恋愛成就の指輪

新たな依頼

 私は西園寺蘭子。霊能者です。


 先日、近くに住んでいる大林蓮堂というお爺さんの霊能者に友人の柳原まりさんを拉致されました。


 まりさんを助けに行った私達は蓮堂の罠で捕まってしまい、親友の八木麗華がとりわけ酷い目に遭いました。


 蓮堂がまりさんに着せていた白装束には蓮堂も知らない邪悪な気が宿っており、その気のせいで私達はピンチに陥りました。


 そのピンチを脱するのに成功したのは、私の亡き父、西園寺公大の助けがあったからです。


 何度か挑戦して成功しなかった究極の浄化真言である「六字大明王陀羅尼ろくじだいみょうおうだらに」を使えたのも、父のお陰です。


 その夜は、久しぶりに父の事を思って泣きました。


 


 そして、翌朝の事です。


「おはようございます、先生」


 いつものように弟子の小松崎瑠希弥がキッチンで朝食の準備をしてくれています。


「お、おはよう、瑠希弥」


 私は昨日の瑠希弥との事を思い出してしまい、顔が火照ってしまいました。


「あ、あの、もうすぐ朝食が出来上がりますので、お待ちください」


 感応力が人一倍強い瑠希弥はすぐに私の感情を読み取り、顔を赤くしました。


 瑠希弥を助け出すために私の感応力を高める歓喜天真言を使ったせいで、私と瑠希弥は必要以上に惹かれ合ってしまい、その、えーと、キスをしてしまいました。


 いえ、違います。


 私の中に瑠希弥に対するそんな感情が存在しているのです。


 だから、歓喜天真言を使っただけでそこまで影響されてしまったのです。


 瑠希弥を助けるためでしたから、その事に関しては後悔はしていないのですが、あれ以来お互いを意識してしまって、日常的な会話程度しかしていません。


「ありがとう」


 私は瑠希弥をジッと見てしまいそうな衝動に駆られ、慌ててバスルームに行きました。


「おはよ、蘭子」


 中から上半身裸でバスタオルを首にかけただけの麗華が出て来ました。


「麗華、何て格好してるのよ!?」


 私は麗華の羞恥心のなさをたしなめました。すると麗華は、


「ウチが半裸でうろついてもその反応か? 何や、やっぱりけるな」


「うるさいわね!」


 私はキッとして麗華を睨むと、バスルームに入りました。


「もう、麗華、もっと奇麗に使ってよ!」


 バスルームの中は物が散乱しており、あちこちに麗華の髪の毛が落ちています。


 洗面台も髪の毛だらけで、ハンドソープの容器が転がり落ちています。


「はいはい」


 麗華はニヤニヤしながら行ってしまいました。どうしようもない子です。


 


 私はシャワーを浴びて洗面台とバスルームを掃除し、キッチンに戻りました。


 瑠希弥の特訓のお陰で、随分家事ができるようになったのです。


 今日の朝食は和風で、焼いたホッケと茄子と胡瓜の漬物、納豆、焼き海苔、ワカメとお豆腐のお味噌汁です。


 もちろん炊き立ての一粒一粒がツヤツヤしている白いごはんもあります。


「うほ、うまそやな」


 麗華は相変わらずタオルを首にかけただけなので、


「そんな恥ずかしい格好で食事しないで! いけない私が出て来るわよ」


 ちょっと大きめの声で言いました。すると案の定麗華はビクッとしました。


「わ、わかったて」


 麗華は仕方なさそうに立ち上がり、部屋に着替えに行きました。


 ふと瑠希弥を見ると、瑠希弥もビクッとしていました。


 いけない私、二人に怖がられています。


『お前もそんな風に私を使うなよ、もう一人の蘭子』


 いけない私が心の中で言いました。私は肩を竦めました。


「あのさ、瑠希弥」


 麗華がいない隙にと思い、瑠希弥に近づきました。


「あ、はい」


 瑠希弥はかしこまって私を見ます。私は苦笑いして、


「昨日の事は、その、あまり気にしないで。私も気にしていないから」


「はい」


 瑠希弥は心なしか悲しそうです。私の思い過ごしかも知れないですが。


「でも、瑠希弥の事は好きよ」


 あああ、何を言っているのでしょうか、私は?


