そこは桃源郷?

 私は西園寺蘭子。霊能者です。


 依頼人の草薙留流さんの友人である大和美優さんが危ない団体に監禁されている事を突き止めた私達は、その代表である天野天童がいると思われる八王子へと向かっています。


「高速なら一飛びや!」


 親友の八木麗華は大型免許も取得しているので、大きめのワゴン車も難なく乗りこなしています。


「運転、お上手ですね、八木先生」


 後部座席に乗っている私の弟子の小松崎瑠希弥が言いました。


「大した事やない」


 口ではそう言いながらも、明らかに得意そうな顔の麗華です。


 それに気づき、助手席の私は苦笑いしました。


「ナニわろうてるねん、蘭子?」


 麗華が不機嫌そうに尋ねたので、


「何か文句あるのか、麗華?」


 いけない私の口調を真似て尋ね返しました。


「いえ、何でもないです……」


 麗華は顔を引きつらせて言いました。


 私は笑いを堪えましたが、


『もう一人の蘭子、そういう時だけ私を利用するなよ』


 心の中でいけない私が不満を口にしました。


『ごめんごめん』


 私は少しだけ悪い事をしたと思い、素直に謝罪しました。


 


 やがてワゴン車は調布インターチェンジから中央自動車道に入り、一路八王子を目指します。


「前みたいにまた仕掛けてこんやろな?」


 麗華は本線に乗り入れながらそんな事を言い出します。


「天野天童は誘っているのですから、途中で私達を襲撃したりしないと思います」


 瑠希弥が冷静に答えます。


 その時の私達は、天童が何故誘っているのか考えてもみませんでした。


「天童に近づけば、彼の波動をより感じる事ができるはずよね?」


 私は振り向いて瑠希弥に尋ねます。瑠希弥は頷いて、


「確かにそうですが、天童の力は強大だと思われるので、迂闊うかつに探りを入れると、逆に取り込まれる可能性があります」


「そうね。わかったわ。とにかく、天童がいるところまで行って、その先を考えましょうか」


 私は前を向きながら言いました。


「はい、先生」


 すると麗華が、


「あの指輪に宿っとったえげつない気ィから考えると、多分敵はとんでもないエロ男やろ?」


「その可能性は高いです」


 瑠希弥はルームミラー越しに麗華を見て応じました。


「監禁されてるんはみんな若い女なんか?」


「そうです。下は十八歳、上は二十六歳です」


 瑠希弥の答えに麗華はニヤリとして、


「ウチら全員、天童のストライクゾーンやん」


「喜んでいる場合じゃないでしょ、麗華」


 私は麗華の反応をたしなめました。


「それで、奴の目的は何なんかな?」


 麗華が続けます。瑠希弥は首を傾げて、


「それがわからないんです。天童がいる場所は明確にわかるのですが、彼が何をしようとしているのかは具体的には何もわかりません」


「それも妙な話ね」


 私は瑠希弥の方に顏を向けて言いました。


「はい。だから余計に罠の臭いを感じるんです」


 瑠希弥は神妙そうな顔をしました。


「ヒントは、指輪を購入後三日で男と出会い、そいつにのめり込んでしまったという事やな」


 麗華はスピードを上げて前を走る遅いトラックを抜かしながら言いました。


「はい。男の人絡みで、淫の気が込められた指輪が関係しているとなると、できるだけ早く助けないと取り返しがつかない事になる気がします」


 瑠希弥はルームミラーに写る麗華を見て言います。


「ほなら、飛ばすで!」


 麗華は嬉しそうにアクセルを踏み込み、ワゴン車を加速しました。


「麗華、捕まるわよ」


 私は怖くなって思わずシートに掴まりました。


 


