邪法師の力

 私は西園寺蘭子。霊能者です。


 村上法務大臣のお嬢さんの春菜ちゃんが通う高校に現れ、たくさんの女子生徒を毒牙にかけた揚げ句殺害していた近藤光俊。


 彼はしくも私の父である公大が十六年前に倒した邪法師でした。


 その近藤が生きているだけではなく、十六年前と変わらない姿で存在している事に強い危機感を覚えた私は、親友の八木麗華、弟子の小松崎瑠希弥、そして心霊医師の矢部隆史さんと共に近藤の根城がある山奥へと向かいました。


 そこに出現したのは、幾人もの女子生徒の遺体を切り刻んでつなぎ合わせたおぞましくて悲しい存在でした。


 矢部さんの護符でバラバラになった遺体は見るも無残です。


 そのフランケンシュタインの人造人間もどきを造り出した近藤本人が姿を見せました。


「僕の実験材料に最適だよ、君達は。霊能力が高い人間の肉体をつなぎ合わせると、どれほどの超人が生み出せるのか、楽しみだ」


 近藤は自分の所業を誇るかのような笑みを浮かべ、私達を見ました。


「アホ抜かせ、外道! そんな事させるか!」


 怒り心頭の麗華が息巻きます。それでも近藤はニヤリとして、


「ここは僕が張った結界の中だという事をお忘れのようだね、お嬢さん方と不細工な男一人は」


 またしても、矢部さんに酷い事を言います。でも矢部さんは無反応です。


「貴方のした事は人間のする事ではないわ、近藤光俊。何の罪も無い女子高生達を犯した揚げ句、殺すなんて!」


 私は近藤のニヤついた顔を見ているうちに我慢できなくなって怒鳴りました。すると近藤は私を哀れむような目で見て、


「はあ? 何を勘違いしてるのさ? 罪も無い女子高生? どこが? こんな薄汚れた雌豚共が、罪がないだって?」


 近藤は周囲を見渡します。奇異な歩行を続けながらゆっくりと私達に近づいて来る女子高生達の成れの果てはそんな事を言われても反論できる状態ではありません。


「僕がちょっと声をかけたら、嬉しそうについて来て、ホテルでは淫乱剥き出しになってさ。悲しい事に誰一人として処女はいなかったので、僕の究極の目的はまだ果たせていないんだ。しかもそいつらは売りをしていたクズ女達だよ」


 近藤の言葉を鵜呑みにはできませんが、彼が苛立たしそうに言うのを見ると、殺害された女子高生達は皆経験者だったようです。


 しかも、「売り」というのは「売春」の事です。何て事でしょう?


「僕が手に入れたいのは男を知らない清らかな身体の女性なんだよ。それが何だよ。まだ二十歳前だというのに、揃いも揃って非処女とはな!」


 先程まで穏やかに残酷な事を話していた近藤の顔が凶悪になりました。苛立ちが更に強くなったようです。


「そんな……」


 私以上にその手の話題に免疫がない瑠希弥は、犠牲になった女子高生達が売春をしていたと知り、目を見開いています。


 私も、女子高生全てが清らかな存在と思うほどウブではありませんが、まさかこれほどの人数が経験済みとは驚きです。


「典型的な男の考え方やな。アホくさ。処女がそんなにええんか?」


 経験豊富な麗華がムッとして怒鳴りました。怒りの理由がちょっとズレている気がするのですが。


「ああ、そうだよ。乙女の血が必要なんだよ、我が儀式にはな!」


 近藤は目を血走らせて麗華を睨みつけました。


「儀式、やと?」


 麗華が眉をひそめて矢部さんを見ます。矢部さんは近藤を見て、


「限界が来ているんだよ、不老不死のね。そろそろ新しい血を補給しないと老いが始まってしまうんだ」


 私と瑠希弥はその言葉に顔を見合わせ、近藤を見ました。近藤はフッと笑い、


「そこまで知っているのか? お前は何者だ?」


 彼の目が矢部さんを射殺さんばかりに鋭さを増します。


「忘れたのか? 十六年前、お前は私の診療所に来て、不老不死にしてくれと言ったんだ」


 矢部さんはさらりと凄い事を言いました。麗華はギョッとして矢部さんを見ました。


 私も瑠希弥も同じです。


「だが、私は心霊医師。黒魔術師ではない。だから断わった。するとお前は私の仲間の医師のところを渡り歩いた」


 矢部さんは近藤を睨み返して語ります。いつもより顔が怖くなっているのは言わないでおきます。


「どの医師にも断わられたお前は遂に我流でそれを成し遂げようとして、年端もいかない子供を生け贄にした」


 それがあの十六年前の事件? 


