天野天童
私は西園寺蘭子。霊能者です。
今回の依頼は、妙な団体に嵌ってしまった女性の救出です。
最初は私達の仕事ではないと思われたのですが、依頼人の草薙留流さんが持って来た指輪を持った時、とんでもなく
草薙さんのお友達の大和美優さんが大変な事になっているのは間違いありません。
草薙さんに更に詳細を聞いた上で、私は依頼を承諾し、調査を開始する事になりました。
「まずはこの指輪から辿れる事をやってみましょうか」
草薙さんが帰ってから、私は指輪をテーブルの上に置き、弟子の小松崎瑠希弥を見ました。
「はい、先生」
瑠希弥は頷き、彼女の優れた感応力で指輪に邪気を込めた張本人を探ります。
「ものごっつエロい奴やで、この指輪作ったんは」
親友の八木麗華が腕組みして言います。
それは私にも何となく想像がつきます。
指輪には凄まじいまでの淫の気が込められているのです。
感受性が豊かな人なら、たちまち落とされてしまいます。
瑠希弥も感応力を駆使しながら、指輪の邪気に取り込まれないように細心の注意を払っていました。
「見えて来ました。この指輪を作った人は、八王子市にいます」
瑠希弥が汗まみれになりながら言いました。
相当きつい状況のようです。気を抜くと取り込まれてしまうのです。
「名前はわかった?」
私は瑠希弥に尋ねました。瑠希弥は感応力を閉じて、
「
「イケメンか?」
麗華がどうでもいい事を訊きました。
「はい、八木先生のお好みに合うと思います」
瑠希弥は苦笑いして答えました。
「おお、さよか」
麗華はニヤニヤしています。今回の調査から外れてもらいたくなります。
「蘭子、はよ行こか、八王子に」
麗華は何を期待しているのか、嬉しそうです。全くどうしようもない子です。
「ですが、八木先生、そこには囚われた女性達はいません」
瑠希弥が申し訳なさそうに言います。
「どういうこっちゃ?」
麗華はムッとして瑠希弥を睨みました。瑠希弥が怯えて私を見たので、麗華を睨みました。
「あはは、どういう事かなあ、瑠希弥ちゃん?」
麗華は手の平を返したようにニコニコします。変わり身が早過ぎます。
「天童の手に落ちた女性達は青梅市に監禁されています。でも彼女達は自分達が監禁されているとは思っていないようです」
自分の意志でその場にいるのであれば、違法行為をしているのでない限り、そこから連れ出すのは難しいです。
囚われているのは、全員成人女性。
しかも、警察や行政を動かすには「邪な力で彼女達を操っています」では無理です。
「只、一つ気になる事があります」
瑠希弥は不安そうな顔で続けます。私と麗華は瑠希弥を見ました。
「どういう事?」
「あまりにも天童の手の内が見え過ぎているのです」
瑠希弥の言葉に私と麗華はハッとしました。
「なるほど、罠かも知れんちゅう事か」
麗華は顎に手を当てて思案顔になりました。
「誘っているという事?」
瑠希弥に尋ねます。瑠希弥はゆっくり頷き、
「天童の邪気に混じって、人を騙そうとしている気が感じられました。見えた事を鵜呑みにして現場に行くと、危険です」
「どないする、蘭子?」
麗華が私を見ます。瑠希弥も私を見ました。
「うーん……」
私は腕組みして考え込みました。
「それから、この指輪ですが、草薙さんから感じた大和さんの気が感じられません。これ自体が罠の気もするんです」
瑠希弥が言いました。麗華が、
「あの草薙ゆう子ォも、怪しいのか?」
「いえ、そうではありません。草薙さんの説明では、指輪は大和さんのアパートの部屋にあったという事ですが、それは事実ですし、草薙さんは嘘を吐いてはいません」
瑠希弥は指輪を見つめて答えました。
「指輪が大和さんの部屋にあったのが罠だと思うのです」
私は瑠希弥の推理を聞いていて、ある事に思い至ります。
