戦いの終わり

 霊能者である西園寺蘭子は、その弟子である小松崎瑠希弥と共に、恐るべき能力を持った五十鈴華子と対決したが、彼女の淫術により、危険な状態に陥った。


 その二人を救ったのが、蘭子の親友である八木麗華だった。彼女は父親である矢部隆史と、見え隠れしている黒幕が拉致した華子の家族を探しに行っていた。


 蘭子は麗華達が華子の家族を助け出すための時間稼ぎをするべく、思案していた。


 


 蘭子と瑠希弥は華子が葛藤している隙を突き、脱ぎ捨ててしまった服を着た。


(恥ずかしいのもあるけど、この服には気を高める糸が使われているから)


 蘭子と瑠希弥は服を着る事によってその力を増した。


『何度も言うが、何をしても無駄だぞ、西園寺蘭子。五十鈴華子は、お前達が束になってかかって来ても敵う相手ではない』


 それに気づいた黒幕の声が言う。しかし、蘭子は、


「さあ、どうかしら、黒幕さん。陰でこそこそしているあなたの言う事なんか、華子さんはもう聞かないかも知れないわよ」


 挑発めいた言葉を返した。蘭子の言葉に華子がピクンとした。


「瑠希弥!」


 蘭子が瑠希弥に目配せした。


「はい、先生!」


 瑠希弥は感応力を全開にして、黒幕と華子の繋がりを探知しようとした。


『おのれ!』

 

 黒幕は瑠希弥の力で自分の居場所を探し出されるのを恐れたのか、華子との繋がりを断ち、気配を消した。


「華子さん、貴女は何者かにご家族を拉致されているのでしょう? もうそんな脅しに従う必要はないわ」


 蘭子は微笑んで華子に告げた。しかし華子は目を細めて蘭子と瑠希弥を見て、


「何の事ですか、西園寺さん? 私は脅されて従っているのではありませんよ。あの方の教えが素晴らしいからこそ、従っているのです」


 華子の返答に蘭子は目を見開いてしまった。


(洗脳されている様子はないのに、どうして?)


『ほら、もう一人の蘭子、そいつはやっぱりそういう奴なんだよ! 代われ! 私がぶちのめしてやる!』


 後ろに下がった裏蘭子が心の中で興奮気味に叫んだ。すると瑠希弥が、


『この会話は華子さんにも聞かれていると思いますが、彼女との繋がりを断った黒幕には聞こえていません。華子さんはまだご家族の安全が確認できていないので、あくまで私達と戦うつもりのようです』


 割り込んで言って来た。蘭子は表情を変えずにこちらを見ている華子に視線を向けた。


『そうなると、もう一人の私が言うように、叩きのめすしかないようね』


 蘭子は華子との戦いに決着をつける事にした。それしか終わりにする方法はないと判断したのだ。


『瑠希弥、力を貸して。私の全てを懸けても、華子さんを倒すわ』


『はい、先生』


 するとその会話を盗み聞いていたのか、華子がニヤリとした。


「無駄な相談は終わりましたか、西園寺さん? では、始めますよ」


 華子の気が爆発的に高まっていく。そして再び、淫の気が崩れかけた金堂の中を満たしていく。


(やはりそれね。ならばこちらも!)


 蘭子は印を結んだ。華子はその印を見て確信した。


(やはりそれか、西園寺蘭子。時間稼ぎにもならないぞ)


 彼女は蘭子達が自分の家族を助けてくれると思っていない。蘭子達が助かるために自分を惑わせていると思っていた。


 それもまた、彼女の背後にいた黒幕の仕業である。


(私は絶対に負けない!)


 華子は心に強く念じ、荼枳尼真言を唱えた。


「オンバザラダキニウンハッタソワカ」


 先程より更に濃くて束縛力が強い真言が放たれた。金堂全体を覆い尽くさんばかりの勢いである。


 瑠希弥がまず感応力を全開にして蘭子の高まった気を更に強化する。


 蘭子は印を強く結び、全身全霊を懸けて唱えた。


「オーンマニパドメーフーン」


 それは究極の浄化真言である「六字大明王陀羅尼ろくじだいみょうおうだらに」である。


「想定内ですよ、西園寺さん! がっかりです!」


 蘭子の対応を見た華子が勝ち誇った顔で叫んだ。すると蘭子は、


「瑠希弥!」


 もう一度呼びかけた。


「はい、先生!」


 瑠希弥の返答が聞こえた瞬間、六字大明王陀羅尼が共鳴し、金堂のあちこちから聞こえて来た。まるで木霊こだまのように。


「何!?」


 その現象に華子は目を見開いた。


(何をした、小松崎瑠希弥!?)


 華子は瑠希弥を見たが、瑠希弥は華子をジッと見つめ返した。


「私は負けない! 負けられないのだ!」


 華子はそれでも諦めなかった。彼女はもう一度荼枳尼真言を唱えた。しかし、それは無駄だった。


 すでに金堂の中は蘭子と瑠希弥の力によって浄化の気が満ち溢れていて、淫の気はまさしく焼け石に水の状態で煙のように消滅してしまった。


「そんなバカな、私が貴女達に負けるはずがない!」


 華子はその美しい顔を鬼のような形相にして、蘭子と瑠希弥を睨みつけた。


「認めなさい、華子さん。貴女に勝ち目はないわ。貴女の力を増幅していた者はもう貴女を見限っていなくなったのよ」


 蘭子は尚も戦おうとして印を結ぶ華子に微笑んで言った。もうこれ以上抵抗してもどうにもならない事を悟らせようと思った。


「そんな事はない! 私の力が欲しいのだ、あの方は! だから私に力を貸してくれていたのだ!」


 華子は怒鳴り散らした。錯乱状態のため、まともな判断ができない。


「瑠希弥、お願い」


 蘭子は瑠希弥を見た。すると瑠希弥は、


「オンバザラヤキシャウン」


と印を結んで唱えた。


「それは金剛夜叉こんごうやしゃ明王みょうおう真言?」


 真言を聞いた華子は険しい表情を和らげ、眉をひそめて瑠希弥を見た。


「金剛夜叉明王は心の穢れを祓い、煩悩を食い尽くすと言われています。貴女に取り憑いたものを全て取り除きます」


 瑠希弥は優しく微笑んで言った。暖かい光が瑠希弥から波動のように放たれ、やがて華子の身体を押し包んだ。


「くう……」


 すると、彼女の心の奥底にまで染み込んでいた穢れが身体中の毛穴を通して噴き出して来た。それはどす黒く澱んでいた。


 そして、それは瑠希弥から出ている光を浴びると、霧のように消失した。


 華子は力が抜けたのか、がっくりと膝を着き、項垂れてしまった。


「何故よ? どうして私の邪魔をするの!? 妹が、まだ中学生の妹が……」


 華子は未だに蘭子達が自分の妹を助けてくれるとは思っていなかった。


「心配しないで、華子さん。貴女の妹さんは、新宿区内にあった廃ビルの一室で無事保護されましたよ」


 感応力で麗華達の動向を探っていた瑠希弥が華子の右肩に手を置いて告げた。華子は涙に濡れた目を上げ、瑠希弥を見た。


 瑠希弥はそれに微笑んで応じた。華子は今度は地面に突っ伏し、大声で泣き始めた。


 こうして、長かった戦いに終止符が打たれたのである。

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