「先生……」


 瑠希弥が目をウルウルさせて私を見ています。ああ、落とされてしまいそうです……。


「おまっとさん」


 そこへ麗華が服を着替えて戻って来ました。私と瑠希弥は慌てて離れました。


 麗華が何か言いたそうな目で私達を見ているのがわかりますが、無視しました。


「さあて、いただきます!」


 麗華は何も言わずに席に着き、食事を始めました。


 私と瑠希弥は思わず顔を見合わせて赤面してしまいます。


「瑠希弥、ウチ、納豆ダメなんよ。今度からはウチだけ出さんようにしてくれへん?」


 麗華が不意に言ったので、瑠希弥はピクンとして麗華を見ました。


「あ、はい、申し訳ありません、八木先生」


 瑠希弥は頭を下げて言いました。


 


 朝食もすみ、居間で食後の煎茶を楽しんでいると、


「今日も快便や!」


 麗華が雰囲気を損なうような事を言いながら入って来ました。


「麗華、いい加減にしなさいよ」


 キッと睨みつけると、麗華はビクッとしました。


「何や、蘭子、今朝は機嫌悪いな? あの日か?」


 また妙な事を言い出します。


「違うわよ! 貴女の品性を疑っているのよ!」


 ますます怒りが収まらなくなって来ました。


「しゃあないやないか、出物腫れ物所嫌わずってな」


 麗華はガハハと笑って気にしていない様子です。


「あんたが便秘なんをウチに当たらんで欲しいわ」


 図星なので反論できません。


「そうや、これが効くで、蘭子」


 麗華が取り出したのは便秘薬でした。


「ウチも一週間くらい音沙汰がなかった事があってん。でもな、これ飲んだら、一発やったで」


「そ、そうなの?」


 つい興味を示してしまいます。


「ホンマや。もう奇麗さっぱり全部出たで」


 嬉しそうに言う麗華を見て、苦笑いします。だって、手で山を表現しているんですもの。


 そんなに出たのでしょうか? ああ、いけない、私まで麗華みたいです……。


 その時、事務所のチャイムが鳴りました。


「私が行きます」


 キッチンで洗い物を終えた瑠希弥が言いました。


「そうしてくれると助かるわ、瑠希弥。ウチ、今蘭子に営業中やから」


 妙な事を言う麗華を再び睨みます。


「あはは、冗談やて! あんたに定価で売りつけたりせんよ、蘭子」


 麗華はヘラヘラ笑いながら、何かの表を取り出して私に見せます。


「ホンマは十粒五千円やけど、親友価格で千円でええわ」


 私は呆れて立ち上がりました。


「ああ、蘭子、ほなら五百円でどうや?」


 まだ食い下がる麗華を無視して、私は事務所に向かいました。


「ああ、ウチも行く、蘭子」


 麗華は薬をテーブルの上に置くと私を追いかけて来ました。


 


 事務所に着くと、一人の女性がソファに座っていました。


 年代は私達と同じくらいでしょうか?


 大人しそうな風貌で、グレーのスカートスーツ姿です。


「先生、こちらは草薙くさなぎ留流るるさんです。友人の方が妙な団体にのめり込んでしまったのを助けて欲しいそうです」


 瑠希弥が草薙さんにお茶を出しながら言いました。


「よろしくお願いします、西園寺先生!」


 草薙さんは立ち上がってお辞儀をしました。


「詳しくお話を聞かせていただけますか?」


 私は麗華と向かいのソファに座って尋ねました。


「はい」


 草薙さんは涙ぐんで話してくれました。


 


 草薙さんの親友の大和やまと美優みゆさんは、通信販売で指輪を購入してから様子がおかしくなったようです。


 その指輪は、好きな人と相思相愛になれるという触れ込みで恋愛に悩んでいる女性達に大ヒットしているのだそうです。


 美優さんも半信半疑で購入したのですが、購入の三日後に素敵な男性と巡り合い、お付き合いを始めました。


 ところが、それから美優さんは全く草薙さん達と会わなくなり、その男性のところに入り浸りらしいのです。


「そんなん、ウチらの仕事やない」


 麗華はけんもほろろに言いました。


「私も最初はそう思ったのですが」


 瑠希弥が指輪を見せてくれました。


「この指輪を見たら、そうでもない気がして来たんです」


 私は瑠希弥からその指輪を受け取りました。その途端、強烈な波動を感じました。


「どないしてん?」


 不思議そうな顔をしている麗華に指輪を渡すと、


「うわ、何やこれ? えげつない指輪やで」


とテーブルの上に投げ出しました。


「私には全然わからないのですが、霊感が強い子にその指輪を見せたら、気分が悪くなったって言われて……。それで、知り合いの女子高生に西園寺先生の事を聞いて、ここに来たんです」


 草薙さんは涙を流しながらそう言いました。もしかして、知り合いの女子高生って、村上法務大臣のお嬢さんの春菜ちゃんかしら? 訊かないでおきます。


「お願いです、美優を助けてください」


 草薙さんはテーブルに額を擦りつけるように頭を下げました。


 指輪から感じたよこしまな気。とても放っておけるレベルではありません。


 間違いなく、美優さんは大変な状態です。


「わかりました、お引き受けいたします」


 私は草薙さんの手を取って言いました。


 何だか危険な臭いがしますが、何とかなるでしょう。


 


 西園寺蘭子でした。

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