「草薙さん、村上法務大臣のお嬢さんの春菜ちゃんと知り合いみたいだったわ。その事を大和さんが知っていたかわかるかしら、瑠希弥?」
難しい事ですが、一応瑠希弥に訊いてみました。しかし、瑠希弥は首を横に振って、
「それはわかりません。さっきも言った通り、指輪には大和さんの気がまるで感じられないのです」
「という事は、大和さんの部屋に指輪を置いたのは、彼女ではなく、別の誰かという事ね?」
何となくからくりが読めて来ました。
「はい。恐らく、天野天童の部下でしょう。天童の邪気は感じますが、天童が指輪に触った気は感じられませんので」
瑠希弥はまた指輪を見ながら答えてくれました。
「それにしても、瑠希弥、凄いなあ。ウチ、指輪にえげつない気ィが
麗華がすっかり感心した顔で言ったので、瑠希弥は顔を赤くして、
「そんな、私なんて……」
恥ずかしそうに俯いてしまいます。何だかそれを見てキュンとしてしまった私って、やっぱりそういう関係を望んでいるのでしょうか? ああ……。
「罠だとしても、行くしかないわ。放っておいたら、更に悪事を重ねるんでしょ、そいつは」
私は意を決してソファから立ち上がります。
「で、どっちに行くんや?」
麗華も立ち上がりました。瑠希弥もゆっくり立ち上がり、私を見つめます。
「八王子よ。少なくとも、天野天童はそこにいるのは間違いないんでしょ、瑠希弥?」
瑠希弥は大きく頷いて、
「はい。罠だとしても、天童がそこにいるのは間違いありません」
「なら決まりよ。八王子に行って天童を追いつめて、真実を明らかにした上で、女性達を助ける」
私は麗華と瑠希弥を見て言いました。
私達は以前ここまで来た時に使ったワゴン車に乗り、事務所を出発しました。
例の指輪は、真言を書いた紙に
運転は大型免許も取得している麗華です。
「まりさんにメールしておきます」
瑠希弥が携帯を取り出して見事な指さばきでメールを打ちます。
気功少女の柳原まりさんは、毎日学校帰りに私達のところに立ち寄ります。
最近は同級生の女の子達も一緒なので、ティータイムは大人数です。
八王子まで出かければ、帰るのは夜になるでしょうから、まりさん達に伝えておかないとまずいと思ったのでしょう。
「がっかりするだろうなあ」
まりさんの気持ちを知ってしまった瑠希弥は、前よりもまりさんに優しく接しています。
まりさんもぎこちなくなりながらも、嬉しそうに瑠希弥と話をしているので、私もホッとしているのですが、まりさんの事で悲しそうな顔をする瑠希弥を見て、内心穏やかでない自分がいるのに驚きます。
『もう一人の蘭子、もっと自分に素直になれよ』
心の中でいけない私が言います。
『余計なお世話よ』
私はムッとして言い返しました。
『そうか? 無理するとストレス溜まるぞ』
いけない私も麗華と一緒で、私と瑠希弥の関係を面白がっています。
『身の内に向かって摩利支天真言を唱えるわよ』
頭に来たので脅かしました。
『それだけはやめてくれよ、もう一人の蘭子。それをされると、マジで消えちまうんだからさ』
いけない私は神妙そうな声で言いました。
私だって、最近は「彼女」とうまく付き合っていける気がして来て、消してしまいたいなんて本気で思ったりしないのですが、時々からかいの度合いが酷いと、消したくなるのも事実です。
『わかればよろしい』
私はクスッと笑って返しました。
「どうしたんですか、先生?」
瑠希弥が私が急に笑ったので驚いたようです。
「ああ、何でもないよ、瑠希弥」
私は苦笑いして応じました。
さて、天野天童、どんな男なのでしょう? そしてどんな事を企んでいるのでしょうか?
危険な香りがいっぱいです。
西園寺蘭子でした。
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