最強のカルテット

 私は西園寺蘭子。霊能者です。


 邪法を極めようとしている近藤光俊との戦いで、私と親友の八木麗華、そして弟子の小松崎瑠希弥、それから心霊医師の矢部隆史さんは近藤の策略にはまり、ピンチに陥っていました。


 そんな私達が大逆転をできたのは、瑠希弥の姉弟子的存在の椿直美さんが来てくれたからでした。


 以前、カルト教団のサヨカ会と戦った時、今は北海道でご主人の濱口わたるさんと仲良く暮らしている旧姓小倉冬子さんを交えてカルテットを組んだ事がありましたが、それ以来です。


 しかも、あの時より私達は力をつけています。これなら絶対に勝てる。そう思いました。


 結界が破れたせいで、近藤の力が拡散したのか、人造人間もどきにされた哀れな女子高生達の遺体はその場で崩れました。


「腐れ外道、降参するんやったら、一発殴るだけで堪忍したる。どないする?」


 麗華はまさに鬼の首でも獲ったかのようなドヤ顔で近藤を見ました。


 結界も消え、椿さんが加わり、矢部さんの右手の傷も瑠希弥が回復させています。


 誰がどう考えても私達の有利は動かないと思うでしょう。


「そうだなあ。確かにこれは形勢不利だねえ」


 しかし、近藤は口でそんな事を言いながらも、顔はニヤついています。


 何だか引っかかる態度です。


「西園寺さん、油断しないで……。そいつはまだ何か企んでいる……」


 矢部さんが瑠希弥に包帯を巻いてもらいながら言いました。


「何を企んでいようが関係ねえよ、矢部ッチ。これからこの蘭子様が粉微塵にしてやるんだからな!」


 いけない私はガハハと大口を開けて笑いました。


 椿さんはそれを見て唖然としています。ああ、彼女には知られたくなかったです……。


「私に戦いを挑んだ事を後悔しろ、下衆ヤロウ!」


 いけない私はいきなりフルアタックの構えです。


 段階を踏むのが嫌いなのです。


「オンマケイシバラヤソワカ!」


 いきなり最大の攻撃真言である自在天真言を唱えました。


「ウチもいきます!」


 いけない私には常に敬語を使う麗華が続きます。


「オンマカキャラヤソワカ」


 彼女は大黒天真言を唱えました。


 二つの真言が空中で合体し、威力を増して近藤に迫りました。それはまるで暴風のようです。


「よし!」


 麗華がガッツポーズを決めています。私も近藤には防ぐ手立てはないと思いました。


「砕けちまえ、下衆ヤロウ!」


 いけない私は得意のドヤ顔で叫びました。ああ、この顔も椿さんには見られたくなかった……。


 その時でした。


「オンアボキャベイロシャノウマカボダラマニハンドマジンバラハラバリタヤウン」


 近藤は究極の真言である光明真言を唱え、いけない私の自在天真言と麗華の大黒天真言を打ち消してしまいました。


「何だと!?」


 さすがのいけない私も仰天しました。麗華は唖然としています。


「何でこんな奴に光明真言が使えるんだ?」


 いけない私は歯軋りして悔しがります。確かにそうです。光明真言は聖なる真言です。


 邪法師である近藤が使えるものではないはずなのです。瑠希弥は唖然としながらも椿さんを見ました。


「そういう事なのね?」


 その椿さんが何かに気づいたようです。彼女は瑠希弥の姉弟子。感応力は上を行きます。


「どういうこっちゃ、直美さん?」


 意味不明の顔をした麗華が尋ねます。椿さんは近藤を睨んで、


「その男はある高僧を殺害し、その魂を自分に取り込んでいます。今の真言はその高僧に唱えさせたのです」


「何やて?」


 麗華ばかりでなく、私も瑠希弥も驚愕しました。


「やはりそうか……。お前のとても一人とは思えない気の量と術の深さには、そんなからくりがあったのか」


 矢部さんは包帯を巻かれた右手を擦りながら近藤を見据えます。


「そして、この敷地はその高僧がいた寺の跡地。何もかも乗っ取って、自分の儀式のために作り替えたのです」


 椿さんは怒りの形相で近藤を見ています。すると近藤は大声で笑い出して、


「さすが霊媒師の里を再建しようと考えるだけの事はあるな、椿直美。我が儀式の生け贄に相応しい」


 その言葉に私はギョッとしてしまいました。椿さんもハッとした顔で近藤を見ました。


「まさか……」


 いけない私が折れてしまいそうなくらい歯を軋ませて近藤を射殺さんばかりに睨みました。


『椿さんが駆けつける事も織り込み済みだったというの?』


 私はあまりの展開に思考が停止しそうになりました。


「結界を破られたのは計算外だったが、お前が来るのは予想していたんだよ。来てくれて嬉しいよ、三人目の生娘」


