最強の援軍

 私は西園寺蘭子。霊能者です。


 只今、人生で一番と思われる危機に直面しています。


 サヨカ会の時より、大林蓮堂の時より、瞬間物体移動能力者の時よりもずっとピンチです。


 敵は死霊魔術師ネクロマンサーを目指している近藤光俊。かつて私の父である公大が戦った相手でもあります。


 親友の八木麗華と心霊医師の矢部隆史さんが揃って人造人間もどきの集団に押さえ込まれ、弟子の小松崎瑠希弥もその感応力を近藤に封じられました。


 そして、いけない私とバトンタッチしたまでは良かったのですが、それでも近藤の力に打ち勝てず、動きを封じられてしまったのです。


 想像を絶する力。一体彼は何故それほどまでに力を持ってしまったのか?


「この俺の実験の邪魔をした罪は重い。お嬢さん方二人は儀式の生け贄として死んでもらう」


 近藤が私と瑠希弥を睨みつけて言いました。するとそれに麗華が過敏に反応します。


「何で二人やねん!? ウチはお嬢さんやないゆうんか!?」


 そういう差別的な発言には普段から激高するのが麗華なのです。


「お前のように経験豊富な淫売いんばいは儀式の生けにえにはならないんだよ。それくらいわからねえのか、バカめ!」


 近藤はその端正な顔を醜く歪めて麗華を罵りました。


「い、淫売やと!」


 麗華は顔を赤らめながら怒鳴りました。


 確かに麗華は経験豊富ですが、淫売は言い過ぎです。


 でも、淫売って実のところどういう意味なのかしら?


