人知を超えた呪術

 私は西園寺蘭子。霊能者です。


 村上法務大臣のお嬢さんである春菜ちゃんと久しぶりに再会し、彼女に纏わりつく奇妙な気を感じた私と弟子の小松崎瑠希弥は、春菜ちゃんの通う高校に勤務するある男性教師に行き当たりました。


 その人の名は、近藤光俊。十六年前に私の父の公大が倒した邪法師です。


 ところが彼は生き長らえ、その上不老不死の呪術を会得したらしく、今でも二十代の姿を保っています。


 いけない私の推理では、近藤は不老不死の術を完成させるために若い女性、それも処女を生け贄にした邪法を使ったようです。


 そして今、更にその力を高めるためなのでしょうか、春菜ちゃんの学校の女子達を次々に毒牙にかけ、殺害しているのです。


 私は親友の八木麗華を大阪から呼び戻し、近藤の下へと向かいましたが、彼に気づかれてしまいました。


 麗華は事の重大さを知り、心霊医師の矢部隆史さんを同行させるように言いました。


 瑠希弥に矢部さんの家に回ってもらい、彼を同乗させましたが、相変わらず怖い顔です。


 ごめんなさい、矢部さん。


 


 そして、私達は近藤の行方を追うのではなく、彼が殺害した女子生徒達の遺体がある場所に向かいました。


 十六年前の事件を知る矢部さんの話だと、近藤は死霊魔術師ネクロマンサーになろうとしていると噂されていたそうなのです。


 だとすると、尚の事、彼女達の遺体が気になるのです。


「女子高生の肉体を使って、何するつもりや、ド変態教師が!」


 いつになく麗華は怒りに燃えています。


「これから咲くはずの花を摘み取る行為は許せへんねん。屑や、近藤っちゅう男は!」


 助手席の麗華は腕組みをして目を吊り上げ、前を睨んだままで言います。


 運転席の瑠希弥は麗華の怒りように脅えていました。


 麗華の怒りももっともです。私だって許せません。


 只、私は近藤に対する怒りよりも、女子生徒の遺体を彼がどうするつもりなのかが気になっています。


 私の父が倒したはずなのに生きていた。それも不気味なのです。


「近藤は西洋の黒魔術を研究していた節があります。だから私の仲間達は、奴がネクロマンサーになろうとしていると噂したのです」


 矢部さんは私が怖がっているのを知っているのか、俯いたままで言いました。


「そうですか」


 何となくバツが悪い私は顔が引きつりました。


「先生、この先はどちらに?」


 瑠希弥がルームミラー越しに尋ねて来ます。


「西へ向かって。山の中……。もう少し近づけば、はっきりするわ」


 私はどうして自分がそこまで近藤の企みを見抜けるのか不思議でしたが、何となく理解できました。


 父の気配を感じたのです。


 悪徳霊能者の大林蓮堂が知らずに使っていた白装束に宿った術者の霊を浄化した時と同じです。


 父がそばにいてくれる。そう考えただけで、いつになく自信が湧きました。


「はい」

 

 瑠希弥は大きく頷いて応じ、山間部へと延びる幹線道路へと車を乗り入れました。


 罠かも知れない。


 戦う時にいつも考える事です。でも今回は、父のやり残した事を成し遂げるためにも、逃げられないのです。


 最悪の場合、麗華と瑠希弥には逃げてもらっても、私は戦うつもりです。


 


 やがて道は次第に細くなり、周囲の木々はそれに合わせて高くなり、まだ太陽の光が強い時間だというのに薄暗くなり、それだけでなく、肌寒さすら感じるようになりました。


「おかしいな。急に寒うなって来たで。どういうこっちゃ?」


 肌の露出が多い服装の麗華は身震いして言いました。瑠希弥はエアコンの温度設定を変えながら、


「それほど標高が高い訳ではないのですが、これは何か近藤と関係あるのでしょうか?」


 瑠希弥は早速感応力を全開にして周囲を探り始めます。


 彼女の推測通り、急激な温度変化は近藤の仕業でしょう。


 彼自身の力というより、張り巡らされた結界の影響だと思われます。


「こちらのようです」


 瑠希弥は舗装された道路から未舗装の脇道に入りました。


 ゴツゴツした石だらけの道です。車が大きく揺れ、私は危うく矢部さんにぶつかってしまいそうになりました。


「瑠希弥、もう少しゆっくり走ってくれへんか、吐きそうや」


 麗華が呻くような声で訴えました。


「はい、八木先生」


 瑠希弥はアクセルを緩め、車をそろりそろりと進めました。


 しばらく進むと、道はまた平らな地面に出ました。


 でもそこは道路ではありません。花崗岩でできた石畳です。


「ここは……」


 山の中に建てられた大きなお堂。


 古びてはいません。まだ数年しか経過していないようです。


 お寺にも見えますし、神社の拝殿にも見えます。


「ここがそうね……」


 私はウインドウを開き、顔を外に出してお堂を見上げました。


 近藤の気が微かに漂い、女子生徒の皆さんの無念の思いが渦巻いています。


 彼女達の恨みと憎しみの念は広く張られた結界に阻まれ、同じところを巡っているだけです。


 何と残酷な仕打ちでしょうか?