 近藤が下卑た笑みを顔に浮かべ、椿さんの身体を上から下まで舐めるように見ました。


「不老不死は邪法中の邪法。それ以上続ける事は絶対に許さない」


 椿さんが印を結びました。しかし近藤には取り込んだ高僧の魂が唱える光明真言があります。


 何を唱えても打ち消されてしまいます。


『蘭子さん、麗華さん、瑠希弥、光明真言は万能ではありません。それ以上の力で押せば、突き破れます』


 椿さんの声が心に直接語りかけて来ます。


「何を密談している? 時間の無駄だぞ」


 近藤は勝ち誇った顔でバカにしたような口調で言いました。


『彼は邪法師です。攻撃真言より効果的な真言があります』


 椿さんが更に言います。そうです。彼を砕くのではなく、力を奪う方法を採るべきなのです。


『もう一人の私、代わって!』


 攻撃真言担当のいけない私に下がってもらいます。


「仕掛けて来ないのなら、こちらから行くぞ!」


 近藤は身体から妖気を漂わせます。それだけではなりません。取り込んだ高僧の魂には真言を唱えさせるつもりのようです。


「まずい、急いで、西園寺さん! 奴は黒魔術を使うつもりです」


 矢部さんが叫びました。私は椿さん、麗華、瑠希弥に目配せしました。


『この四人の力を結集すれば、近藤の力に勝てるはず!』


 私達は印を結びました。


「これで終わりだ!」


 近藤が妖気を身体全体から放ちます。それと同時に高僧の魂がほぼ絶対防御に等しい光明真言を唱えました。


「オンアボキャベイロシャノウマカボダラマニハンドマジンバラハラバリタヤウン」


 私達は一瞬遅れて真言を唱えました。


「オンマリシエイソワカ」


 浄化真言の摩利支天真言です。近藤を攻撃するのではなく、浄化するのです。


「ぬう?」


 私達の真言が意外だったのか、近藤は目を見開きました。


 攻撃真言ではない摩利支天真言は光明真言に打ち消される事なく、近藤に到達しました。


「ぐぎゃああ!」


 妖気に塗れている近藤は浄化真言をまともに食らって悶絶しました。


「ぐうう!」


 彼は両膝を石畳に着き、のたうち回ります。


「効いてるで!」


 麗華が嬉しそうに叫びました。瑠希弥は微笑んで椿さんを見ています。


 こんな緊急時でも、何となく二人に嫉妬してしまうダメな私です。


「もう一息だ。畳みかけないと、また奴は力を取り戻してしまうぞ!」


 矢部さんが言いました。


「おのれ……」


 真言の力が薄らいで来たのか、近藤は身をよじるのを止め、私達を睨みつけました。


「うげ……」


 麗華が変な声を出しました。椿さんと私と瑠希弥は息を呑んでしまいました。


「許さん、貴様ら全員、決して許さん!」


 顔を上げたのはまるで別人でした。


 近藤は老いさらばえ、皺だらけの顔になっていたのです。


 髪も白くなり、半分ほど抜け落ちてしまっています。


「こいつ、結構なジイさんやんけ。一体ホンマはいくつやねん?」


 麗華の疑問は私の疑問でもあります。


 十六年前、私の父である西園寺公大と戦った時も、すでに不老不死だったのはないでしょうか?


「近藤、それが邪法に身を委ねた者の末路だ。そのまま命を終えろ」


 矢部さんが目を細めて言いました。


「うるせえよ、不細工! てめえに指図される謂れはねえ!」


 今は自分の方がずっと醜くなってしまっているのにまだそんな事を言う近藤は、哀れでしかありません。


「まだこれからだよ!」


 近藤は何語ともつかない言葉を発しながら、フラフラと立ち上がりました。


 すると辺りに散らばっていたバラバラになった遺体がズズッと石畳を滑るように移動し始めました。


「な、何やねん!?」


 麗華が飛び退いて叫びます。


「死体に込めてあった妖気を取り戻すつもりだ。こいつ、とうとうなりふり構わずに私達に向かって来るぞ」


 矢部さんが冷静な顔で分析しました。


「それって、やばいんちゃう、矢部ッチ?」


 麗華が苦笑いをして尋ねました。


「そうかも知れないね」


 矢部さんは相変わらず怖い顔で微笑みました。


 折角近藤を追いつめたと思ったのに、また振り出しですか?


「今度こそ近藤に引導を渡しましょう、蘭子さん」


 椿さんが力強い声で言いました。私と瑠希弥はそれに大きく頷いて応じます。

 

 近藤を浄化する。今はそれしか勝つ方法はないようです。


 


 西園寺蘭子でした。

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