逆転の糸口
霊能者である西園寺蘭子は、小原理恵という女性の依頼を受け、五十鈴華子という霊能者が殺された親友のために呪殺をしているのを止めるために彼女の元に赴いた。
しかし、得体の知れない者が背後にいるらしい華子の術中に嵌り、裏蘭子と小松崎瑠希弥はお互いを睦み合い始めてしまった。表の蘭子は必死に裏蘭子に呼びかけたが、その声が届く事はなかった。
瑠希弥と裏蘭子が互いの身体を舐め合い、感じ合っていた。
「和合水はたくさん必要です。もっと湧き出させなさい」
実験を観察する科学者のように冷たい目をした華子が命じる。
裏蘭子と瑠希弥は口を貪り合う。
(私まで落ちてしまいそう……)
表と裏の人格を持つ蘭子であるが、肉体は一緒だ。そのため、瑠希弥の舌遣いに意識が飛びそうになっていた。
(何とか、この悪夢のような状態を脱出する方法は……)
蘭子は自分まで感じてしまいそうになるのを堪えながら、対策を考えた。
「無駄よ、表の蘭子さん。さあ、もう貴女も籠絡しなさい。快楽の境地に足を踏み入れるのです」
華子が耳元で囁いた。
(五十鈴華子……)
蘭子は彼女への怒りを糧に抗っていたが、裏蘭子から発せられる快楽の気に吸い込まれそうだ。
(瑠希弥……)
蘭子は次に瑠希弥に呼びかけてみたが、同じだった。むしろ、感応力が強い瑠希弥の方が強く支配されていたのだ。
やがて金堂の中は二人が放つ匂いが充満して来ていた。
「頃合いね」
華子はニヤリとして金堂の扉を押し開いた。
するとそこには一糸纏わぬ若い男達が数十人立っていた。
「皆、準備万端ね」
華子は男達を見てクスッと笑った。
「さあ、始めなさい」
華子は男達を招き入れ、蘭子と瑠希弥を指し示した。
(やはりそうなのね。何が目的なの?)
表の蘭子は更に焦りを感じていた。
(このままだと、私と瑠希弥が……)
蘭子はそんな時、心惹かれた村上法務大臣を思い出してしまった。
(何を考えているのよ、この非常時に!)
そんな時だからこそ、村上大臣を思い出してしまったのだ。それを認めたくない蘭子である。
(ちょっと、何するの?)
睦み合っていた裏蘭子と瑠希弥がそれぞれ男に手を取られて場所を移動する。
ところが絶対数が少ないため、男達の間で裏蘭子と瑠希弥の奪い合いが始まった。
二人に抱きつこうとした男を別の男達が押し退け、更にそれを後ろの男達が邪魔する。
(夢に見そうで怖い……)
本気でそう思った。そんな風に思っている間にも、幾人かの男達に乳房を揉まれ、唇を吸われた。
そしてその刺激で愛液を溢れさせていた。
「仕方のない事ですね」
華子はその光景を不敵な笑みを浮かべて見ていたが、スッと近づくと袈裟を脱ぎ捨てた。
「私も加わりましょう」
華子は全裸になり、蘭子達に加わった。男達が色めき立つ。
(華子、すごい!)
蘭子は華子のスタイルに仰天してしまった。まるでモデルのようなプロポーションなのだ。
たちまち男達は瑠希弥と華子の奪い合いを始め、蘭子は放置されてしまった。
(男の人って、そんなに巨乳が好きなの?)
蘭子は悲しくなったが、そのお陰で逆転の糸口を掴んだ気がした。
(もう一人の私、ごめん!)
