思ってもみない対決

 気功少女でボクっ娘である柳原まりは、良からぬ事を企んでいる老人の霊能者である大林蓮堂に拉致されてしまった。


 蓮堂はまりを自分の邸に連れ帰った。蓮堂の邸は古びた洋館で、彼は邸全体に結界を張っていた。


 そのため、西園寺蘭子やその弟子の小松崎瑠希弥、親友の八木麗華にもまりの気が察知できなくなっていた。


「さてと、お嬢さん、私の願いを叶える道具になってくれ」


 蓮堂は不動金縛りの術で動けなくしたまりをゆっくりと診察台のようなベッドに寝かせた。


 そこは壁の至る所にお札が貼られた部屋で窓がなく、裸電球が一つ下がっているだけの薄暗い部屋だ。


(何をするつもりだ、このお爺さんは?)


 心が男のまりは、蓮堂が嫌らしい事をするとは思っていないが、彼の放つ得体の知れない気を感じ、焦っていた。


(金縛りの術なんて!)


 まりは気を巡らせて術を解こうとするが、その気を巡らせる事ができない。


「無駄だ、お嬢さん。その術はあんたの全てを縛る。だからトラックすら動かせる気を使う事はできん」


 蓮堂はニヤリとしてまりの顔を覗き込んだ。


(あの日もボクをつけていたのか?)


 まりは少しだけ動かせる目で蓮堂を睨んだ。


「それにしても素晴らしいよ、お嬢さん。どこでそれほどの気を鍛錬したのかね?」


 蓮堂は息がかかるほど顔を近づけて尋ねた。


 まりはそのあまりに臭い息から逃れたかったが、顔を背ける事もできない。


 仕方なく自分の息を止めた。


「今は答える事もできないか。まあいい」


 蓮堂はまたニヤリとすると、部屋から出て行ってしまった。


 まりはホッとして呼吸を再開した。


(あのお爺さん、一体何者なんだろう?)


 まりは目を閉じた。


 


 まりの危機を感じて駆けつけた蘭子達だったが、まりの居場所は全くわからなくなっていた。


「あれほどの気ィが感じられへんゆう事は、特別な場所に連れて行かれたっちゅう事やな」


 麗華が眉間に皺を寄せて呟いた。


「瑠希弥、まりさんの気の後をつけられない? 今どこにいるのかわからなくても、追跡はできないかしら?」


 蘭子は瑠希弥に言った。瑠希弥は蘭子を見て、


「わかりました。探ってみます」


 瑠希弥は目を閉じ、気を集中して辺りを探り始めた。


「大騒ぎになってるな」


 麗華は泣きじゃくる女子生徒達とそれをなだめる先生達を見て言った。


「ええ」


 蘭子は悲しそうに応じた。


「ダメです、先生。何をされたのかわかりませんが、まりさんの気が全く残っていません」


 瑠希弥は落胆した表情で蘭子に告げた。蘭子は腕組みをして、


「まりさんの気で後をつけられると思ったので、消してしまったのね」


 気で辿れないとなると、まりの居場所は掴めない。途方に暮れそうになったその時、


「そうだ、瑠希弥。あの子達に訊いてみて。そうすればわかるわ」


 蘭子が突然言い出したので、瑠希弥と麗華は驚いて彼女を見た。


「あの子達て、まりの友達にか?」


 麗華はピンと来ていないようだったが、瑠希弥は、


「わかりました、先生」


と応じ、女子生徒達に近づいて行った。


「あ、瑠希弥さんだ」


 女子生徒の一人が瑠希弥に気づいて言った。


 その途端、泣き止んだ女子生徒達が瑠希弥を取り囲んだ。


「え、え?」


 瑠希弥は仰天してしまったが、


「柳原さんからよく聞いています。柳原さんが尊敬している小松崎瑠希弥さんですよね?」


 女子生徒のもう一人が言う。瑠希弥はようやく落ち着きを取り戻し、


「まりさんが私の事を話したのですね?」


「はい! 柳原さんが大好きな人だって聞いてます。写真まで見せられて、ちょっぴり嫉妬してましたけど、ご本人に会って納得しました」


 女子生徒達の気は瑠希弥を尊敬する流れと恋する流れを巻き起こしていた。


「すごいな、瑠希弥。大人気やで」


 麗華が蘭子をニッとして見る。


「な、何よ!」


 蘭子はムッとして麗華を睨んだ。


「大好きだなんて……」


 瑠希弥は思いがけずまりの思いを聞かされ、動揺していた。


「瑠希弥さん、柳原さんが変なお爺さんに連れ去られたんです。助けてください」


 女子生徒のその言葉で我に返った瑠希弥は、


「そのお爺さんを実際に見た人はいますか?」


「私、見ました。ほんの一瞬ですけど」


 別の女子生徒が手を挙げた。それを羨ましそうに見る他の女子達を見て、蘭子は思わず微笑んでしまった。


(みんな青春してるわね。いいなあ)