「ゴチャゴチャうるせえよ。どっちにしても死ぬんだから、どんな理由だろうと関係ねえだろ?」


 近藤は目を血走らせて麗華に言い返します。


「顔が好みの男にならすぐに股を開くのは淫売だろうよ」


 近藤はニヤリとして麗華を見下すように目を細めました。


「く……」


 当たっているのか、麗華は俯いて黙ってしまいました。そうなの、麗華? 何かショックです……。


「随分と饒舌だな、近藤? 昔と違うな?」


 矢部さんは人造人間もどきに抵抗しながら言いました。


 何故か矢部さんは怒っているようです。元々怖い顔が更に怖くなっています。


 ごめんなさい、矢部さん。


「お前もうるせえんだよ、不細工。お前こそ何の役にも立たねえんだから、今すぐ殺したっていいんだぞ」


 近藤は怒りに顔を震わせ、矢部さんに歩み寄りました。


「そう簡単に殺されないよ」


 矢部さんは右手を上着のポケットのねじ込み、何かを取り出しました。


「私は元々邪法師だった。だが、それは誤りだと教えてくれた人がいた。だから人間として踏み止まれた」


 矢部さんはつなぎ合わされた死体を跳ね除けました。


 さっきまでの矢部さんとは違います。身体から妖気が漂っているのです。


「矢部ッチ、何したん?」


 麗華が目を見開いて矢部さんを見ました。矢部さんはニヤリとして麗華を見ると、


「麗華ちゃん達を守るために私は自分に課した掟を破るよ」


 矢部さんはユラッと前に歩き出しました。矢部さんの妖気は凄まじく、そばにいた人造人間もどきが次々にバラバラになり、崩れ落ちました。


「ほう、それが本来のお前の力か、不細工?」


 近藤は矢部さんの変貌を見ても尚余裕の笑みを浮かべています。


「お前にこれ以上闇を使わせない」


 矢部さんが右手に握りしめていたのは、ナイフでした。そのため彼の手からはおびただしい血がしたたっています。


「矢部ッチ?」


 麗華は矢部さんが何をしようとしているのかわからず、キョトンとしています。


 もちろん、私にもわかりません。


『もう一人の蘭子、矢部さんを死なせたくなかったら、何とかあの腐れ外道の力を跳ね除けるんだ』


 いけない私が心の中で語りかけて来ました。


『矢部さんを死なせたくなかったらって、どういう事?』


 私は意味がわからず、いけない私に尋ねました。


『矢部さんは自分の命を犠牲にして、黒魔術で近藤の結界を破り、彼を倒すつもりなんです』


 いけない私の代わりに瑠希弥が心に語りかけて来ました。


 さすが感応力は私達を遥かに凌駕する瑠希弥です。矢部さんの心を読み取ったようです。


『どうしてそんな事を?』


 私は矢部さんのそれほどの決意に戸惑いました。


『それは……』


 瑠希弥が言いかけた時、


「小松崎さん、それ以上私の心を読まないで欲しい」


 矢部さんは右手から滴る血で石畳に何かを描きながら言いました。瑠希弥は矢部さんの目の鋭さにビクッとし、黙ってしまいます。


「これは素晴らしい。やはりお前は我が同志だったのだな、不細工。自分の血で魔方陣を描き、この世ならざる力を呼び出すのか?」


 近藤は愉快そうに笑いながら矢部さんに更に近づきます。


「サトゥルヌス魔方陣か? なるほどな」


 近藤は腕組みをし、矢部さんが血で描く数字の並びをニヤニヤしままで見ています。


 サトゥルヌス魔方陣とは、西洋数秘術の一種です。2、9、4、7、5、3、6、1、8を3×3で配列するものです。


 そうすると縦横斜め、いずれの合計も15になるのです。


 そして、そこに神秘的な力が宿ると言われています。


『もう一人の蘭子、矢部さんの考えはこの際どうでもいい! とにかくこの結界を跳ね除けるんだ! そうしないと矢部さんが死んでしまうぞ!』


 いけない私が心の中で怒鳴りました。


『でも、どうすれば?』


 いけない私の爆発的な気と瑠希弥の気を載せた感応力も押さえ込んでしまった近藤の力を跳ね除けて結界を破る事ができるのでしょうか?


『今ならできます、先生!』


 瑠希弥の声が力強くなっています。


『もう一人の蘭子、私とあんたの力を一緒にして放出する。そこへ瑠希弥の力を載せて、結界にぶち当てれば、共鳴で破壊できる』


『共鳴?』


 いけない私の説明がよくわかりません。という事は、外に誰か協力者がいるという事になりますが……。


 あ!


『やっとわかったな、もう一人の蘭子。そうだよ、そういう事さ。だから急ぐぞ』


『ええ!』


 私は一発逆転を信じて、いけない私と気を同調させます。


「うりゃああ!」


 いけない私は押さえ込んでいた近藤の力をはねつけ、気を放ちました。


「何!?」


 近藤は矢部さんに気を取られていたので、いけない私の気が自分の力を跳ね除けたのを知って仰天しました。


 放出された私達の気にすかさず瑠希弥が感応力を練り込んだ気を載せます。


「何やわからんけど、ウチも参加するで!」


 野生の勘なのでしょうか、麗華が呼応して気を載せてきました。


「無駄だ、愚か者どもめ! そんな程度で俺の結界は破れないぞ!」


 近藤がせせら笑いました。


「それはどうかな、腐れ外道!」


 いけない私がそれに負けじと高笑いします。でも大股開きはやめて欲しいです。


「む?」


 近藤は結界の外から力が働いている事に気づきました。


「何だ、これは? 何が起こっている?」


 彼は焦って周囲を見回しています。


「いけえ!」


 いけない私がダメ押しとばかりにもう一度気を放ちました。


 その瞬間、まさしく巨大な風船が弾けたかのように結界が消し飛びました。


 近藤は唖然として動きません。信じられないのでしょう。


「バカな……。この俺の結界がこんな連中如きに……」


 身体の自由が利くようになった私達は態勢を立て直します。


 瑠希弥が妖気を引っ込めた矢部さんに駆け寄り、右手の治癒をしました。


「ありがとう、小松崎さん」


 矢部さんは照れ臭そうに言いました。すると瑠希弥はニコッとして、


「お礼を言うのは私の方です。矢部さんのお陰で何とか結界を破る事ができました」


 瑠希弥はそう言ってから、お堂の向こうに現れた人物を見ました。


「む? 誰だ、お前は!?」


 我に返った近藤がその人に怒鳴りました。


「私の大切な人達を酷い目に遭わせるのは許さない。覚悟しなさい、外道」


 そこに現れたのは、瑠希弥の姉弟子的存在の椿直美さんでした。


「里の三役が西園寺さん達に不吉な影が近づいていると教えてくれたのです」


 直美さんは私達に微笑んで言いました。


 あのおばあ様方、さすがです。


 さあ、ここからはずっと私達のターンになります。


 と思ったのですが……。


 そうはいかないようです。


 


 西園寺蘭子でした。

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