蘭子は裏蘭子に詫びながら、真言を唱えた。
『オンマリシエイソワカ』
摩利支天(まりしてん)の真言である。彼女はそれを身の内に放った。
「うが!」
裏蘭子に真言が当たり、彼女の意識が元に戻った。
「もう一人の蘭子、他の時なら許さないが、今回ばかりは礼を言うぜ。危ないところだった」
裏蘭子はブンブン右腕を回しながら嬉しそうに舌なめずりした。
『それはともかく、瑠希弥が危ないわ、もう一人の私!』
蘭子が心の中で叫んだ。裏蘭子は男達に組み伏せられ、嬉しそうに唇を重ね合う瑠希弥を見て、
「瑠希弥は恐らく、全部わかってるはずだ。今、開放してやるから、その瞬間、そいつら容赦するな、瑠希弥!」
裏蘭子の暴風のような気が発する。それに気づいた華子が男達を押し退けて起き上がった。
「汚いもの見せやがって! お仕置きしてやる!」
裏蘭子は印を結んだ。
「オンマケイシバラヤソワカ!」
自在天真言が炸裂し、瑠希弥に群がっていた男達を全員吹き飛ばしてしまった。
男達は金堂の反対側まで飛ばされ、天井や壁に叩きつけられて失神してしまった。
「瑠希弥、目を覚ませ!」
裏蘭子はすぐさま次の真言を唱えた。
「オンマリシエイソワカ」
表の蘭子より強烈な摩利支天の真言が瑠希弥を包み込んだ。
バシュウッという音がして、瑠希弥を操っていた術が解けた。
「瑠希弥!」
裏蘭子は瑠希弥に駆け寄った。瑠希弥は足元に残っていた男達に帝釈天真言を見舞った。
「インダラヤソワカ」
男達は大事なところに雷撃を受け、痙攣した。
「蘭子さん!」
恥ずかしさを感じている余裕もないのか、瑠希弥は大きな胸を揺らしながら蘭子に抱きついた。
(直に抱きつかれると、尚更落ち込みそうになるわ)
表の蘭子は瑠希弥の柔らかくて大きな胸を見て思った。
「何故術が解けたのだ?」
華子は眉をひそめて二人を見た。すると裏蘭子が瑠希弥を庇うように前に出て、
「この西園寺蘭子様に歯向かうのが間違いなんだよ、淫乱姉ちゃん! 今からさっきの仕返しをたっぷりしてやるから、覚悟しろ!」
大股開きで見得を切った。
(恥ずかしい……)
全裸である自覚が全くない裏蘭子に表の蘭子は項垂れてしまった。
「どうやら、あなた方は邪魔な存在のようですね。消えてもらうしかなさそうです」
華子は笑みを浮かべたままで鋭い目で蘭子を睨んだ。
「蘭子さん!」
瑠希弥は華子の背後にフワッと現れてすぐに消えた黒い影に気づいた。
『もう一人の私、華子の後ろに何かいるわ。不用意に仕掛けると危険よ』
表の蘭子が忠告した。
『わかってるよ、もう一人の蘭子。私を誰だと思ってるんだい?』
裏蘭子は笑みを絶やさずに応じた。
『わかってるわよ。西園寺蘭子でしょ?』
表の蘭子はやや呆れ気味に言った。
『蘭子さん、背後にいる影と華子の繋がりを切れませんか?』
瑠希弥が心の中に語りかけて来た。
『どういう事だ?』
裏蘭子が華子を威嚇しながら尋ねる。瑠希弥は、
『華子が操られているのか、それとも何か弱みを握られて従わされているのか、わかると思うんです』
『そうか。わかった、やってみる』
裏蘭子は更にズンズンと大股で前に進んだ。表の蘭子はもう何も言うつもりがないようだ。
「内緒話も全部聞こえています。無駄ですよ、策を弄するのは。勝ち目はないのですから」
華子はフッと笑い、裏蘭子を挑発する。
「うるせえよ、淫乱! てめえなんか、全然怖くねえし、強いとも思っていねえよ」
裏蘭子が負けずに挑発し返した。すると華子は哀れんだ目で裏蘭子を見て、
「貴女方は私がどれほど
「貴女こそ、私達にそんな事を言って、後悔する事になりますよ」
瑠希弥が挑発したので、裏蘭子は驚いて彼女を見た。
「どうやら身体にお教えしないとご理解いただけないようですね。わかりました」
華子はスッと印を結んだ。
(またあの真言?)
表の蘭子が警戒する。
「オンバザラダキニウンハッタソワカ」
華子は先程とは違う荼枳尼の真言を唱えた。
「今度は表の蘭子さんごと快楽の境地に
華子の高笑いが蘭子達に届かないうちに蘭子と瑠希弥はまた華子に縛られた。
(そんな……)
表の蘭子も同時に快楽の気を浴びてしまった。
「今度こそ、境地に達しましょう。貴女方の幸福はその先にあるのです」
華子はフッと笑って言った。
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