「では、私にそのお爺さんの事を教えてください」


 瑠希弥はそう言うとその女子生徒の手を握った。


 あああと他の女子達の悲鳴のような声が聞こえた。


 瑠希弥に手を握られた女子生徒はポオッとして、恍惚状態のようになってしまった。


「ありがとう、まりさんの居場所がわかったわ」


 瑠希弥が手を放すと、その女子はヨロヨロとしてしまった。


「大丈夫?」


 瑠希弥はびっくりしてその生徒に声をかけた。


「だ、大丈夫です! それより、柳原さんの事、見つけてください! お願いします」


 彼女が頭を下げると、他の女子もそれに呼応して、


「お願いします」


と頭を下げた。その後ろで三人の先生達が唖然としていた。


 


「むう?」


 蓮堂は何者かが自分の心に触れたのを感じた。


(何者だ? どうやって私の心に入り込んだ?)


 蓮堂は蘭子達の事を知らないのだ。


(あの子の仲間か? それにしても、何という感応力だ。我が結界を通り抜けてしまうとは)


 蓮堂は再びまりが寝かされている部屋に行った。


「急がねばならぬようだな」


 彼はベッドの上のまりを見て呟いた。


 


 女子生徒達の多くが瑠希弥と共にまりを探しに行こうとしたが、


「貴女達は学校に行ってください」


 瑠希弥が微笑んで言うと、


「はい、瑠希弥さん!」


 まるで訓練されたかのように声を揃えて返事をした。


「まりさんは私達が助けます。警察に連絡をお願いします」


 瑠希弥は先生達を見て言った。


「わかりました。ありがとうございます」


 先生達は瑠希弥に礼を言って生徒達を追い立てるように歩いて行った。


「瑠希弥、人気絶頂やなあ」


 麗華がニヤニヤしながら言うと、瑠希弥は顔を赤らめて、


「そんな事ありません、八木先生」


と俯いてしまった。


「いやいや、凄い人気やで。ウチ、そういうつもりはないけど、嫉妬してもうたわ」


 麗華が更に瑠希弥をからかったので、


「いい加減にしないと邸を出て行ってもらうわよ、麗華」


 蘭子が仁王立ちで睨んだ。


「じょ、冗談やて、蘭子。そない怒らんでも……」


 麗華は冷や汗を掻いて苦笑いした。


「瑠希弥、まりさんを探すわよ」


 蘭子は瑠希弥の肩に手をかけて言った。瑠希弥は蘭子を見て、


「はい、先生」


と応じた。それを見て麗華が肩を竦める。そして、


「そのジイさん、何モンかわかったんか?」


 真顔で瑠希弥に尋ねた。瑠希弥は頷いて、


「はい。この近くに住んでいる霊能者です。名前は大林蓮堂です」


 蘭子は首を傾げた。


「聞いた事がない名前ね。どんな人なのかしら?」


「今わかるのは名前だけです。あちらに気づかれて、意識を閉じられてしまいました」


 瑠希弥が残念そうに言った。


「瑠希弥の感応力に気づくなんて、それなりに力はあるようやな」


 麗華が真顔のまま呟く。蘭子は頷いて、


「まりさんを拉致したという事は、彼女が抵抗できないようにしたはず。結構な術を使う人のようね」


 蘭子は瑠希弥と麗華を見て、


「急ぎましょう。まりさんを早く助けないと」


 瑠希弥と麗華は黙って頷いた。


 


 まりは蓮堂によって白装束に着替えさせられていた。


(服を脱がされたから、変な事をされるのかと思った)


 まりはホッとしていた。彼女は下着姿を見られたのを気にはしていない。


 それより、着せられた装束に不気味な気が染み付いている事の方が気になった。


「さてと。いよいよお嬢さんの力を見せてもらう時が来たようだ。手始めに仲間を倒してもらおうか」


 蓮堂は脱がせたセーラー服とスカートを律儀にも畳みながら言った。


(仲間? もしかして、瑠希弥さん達の事?)


 まりの心中は複雑だった。


 きっと蘭子達がまりの異変に気づいて助けに来てくれるのだろう。


 それは嬉しいが、蓮堂の考えが怖い。


「これを身に着ければ、完了だ」


 蓮堂は長い数珠をまりの首に短い数珠を手首と足首に着けた。


(あああ!)


 まりは自分の体の中の気が凄まじい速さで駆け巡るのを感じ、意識を失ってしまった。


 


「この先の古びた洋館です」


 走りながら瑠希弥が言った。蘭子は息を切らせていたが、やがて視界にその洋館が入って来たので、気を取り直した。


「え?」


 するとその洋館の玄関から白装束姿のまりが出て来た。


「まり、さん?」


 瑠希弥はまりから伝わって来る異質な気を感じ、眉をひそめた。


「さあ、柳原まりよ、世界の平和のため、その者達を叩き伏せろ」


 その後ろから現れた蓮堂がフッと笑って命じた。

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