「停めて、瑠希弥」


「はい」


 車は石畳の上でキキッとタイヤを軋ませて停止しました。


 私達は辺りを探るようにしてドアを開き、車を降りました。


 あたりは風の音と鳥の鳴き声が聞こえるだけで、静まり返っています。


「人の気配がないな。誰もおらんのか?」


 麗華がそう言った時です。


 お堂の扉がギーッと開き、誰かが出て来ました。


「え?」


 さっきまで全く人の気配がなかったので、私達は驚いて顔を見合わせました。


 それは白い手術着を着せられた若い女性でした。


 歩き方が奇妙です。


 身体が妙に傾いており、足を踏み出すたびに左右に大きく揺れています。


「西園寺さん、あれは生きている人間じゃないですよ」


 矢部さんが怖い顔でそれより怖い事を言います。


 その言葉にもう一度その女性を見ました。


 するとその女性は膝の高さが明らかにズレていました。


 左右の脚の長さが十センチ以上違っているのです。


 何故なのか?


「右と左の脚が違う人のもの、だという事です」


 矢部さんが冷静な口調で言います。


「先生、あの子、よく見てください!」


 瑠希弥が叫ぶようにして言います。私は瑠希弥の手を握り、彼女が感じている事を伝えてもらいました。


 瑠希弥はその女性の肉体だけではなく、霊体も見ていました。


 驚いた事に、その女性は頭、胴体、左右の腕、左右の脚、全てが違う人の肉体なのです。


 そればかりでなく、肉体に合わせて霊体も切り刻まれていました。


 ホラー映画のフランケンシュタインの人造人間よりおぞましくも悲しい存在なのです。


「これが近藤の目的だったのね」


 あまりの所業に私と瑠希弥は震えてしまいました。


「どういうこっちゃ、蘭子、瑠希弥?」


 いぶかる麗華とキョトンとしている矢部さんにも瑠希弥が感じ取った事を伝えるために手を握りました。


「うお、何ちゅう事をしよるねん、外道が!」


 麗華はますます近藤への怒りを高めます。


「やはり奴はネクロマンサーになろうとしているのか」


 矢部さんは眉間に皺を寄せて呟きました。


 そして、私達は更に驚愕してしまいました。


 その女性の後ろから、何十人も同様の動きをする人が出て来たからです。


「うわ!」


 麗華は思わず後退あとずさりして、矢部さんの背後に隠れました。


「八木先生!」


 瑠希弥が麗華を見て叫びます。背後にも彼女達が現れました。


「ぎえ!」


 麗華はそのうちの一体に掴みかかられて寸前で逃れ、矢部さんを盾にしました。


 酷いわよ、麗華。


「この世ならざる者はこの世から去りなん」


 ところが矢部さんは落ち着いた顔で服のポケットから護符を取り出し、迫って来た一体の額にそれを貼り付けました。


 生きていない肉体ですから、叫び声を上げる事もなく、反射を起こしたように痙攣し、そのまま石畳の上に崩れ落ちました。


 その姿も凄まじいです。腕や脚の向きが不自然で、接合がしっかりしていないのか、腕と首が外れてしまいました。剥き出しになった接合部分からは血は噴き出しません。死亡してから時間が経っているからです。


「何体おるんや、こいつら?」


 麗華は彼女達を見渡しながら言います。


「おいおい、僕の傑作を台無しにしないでくれよ、不細工顔」


 矢部さんに麗華以上にストレートに暴言を吐いた人物がいました。


 しかし矢部さんは眉一つ動かさずにスルーです。


「どこにいるの!?」


 私は咄嗟に近藤の声だと判断し、語気を荒げて周囲を見ました。


「お早いお着きで、皆さん。我が研究所へようこそ」


 お堂の陰から近藤が現れました。黒いマントに身を包み、さながら吸血鬼ドラキュラ伯爵のようです。


 麗華好みの切れ長の目をして鼻筋の通ったイケメンですが、さすがの彼女も触手が動かないほど怒っています。


「あんたが近藤か!? この腐れ外道め、ギッタギタにしたるから、覚悟しいや!」


 麗華は近藤を指差して怒鳴りました。


「果たしてそんな事ができるかな?」


 近藤はニヤリとして私達を見ました。


 想像以上に強敵のようです。


 


 西園寺蘭子でした。

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