圧倒的な力

 霊能者の西園寺蘭子は、弟子の小松崎瑠希弥、親友の八木麗華と共に拉致された柳原まりを探してある古びた洋館に来た。


 その洋館こそ、まりを不動金縛りの術で動けなくし、自分の野望のために使おうとしている悪徳霊能者である大林蓮堂の邸だった。


 蓮堂の力で操られているまりは、不気味な気を纏った白装束を着せられ、蘭子達の前に姿を見せた。


「何や、まりが着せられてる装束は? 気色悪い気ィが漂ってるで」


 麗華が眉間に皺を寄せて呟く。蘭子も頷き、


「そうね。何かしら、あれ?」


 まりはそんな蘭子達の事が目に入っていないようだ。


「さあ、やれ。あの三人を倒さないと、世界に平和は訪れないぞ」


 蓮堂はまりの耳元に口を寄せて囁いた。


 それに反応してまりが身構え、気を高めて行く。


「あかん、またまりが敵かいな。まずいで、蘭子」


 麗華はまりの気が高まって行くのを感じ、蘭子にすがりついた。


「瑠希弥、まりさんの今の状態は?」


 蘭子は瑠希弥に尋ねた。瑠希弥は感応力を全開にしてまりの気を探っていた。


「まりさんが着ている白装束が邪魔しています。あの装束、何か特別なもののようです」


 瑠希弥は苦しそうに応えた。蘭子は瑠希弥の様子を見て、


「邪悪なものなの?」


「わかりません。全てを拒絶するような気を放っています。全く見通す事ができないんです」


 瑠希弥は蘭子を見た。


「さあ、倒せ!」


 蓮堂が蘭子達を指差し、大声で命じた。


「ふううおお!」


 まりは更に気を高めた。彼女の立っている地面に亀裂が走り、煽りを受けた蓮堂が後退あとずさった。


 まりの気は広がりを見せ、洋館の窓ガラスにヒビが入り、建物全体が軋む。


(この小娘、抵抗しているのか?)


