幽霊アパート

 私は霊能者の西園寺蘭子。依頼を受けて除霊・浄霊・祈祷・厄除等をしています。


 今日の依頼主はアパートの大家さんです。


 アパートは綺麗で、どの部屋も自殺者が出た訳ではないのですが、何故か幽霊騒ぎが頻発するのだそうです。


 私は早速そのアパートに行ってみました。


 古いアパートを想像していたのですが、行ってみるとまだ築三年ほどしか経っていない真新しいアパートです。


 確かに建物からは霊の気配は感じません。


 それから、よく言われる「霊の通り道」がある訳でもないようです。


 私はアパートの周囲を歩き、波動を調べましたが、どうしても霊の存在を感知できませんでした。


 他に方法がないので、アパートの住人の皆さんに聞き込みをしてみました。


 住人の方全員が、真夜中に霊が現れると言っています。


 時間的な問題なのかも知れないと考え、私は真夜中まで待つ事にしました。




 そして深夜十二時。


 辺りは静まり返り、虫の音も聞こえません。


 私はもう一度気配を探ってみました。


 言われていた時間になっても、全く霊の気配はありません。


 不思議でした。


 明日また来てみようと帰りかけた時です。


 誰かが近づいて来るのを感じました。


 普通の人の気配ではありません。


 私と同業の方か、たちの悪い人か。


 私は気配を消して、物陰に隠れました。


 月明かりの中、そこに現れたのは、山伏のような装束姿の老人でした。


 その老人は、腰に下げているホラ貝を手に取ると、吹き始めました。


 いえ、正確に言うと、吹き始めたのではありません。


 音は全く出ていませんので。


 ホラ貝の先から出て来たのは、霊でした。


 しかも、妖気すら漂っているような悪霊です。


 何? この人は何をしようとしているの?


 私は老人を問い詰めるため、危険を覚悟で近づきました。


「誰じゃ?」


 老人は私に気づいて、鋭い眼で睨んで来ました。


「私は西園寺蘭子。このアパートの大家さんから、霊の調査を依頼されました。貴方は何をしているのです?」


 そんなやり取りをしている間にも、悪霊はどんどん大きくなり、アパート全体を覆い尽くすほどになっていました。


「小娘風情が邪魔立て致すな。儂も依頼を受けて呪詛じゅそをかけているのだ」


「呪詛?」

 

 聞き捨てならない言葉です。老人はアパートに呪いをかけているのです。


「何故そんな事を?」


「依頼についてお前に話す必要はない。死にたくなければ立ち去れ。邪魔すると言うのなら、命はないぞ」


 老人は再びホラ貝を吹き、悪霊を出しました。その悪霊は私に襲いかかって来ます。


「オンマリシエイソワカ」


 私はすかさず摩利支天まりしてんの真言を唱えました。


「やるな、小娘。しかし、我がしもべはその程度では防げぬぞ」


 悪霊は一瞬動きを止めたのですが、また私に襲いかかって来ました。


「どうして?」


 私は数珠を振るい、悪霊を退けました。


「儂の依頼主の事を何も知らぬお前が、何故儂を悪と決めつけて邪魔をするのだ?」


 老人はホラ貝に悪霊を戻して私に言いました。


「妖気が漂う霊を使役するのは邪法師。悪でなくて何だと言うのです?」


 私の言葉に老人はニヤリとし、


「なるほど。小娘のようで、実は相当な修行を積んでいるな、お前は。儂の僕の妖気がわかるか。しかし、それでも儂は悪とは言えんよ」


「……」


 私は老人の開き直りとも取れる言い方に唖然としました。


「えっ?」


 私はある事に気づきました。悪霊はアパートを覆い尽くしてしまいましたが、アパートの住人に危害を加えている訳ではないのです。


 呪詛はアパートそのものにかけられていました。


 要するに、アパートが傷んでしまうように呪っているのです。


「どういう事です?」


 私は意味が分からなくなり、老人に尋ねました。


「この土地は、元は儂の依頼主の持ち物。それを騙し取られた。だから、取り戻そうとして儂に頼んで来た。儂は誰も殺す気はない。この土地を依頼主に戻してくれれば、もうここには来る必要はなくなる」


「……」


 私は老人の話を鵜呑みにする訳にはいかないので、


「わかりました。今夜はお引き取り下さい。私は明日、依頼主に問い質してみます」


「良かろう。何も進展がなければ、再びここに来る事になる」


 老人はアパートを覆っていた悪霊をホラ貝に戻し、立ち去りました。




 翌日、私は大家さんのところに行き、事の経緯を説明しました。


 大家さんはその話を聞いて素直に応じてくれるかと思ったのですが、


「そんな事はない。あの土地は代々ウチの土地。そのジイさんが嘘をついているのだ」


と言い、全く私の話に耳を傾けてくれませんでした。


 あの老人の言葉が全て信用できる訳ではありませんが、大家さんの言葉も信用できません。


 人は嘘を吐くと、身体から悪い気が出るのです。


 老人は術者ですから、気の巡りを操れるので、悪い気が出ていなくても、嘘を吐いている可能性があります。


 でも、気の巡りを操れない大家さんの身体から、たくさん悪い気が出てくれば、どちらが本当の事を言っているのかわかります。


 私は力になれない事をお詫びし、依頼を辞退しました。


 大家さんは随分と口汚く私を罵りました。


 私はそれについては何も反論せず、大家さんの家を出ました。


 大家さんがこの先どうなってしまうのかは大家さん自身の責任ですから、私はそれほど心配していないのですが、可哀想なのはあのアパートの住人の皆さんです。


 私は家に帰るのをやめ、もう一度そのアパートに向かいました。


「あ」


 すると、そのアパートのそばに昨夜の老人が立っていました。


「やはり来たか。どうだ、悪者が誰かわかったか?」


 老人の皮肉に私は頭を下げました。


「申し訳ありませんでした。私が間違っていたようです」


 老人はニヤリとして、


「わかれば良い。しかし、儂もまた間違っていたな」


「はい?」


 私は老人の言葉の意味が分かりません。老人は私に背を向けて、


「呪うべきはこのアパートではないという事だ」


と言い、大家さんの家の方に歩き出しました。私はハッとして、


「あまり脅かし過ぎないで下さいね」


「わかっておる」


 私は老人は本当はとてもいい人なのだと感じました。

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