蘭子と瑠希弥の危機

 霊能者である西園寺蘭子とその弟子の小松崎瑠希弥は、恐るべき力を持った霊能者の五十鈴華子の策略で、再び危機に直面していた。


 今度は裏蘭子だけでなく、表の蘭子まで華子の真言で縛られ、快楽の気を浴びてしまったのだ。


「貴女方は貴重な生娘なのですね。より効果のある和合水が作れますよ」


 華子は嬉しそうに微笑み、蘭子と瑠希弥の恍惚とした顔を舐め、乳房を揉んだ。


「ああ……」


 蘭子と瑠希弥は喘ぎ声を発した。その淫靡な反応も全て華子の真言の影響であって、蘭子と瑠希弥が淫乱だという訳ではない。


「素晴らしいです、西園寺さん、小松崎さん。もっともっと溢れさせてください」


 華子はニヤリとして二人を見下ろす。そして気を失っている男達のそばに歩み寄った。


「さあ、起きなさい。上質な和合水を作るために!」


 華子は男達の顔をスウッと撫でた。


 それによって、男達は次々に目覚めた。


「喜びなさい。そのお二人は男を知りません。最上の女性です」


 華子は男達を見渡して命じた。男達は我先にと蘭子と瑠希弥の元に向かった。


『さすがだ、五十鈴華子よ。我らの願いはもうすぐ叶う』


 何者かの声が華子の心の中に囁いた。


『ここまでしたのですから、私の願いも必ずお叶えくださいまし』


 華子はその声に返した。


『無論だ。安心致せ』


 声が応えた。


「ああ……」


 蘭子と瑠希弥は男達の舌に責められ、喘ぎ声を上げる。また男達が小競り合いを始めた。


 だが、今度は華子は参加しようとしない。見ているだけである。


『何故加わらぬ、華子?』


 声が尋ねた。華子はフッと笑い、


『生娘のみの方がより上質な和合水を作り出せます』


『お前も生娘ではないか、華子?』


 声の反応に華子はビクッとした。彼女の顔に焦りの色が浮かぶ。


『男を知っているふりをしても無駄だ、華子よ。お前も加われ。これほどの霊能者の愛液はそうは手に入らぬ。それ故、これほどの和合水を作る機会も滅多にないという事だ』


 声は華子の参加を強く促した。華子の顔が歪む。彼女は拒否したいようなのだが、それができる状況ではない。


『裏切るつもりか、華子? 家族の命は私が握っているのを忘れたか?』


 声は尚も華子に命じてくる。華子の顔に汗が滲んだ。


『わかりました』


 華子はそう応じ、ゆっくりと一団に近づいた。その途端、幾人かの男達が華子に気づき、彼女に群がった。


 結果的に、最初と同じく、蘭子に取りつく男がいなくなってしまった。


 瑠希弥はすでに失神しそうなほど叫んでおり、男達の興奮を更に高めている。


 一人が突撃をしようとしたが、他の二人に阻まれるという光景が繰り返された。


 華子は群がる男達を軽く往なしながら突撃をかわしていた。


 残された蘭子は一人で悶えている。


 金堂の中には妖艶な匂いが立ち込め、それがまた男の猛りを呼び、瑠希弥と蘭子を悶えさせた。


『早くしろ、華子。何をしておるのだ?』


 声が怒気を帯びて叫んだ。しかし、華子はやんわりと男達を遠ざけていた。


『そのような態度をとるのであれば、お前の妹をここに呼ぶぞ』


 声が業を煮やしたのか、脅しをかけて来た。すると華子の顔が一瞬で蒼ざめた。彼女は諦めて抵抗をやめた。


「くうう……」


 華子は歯軋りして堪えた。その目は男を射るように睨んだ。


『さあ、和合水を作るのだ!』


 声が男達にも語りかけた。


 その声で興奮したのか、別の男がその男を突き飛ばした。


 しかし更にそれを阻む者が現れる。華子はすでに目を閉じ、意識も閉じてしまっていた。


(早く終わって!)


 彼女はそれだけを心の中で念じていた。


『蘭子、蘭子、どないしてん!? 何があってん?』


 表の蘭子の意識の中に親友の八木麗華の声が響いた。


 しかし、蘭子には麗華の声が聞こえていない。


『そうか、真言で縛られとるんやな? ちょい待ち』


 彼女は男達をよだれを垂らして見ているだけだ。


 村上法務大臣には決して見せられない姿である。


『蘭子、ちょっと乱暴やけど、堪忍な! これ、おとんに教えてもろうてん』


 麗華の声が言った。


 次の瞬間、蘭子の身体を青い炎が包んだ。


「何!?」


 華子は蘭子に起った異変を感じ取り、男を蹴飛ばしてどかすと身を起こした。


『一体どういう事だ? 我らの儀式に割り込んで来た者がいるぞ』


 謎の声も麗華のした事に気づいていた。


 蘭子を包んだ青い炎は彼女を操っていた気の塊を焼き尽くした。


「あちあち!」


 裏蘭子が先に元に戻ったようだ。彼女は青い炎を払って消した。


「麗華、てめえ、後でぶっ飛ばしてやるからな!」


 裏蘭子は助けてくれた麗華に対してその言い草である。


『緊急避難ですやん、蘭子さん。堪忍してくださいよ』


 麗華は脅えた声で言い訳した。しかし、裏蘭子はそれには応えずに、


「瑠希弥、目を覚ませ!」


 印を結ぶといきなり自在天真言を唱えた。


「オンマケイシバラヤソワカ!」


 竜巻のような気流が起こり、瑠希弥に群がっていた男達を吹き飛ばした。


『入れ替わって、もう一人の私!』


 表の蘭子が我慢できなくなって出て来た。彼女は印を結ぶと、


「オンマリシエイソワカ」


 摩利支天真言で瑠希弥の縛りを消し飛ばした。


 瑠希弥が我に返り、蘭子に駆け寄った。


「先生!」


 また瑠希弥に抱きつかれ、蘭子は複雑な表情だ。その大きな胸を押し当てられて顔が真っ赤になっていく。


『麗華、助かったわ。どこにいるの?』


 それでも気を取り直して、蘭子は麗華に呼びかけた。


『今はおとんと一緒や。おとんの羅針盤が蘭子達の居場所を教えてくれたんや。スグには行けんから、取り敢えず術だけ送ってん』


 麗華の声が応える。


『ありがとう、麗華』


 蘭子は華子が立ち上がるのを見て身構えた。華子はまとわりつく男を殴り倒して二人に近づいて来る。


『そこにいる五十鈴華子は、何者かに家族を拉致されてこき使われてるんや。ウチらはそこに向かっとる。後は何とかしてや』


 麗華の声はそれきり聞こえなくなった。


(やっぱり、華子は自分の意思に反してこんな事をしていたのね)


 蘭子は瑠希弥と目配せし合った。また華子の真言が放たれたら、跳ね返そうと思っているのだ。


(彼女が荼枳尼真言を唱えるのであれば、こちらはその対極で迎え撃つのみ)


 蘭子と瑠希弥は気を交じり合わせて高めていった。


『無駄だ、西園寺蘭子、小松崎瑠希弥。お前ら如きが太刀打ちできる相手ではないぞ、五十鈴華子は』


 謎の声が言った。


「今の声が華子を動かしている黒幕です」


 瑠希弥が囁いた。蘭子が頷く。


(麗華達が華子の家族を助け出すまで時間を稼げれば、勝機はあるわね)


 蘭子は戦いを引き伸ばす方法を探していた。

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