 蓮堂はまりの力が前に進まないのを見てまりを睨んだ。


「まりさん、あらがっています」


 瑠希弥がそれに気づいて言った。蘭子は頷き、


「そのようね。まりさんに力を貸すわよ、瑠希弥」


「はい、先生」


 蘭子と瑠希弥は自分達の気をまりに向けた。


「ウチを仲間外れにせんといてえな」


 麗華が膨れっ面で言い、同じくまりに自分の気を送る。


「おのれ、そのような小細工、通じるものか!」


 蓮堂は歯軋りしてまりに近づくと、その首にもう一つ大きな数珠をかけた。


「あああ!」


 その途端、まりが苦しみ始めた。


「まりさん!」


 瑠希弥がまりに近づこうと前に出た時、


「させんよ」


 蓮堂が動いた。


「ナウマクサラバタタギャーテイビヤクサラバボッケイビヤクサラバタタラタセンダマカロシャダケンギャキギャキサラバビギナンウンタラタカンマン !」


 彼はまりにそうしたように不動金縛りの術を使った。


「瑠希弥!」


 蘭子が瑠希弥を金縛りから助けようとしたが、瑠希弥は一瞬早く術に囚われていた。


「くう!」


 瑠希弥はまばたき以外できなくなってしまった。


 蘭子は蓮堂を睨んだ。蓮堂はニヤリとし、


「その顔、見覚えがある。お前が西園寺蘭子か?」


「そうよ。貴方が大林蓮堂ね?」


 蘭子はキッとして蓮堂に言った。蓮堂はフッと笑い、


「そのとおり。私こそ世界に平和と安寧をもたらす神の使徒である」


「アホ抜かすな、おっさん。神の使徒が聞いて呆れるわ。やってる事、丸っ切り逆やないか」


 麗華が蘭子に並び立って言い放った。蓮堂は麗華を見て、


「お前が八木麗華か。噂通りだな」


「噂通り? どんな噂や?」


 麗華はムッとして尋ねた。すると蓮堂は高笑いして、


「下品でロクな言葉遣いもできない女という噂だよ」


 それを聞き、蘭子はもう少しで笑いそうになったが、何とか堪えた。


「抜かせ!」


 麗華は激怒し、印を結んだ。


「オンマカキャラヤソワカ」


 彼女の十八番おはこである大黒天真言が炸裂した。ところが、


「はああ!」


 苦しんでいたまりが雄叫びを上げ、麗華の大黒天真言を気合いで消し飛ばしてしまった。


「そんな……」


 麗華は唖然としてしまった。


 蘭子も目を見開いている。蓮堂はそれを見てニッと笑い、


「さあ、私を傷つけようとしたあの悪人二人を懲らしめよ」


 まりは蓮堂の言葉に反応し、再び気を高めて行く。


「麗華、大黒天真言の二重奏よ」


 蘭子が印を後退しながら言った。


「わかった」


 二人は印を結び、


「オンマカキャラヤソワカ」


と声を揃えて真言を放った。


「ほう。なかなか力があるようだな」


 蓮堂は余裕の笑みで呟いた。


「はあ!」


 蘭子と麗華の渾身の大黒天真言の二重奏もまりの極限まで高められた気によって阻まれ、消し飛んでしまった。


「やっぱりダメみたい」


 蘭子がボソリと言った。すると麗華が、


「何弱気になってるねん! まだウチらには大自在天真言があるやないか」


「どんな真言もまりさんの気の前には無力よ。それはこの前戦ってよくわかっているでしょ? 今日改めて思い知らされたわ」


 蘭子は麗華をなだめるように言った。


「降参するかね?」


 蓮堂が憎々しい顔で尋ねる。麗華はカチンと来て、


「誰が降参するか!」


「ならばその子の力を身を以て知るがいい」


 蓮堂は哀れむような目で麗華と蘭子を見た。


 まりの気がまた高まっている。


「ウチは降参せえへんで!」


 麗華はあくまでも強気に言い張った。


「えい、えい!」


 まりはてのひらに気を集約し、ソフトボール大に固めて右と左からそれを麗華と蘭子に放った。


「うへ!」


 麗華は意地になって跳ね除けようとしたためにそれをまともに食らってひっくり返った。


「きゃっ!」


 蘭子は気の塊を見切り、紙一重で交わした。


「残念だったな、西園寺蘭子」


 交わした時に蓮堂の放った不動金縛りの術で縛られてしまった。


「蘭子!」


 パンツ丸見えでひっくり返っていた麗華が起き上がって叫んだが、彼女も蘭子を助ける事なく縛られてしまった。


「これは思ってもみなかった収穫だ。我が手駒が四つに増えたぞ」


 蓮堂は凶悪な顔になり、低く笑った。


「さてと。お前達も我が忠実なしもべとしてやろう」


 蓮堂はまりを先に邸に行かせると、瑠希弥を肩に担いだ。


『何してるんだ、もう一人の蘭子! 情けないぜ』


 蘭子の裏の人格である「いけない私」が蘭子に言った。


『仕方ないでしょ。柳原さんの気は特別なのよ。貴女も知ってるでしょ?』


 蘭子が反論した。すると裏蘭子は、


『そうじゃないよ。お前ら、揃いも揃って、まりにばかり気を取られてさ。あのジジイは大した事ないんだから、ジジイを倒しちまえば良かったんだ』


『後でなら何とでも言えるわよ』


 蘭子はムッとしたようだ。


『あ』


 そんな言い争いをしているうちに蓮堂が戻って来て、蘭子が担がれた。


『この態勢だと、パンツ丸見えかも』


 蘭子がそう思った時、


『どうでもいいよ、そんな事は! 早くどうすればいいか考えろ』


 裏蘭子が怒った。


 蘭子達はまりが寝かされていた部屋に運ばれた。


「この部屋は結界の内。如何なる呪術も使えない。すなわち、お前らは只の人間という事だ」


 蓮堂は蘭子達を床に寝かせながら言った。


「美人揃いで嬉しいぞ。今日はお前らの裸をさかなに酒を飲もうか」


 蓮堂は下卑た笑みを浮かべ、部屋を出て行った。


『何とかならないの、もう一人の私? 貴女、無敵なんでしょ?』


 蘭子が裏蘭子に語りかける。


『そうは言っても、あんたが金縛りに遭っちまったから、私にもどうする事もできないよ』


 


 蘭子達はかつてない危機に瀕していた。

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