイさんの実力じゃなくて、お前らの不注意だぞ」


 裏蘭子は容赦のない指摘をした。


『わかってるわよ、もう一人の私。いちいちそんな事を言わないでよ』


 表の蘭子はムッとしたようだ。裏蘭子はニヤリとした。


「瑠希弥、サッサと終わりにしろ。時間をかけると、ジジイがどんどん深くまりを縛っちまう」


 裏蘭子が瑠希弥に告げた。瑠希弥はチラッと蘭子を見て、


「はい、蘭子さん」


と応じると、再び感応力を高め始めた。


「ぬうう……」


 蓮堂の顔に焦りの色が見えた。


(何だ、この女? 気を緩めると私がこの女に取り込まれてしまいそうだ)


 蓮堂は自分の気の流れを意識し、瑠希弥の感応力を跳ね除けようとした。


 普通の男なら、今頃瑠希弥の熱心な信者になっているはずだ。


「やれ!」


 彼はまりに今度はさきほどより強めの言霊を飛ばした。まりの心の縛りを強化するためである。


「はああ!」


 それに反応したまりが攻撃を開始した。


 氾濫した河川の激流のような気が渦を巻いて瑠希弥に向かった。


「えーい!」


 瑠希弥はそれを受けるのではなく、以前まりと戦った時と同じように流した。


 激流のようなまりの気は、風でゆらゆらと動く柳の葉のように抵抗しない瑠希弥の気によって分散し、四方に飛び散って消失した。


「瑠希弥、凄いな」


 麗華が感心して大きく頷く。すると裏蘭子は、


「だが、それも一度までだ。今の気はまりに読まれた。次は同じようにはいかないぞ」


 その言葉に麗華と表の蘭子がピクンとする。


「はああ!」


 まりの身体から発せられる気の質がガラリと変わった。


(思った通り……)


 まりが気を変質させてくるのは、瑠希弥には想定内だ。むしろ彼女はそれをさせるためにまりの気を受け流したのである。


(まりさん、全力で打って来なさい。全部受け止めてあげるわ)


 瑠希弥は感応力を全開にして、それに自分の気の流れを同期させた。


「ぐうう……」


 蓮堂は瑠希弥の感応力で彼女に落ちてしまいそうな自分に驚いていた。


(これだけの魅力を放出できるのは、あの女にその素養があるからだ。それを逆手に取れぬものか……)


 蓮堂は尚も逆転の機会を狙っている。どこまでも欲望が強い男である。


「うおお!」


 まりが第二撃を放った。今度は地を這うつむじ風のような気の流れだ。


「ええい!」


 瑠希弥は感応力と気を同期させたものを壁のように自分の前に積み上げ、まりの気を受け止めた。


「くう!」


 しかし、その気の突進力は瑠希弥の想像より勢いがあり、彼女は気の壁ごと後ろに押された。


「よし、もう一撃だ!」


 蓮堂はニヤリとしてまた言霊をまりに放った。


「うおお!」


 まりが第三撃を打つ。それはまた異質な気の塊で、瑠希弥の作った壁をよじ登るように動き、彼女に襲いかかった。


(来た!)


 しかし、瑠希弥はそれを待っていたのだった。


(この気こそ、まりさんの深層心理に通じている!)


 瑠希弥はその気の流れに感応力を集中させ、逆流させてまりの身体へと流れ込ませた。


「何!?」


 蓮堂には瑠希弥の気の流れは見えてはいないが、異変は感じた。


「貴様、何をした!?」


 彼は興奮して瑠希弥に怒鳴った。そのせいでまりを縛る言霊が弱まり、瑠希弥は一気にまりの心に自分の気を投入する事ができた。


『まりさん、しっかりして! 気を丹田に集約させて、蓮堂の言霊を追い払って!』


 瑠希弥は直接まりの心に語りかけた。


(何をしているのだ、あの女は?)


 自分が興奮したためにまりの縛りが弱まったのに気づいた蓮堂は、瑠希弥を睨んだ。


 瑠希弥の呼びかけが届いたのか、まりの虚ろな目に光が戻った。


「瑠希弥……さん」


 瑠希弥に向けられていた気が一瞬にして消失した。まりが攻撃をやめたのだ。


 まりが自分を取り戻そうとしているのを見て取った蓮堂は、瑠希弥が何をしているのか見抜いた。


(おのれ、そういう事か。ならば!)


 蓮堂は懐から数珠を取り出し、ジャラジャラと振り始めた。


臨兵闘者皆陣列在前りんぴょうとうしゃかいじんれつざいぜん!」


 蓮堂は早九字を唱えた。


「何をするつもりだ、ジジイ?」


 それを見た裏蘭子が眉をひそめた。


『いけない、もう一人の私、蓮堂が瑠希弥の作戦に気づいたわ!』


 表の蘭子が叫んだ。裏蘭子もその言葉にハッとし、


「瑠希弥、一旦退け! お前の心もあのエロジジイに乗っ取られるぞ!」


と叫んだ。


「え?」


 裏蘭子の言葉に瑠希弥はビクッとしたが、蓮堂の方が早かった。


「ううう!」


 瑠希弥が退く前に蓮堂が瑠希弥に達してしまった。


 蓮堂の言霊がまりを通じてまりの心に侵入している瑠希弥を捕らえてしまったのだ。


「何や、何が起こってるねん?」


 状況がわからない麗華が叫ぶ。


「畜生、一発逆転のはずが、更にその上をいかれちまったようだな」


 裏蘭子は苦々ししそうな顔で瑠希弥とまりを見た。


「さあ、もう一人の我が僕よ、今度こそあいつらを倒すぞ」


 蓮堂は虚ろな目になって蓮堂の元に歩み寄ったまりと瑠希弥を見て言った。


「瑠希弥までジジイの味方になってもうたんかいな?」


 麗華が泣きそうな顔で呟いた。


「はい、蓮堂様」


 まりと瑠希弥が声を揃えて応じた。


「どないします、蘭子さん?」


 裏蘭子には過剰なほど腰が低い麗華が囁いた。


「どないするも何も、私とお前で何とかするしかないだろ、麗華?」


 それでも嬉しそうに言う蘭子を見て、麗華はほんの少しだけ希望を見出せた。


(ウチら、勝てるよな?)


 表の蘭子は裏蘭子の楽天的な考えに脱力しそうだ。


『本当に何とかしてよね、もう一人の私!』


「わかってるって。心配するな、もう一人の蘭子」


 裏蘭子はフッと笑って応じた。

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