「私は後悔した。お前を野放しにした事を。それで、落とし前をつけるためにお前を葬ろうとした時、西園寺さんのお父上がお前を倒してくれた」


 矢部さんはチラッと私を見ていいました。その顔が怖かったのも忘れる事にします。


「そうか、なるほどね。随分と因縁めいた組み合わせなんだな、我々は。西園寺の娘があの高校と関わりがあるのは知っていたが、まさかその娘が貴様とつながっているとは思わなかったよ、不細工」


 近藤はヘラヘラ笑いながら矢部さんを見ます。


「あの時は辛うじて西園寺の真言をかわし、死んだフリをして隠れた。だが、力を取り戻すのに時間が酷くかかって、そのせいで急いで儀式を執り行わなければならなくなったのさ」


 近藤はスウッと後退あとずさりました。それと入れ替わるように彼の造り出した現代のフランケンシュタインの人造人間が前に出ます。


「く……」


 気がつくとすっかり彼女達に取り囲まれていました。


「そいつらには知能はないが、力はある。どこまでさばけるか、見させてもらおうか」


 近藤は高笑いをして私達を観察していました。


「瑠希弥、お願い」


「はい、先生」


 瑠希弥が感応力を全開にして、結界に圧力をかけます。結界がある限り、私達は真言を使えません。


 ですから、それを打ち破る必要があるのです。


「そうはさせない」


 近藤の目がギンと光りました。彼も力を使って結界を強めるつもりです。


『瑠希弥、感応力を気に乗せて広げろ! そうすれば弾き飛ばせる!』


 私の中に潜むいけない私が瑠希弥の心に叫びました。


「わかりました!」


 瑠希弥は感応力を高めつつ、気も練ります。


「何をするつもりだ?」


 近藤が瑠希弥の作戦変更に気づいたようです。


「はよ頼むで、瑠希弥!」


 麗華と矢部さんが手分けをして近づいて来る人造人間もどきを護符で倒しています。


「おのれ!」


 近藤の目が更に光り、お堂の中からまた十体の人造人間もどきがひょこひょこと姿を現しました。


「うげげ、まだあないにおるんかいな!?」


 麗華が悲鳴を上げました。矢部さんもさすがに疲れて来たのか、苦笑いしています。


「体力より、護符の枚数が心配だよ」


 その時、いけない私が動きました。


『もう一人の蘭子、変われ! 早く結界を破らないと、こっちまで人造人間にされちまうぞ』


「そうね」

 

 私は仕方なくいけない私と入れ替わりました。


「む?」


 近藤の視線が瑠希弥から私に移ります。矢部さんがハッとして私を見ました。


 麗華はギョッとしています。何かムカつく反応です。


 瑠希弥も脅えたように私を見ています。落ち込みそうです。


「何だ? 西園寺の娘、何をした?」


 近藤は私の事は知っていても、いけない私の事は知らないみたいです。


「はああ!」


 いけない私は表に出ると、一気にその気を爆発的に膨らませ、近藤が張った結界を軋ませました。


「誰だ、貴様は? 一体どんな霊を召喚したのだ!?」


 近藤は私が誰かの霊を降霊させたと思ったようです。


「何が召喚だ! 私は正真正銘、西園寺蘭子様だよ!」


 いけない私は大股開きで宣言しました。違いますと言いたいくらいです。


 近藤は一瞬驚愕の眼差しで私を見ましたが、


「ほう。これは素晴らしい。我が儀式に相応しい生け贄の登場だな」


 不敵な顔でいけない私を見ました。


「危うく結界を破られてしまうところだったよ」


 近藤はそう言うと、まるでさっきまでは本気ではなかったという顔で肩を竦めます。


「やっと面白くなって来たな。だが、お前達程度では、この俺は倒せない」


 破れかけていたはずの結界が強度を増し、瑠希弥の感応力が封じられました。


「きゃあ!」


 瑠希弥は近藤の放つ力で地面に這いつくばってしまいました。


 そればかりではありません。


「うお!」


 麗華と矢部さんも人造人間もどきの集団にとうとう押さえ込まれてしまいました。


「くう……」


 いけない私は何とか近藤の力に抵抗していますが、跳ね除ける事はできそうにないようです。


「楽しかったよ。だが、もう時間がないのだ。だから、無駄な抵抗はやめろ」


 近藤の力が強くなり、私の身体は石畳の上に押しつけられるように倒れました。


 まずいです。思っていた以上の強敵です。どうしましょう?


 


 西園寺蘭子でした。

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