 ワゴン車はスピード違反で捕まる事なく八王子インターチェンジ手前に到着しました。


「ここからはどっちや?」


 麗華が尋ねます。


「八王子バイパスに降りて、そのまま横浜方面へ走ってください」


 瑠希弥は思い出すような仕草をして伝えました。


 彼女は車よりも先に天童がいる場所に意識を飛ばしているのです。


「わかった」


 麗華は八王子バイパスへと降り、ワゴン車を横浜方面へと進めます。


「感じるわ」


 私にも天童の気がわかるようになりました。


 確かにこれは意図的に放出されている気です。


 誘っている。罠に違いありません。


 だからといって、尻込みする訳にはいかないのです。


 ワゴン車は天童が待つ場所に向かって進みました。


 


 やがて、ワゴン車は次第に細い道へと分け入って行きます。


「何や、随分辺鄙な場所にあるみたいやな?」


 麗華は周囲に生い茂るたくさんの杉の木を見渡しながら車を進めます。


「はい。目立たない場所でないとまずいのでしょう」


 瑠希弥はいつになく顔を強張こわばらせています。


 先日戦った大林蓮堂との一件を教訓にしているのでしょう。


 常に敵に取り込まれないように心配りをしています。


「見えて来ました」


 瑠希弥が窓の外を指差しました。木の間に見え隠れする巨大なお堂。


 外見はお寺の佇まいのようです。


 本堂と思われる建物の脇には、豪奢な五重の塔と巨大な観音像があります。


 五重の塔は金箔が貼られていて、太陽の光を反射しています。


 観音像はコンクリート製のもので、高さは五重の塔とほぼ同じくらいです。


 恐らく三十メートルはあるでしょう。


「ちぐはぐ感満載な場所やな」


 麗華がチラッとその光景を見て言いました。


「確かにね」


 私は眩しいほどに輝いている五重の塔に目を細めて応じました。


 更に道を進むと、前が開け、全貌が見えて来ました。


 お堂の前には大きな池があり、その更に手前にはたくさんの花が咲き乱れています。


 ツツジや桜、梅、桃、と様々な花が見えます。


「どういうコンセプトやねん、ここは?」


 麗華はムッとして呟きました。


「そうね」


 私も同意しました。天童が造らせたのでしょうが、意味がわからない光景です。


 ワゴン車は細い道から枝分かれしているお堂に続く道に入り、少し下り始めます。


 その先には、果てしなく続く高さ四メートルほどのエンジ色の鉄製の柵が見え、途中に同じく鉄製の門扉が開いて、まるで私達を待ち構えているようです。


「入るで」


 麗華は門扉をくぐり、ワゴン車を庭へと走り込ませました。


「天童です」


 瑠希弥が前方のお堂の前に立つ若い男性を見て言いました。


 想像以上のイケメンです。それも麗華の好みのど真ん中だと思われます。


 立っているのは彼一人です。


 ちょっと異様な雰囲気をかもし出している感じがするのは、彼が全身を包む金ぴかのガウンを羽織っているからでしょう。


 え、ちょっと……。


 私はある事に気づきました。


 天童が着ているガウン。薄い絹製のようで、身体のラインがくっきり出ています。


 えーと、その……。


「うおお!」


 麗華が雄叫びを上げました。


「な、何や、あのにいちゃん!? ものごっつでかい○○○してるやん!」


 麗華がそのものずばりを言いました。


 私と瑠希弥は顔が爆発するくらい赤くなっています。


 麗華はまるでそれに魅入みいられたかのようにワゴン車を停め、ドアを開けて降りてしまいました。


「麗華!」


 私と瑠希弥も慌ててワゴン車を降りました。


「素敵なお嬢さん方、お待ちしておりました。我が桃源郷にようこそ」


 天童と思われる若い男はそう言いながらガウンを脱ぎ捨てました。


 思った通り、その下には何も着ていません。


 腹筋が見事に分かれ、胸の筋肉も盛り上がっているのが見えました。


「うおおお!」


 麗華が再び雄叫びを上げます。


 私と瑠希弥は目を背けました。


 何故って、その、あそこが丸出しなんです!


 とても直視できません。露出狂なのでしょうか?


 これは思った以上に手強い相手かも知れません。


 大丈夫かしら?


 


 西園寺蘭子でした。

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