野望の男

 類い稀な霊能力を有する西園寺蘭子達と関わりを持った気功少女の柳原まり。


 彼女は見かけは特上の美少女であるが、中身は男の子の所謂いわゆるボクッ娘である。


 まりは気功の力でエンジントラブルを起こしたトラックを動かした。


 それをたまたま目撃した大林蓮堂。


 彼はまりの力を悪用しようと考え、彼女を尾行していた。


 まりは気功少女であって、特別勘が鋭い訳ではない。


 そのため、こっそりと後をつけて来る蓮堂に気づく事はなかった。


 蓮堂も霊能者の端くれであるので、まりに悟られないように気配を消していた。


(あれ程の逸材、絶対に手に入れたい)


 蓮堂は目を爛々とさせ、まりを追いかけた。


 まりはそこから五百メートルほど歩いたところにある住宅街の一角の二階建ての新築の家に入って行った。


 蓮堂はまりが中に入るのを待ってから、こっそりとその家の門に近づいた。


(柳原、か)


 表札で名字を確認した蓮堂はニヤリとして、その日はそのまま帰って行った。


(それにしても素晴らしい気の使い手だ。あの子を思いのままに操れれば、我が望みは叶う)


 蓮堂は自分の野望を膨らませ、顔を綻ばせた。


 


 そして次の日。


 まりはいつものように中学校へと出かける。


 蓮堂はそれを離れた路地から観察していた。


 まりが歩いて行くと、次々に同じ学校の女子達が集まり始め、たちまち大集団ができる。


「何だ、あれは?」


 蓮堂はまりに群がる女子達を奇異の目で見た。


(どの子もあの少女に恋愛感情にも似た思いを抱いているように感じる。訳がわからん)


 年配者の蓮堂には「ボクッ娘」の魅力は理解できないようである。


「おはよう、柳原さん」


 女子達は皆頬を紅潮させてまりに挨拶している。


「おはよう」


 まりは爽やかな笑顔で挨拶を返す。女子達はポオッとしているようだ。


 その集団を羨ましそうに眺めているのは、同じ学校の男子生徒達だ。


「あいつら、何なんだよ?」


 まりに張り付いている女子達に敵意を向ける男子もいれば、


「柳原さん、いいよなあ」


 まりに好意を抱いている男子もいた。


(お前らのはかない思いはもうすぐついえるよ)


 蓮堂は男子達の感情を哀れみ、別の路地からまりを追跡した。


 


 蘭子達が暮らしている邸のキッチンでは、騒動が起こっていた。


「いやああ!」


 蘭子が悲鳴を上げる。弟子の小松崎瑠希弥は固まってしまっている。


「何やねん、朝から騒がしいな」


 そこへ頭をボリボリ掻きむしりながら現れたのは、蘭子の親友の八木麗華である。


「麗華、そこ、そこ!」


 蘭子は顔を引きつらせてある方向を指差した。


「どないしてん?」


 麗華は蘭子が指し示す方に目を凝らす。


 するとそこには、カサカサと音を立てながらうごめく黒いモノがいた。


「何や、アブラムシかいな」


 麗華はガハハと笑ってその黒い物体に近づく。


「ひいい!」


 麗華が近づいたので、黒い物体、すなわちゴキブリが羽を広げて飛んだ。


 それを見た蘭子が大騒ぎし、瑠希弥は気絶寸前である。


「虫くらいで大騒ぎしおってからに」


 麗華はニヤニヤしながら履いていたスリッパを右手に持ち、ヒラリとシンクの中に着地したゴキブリを追いかける。


「おりゃあ!」


 麗華のスリッパが一閃し、見事「敵」を撲殺した。


「終わったで、蘭子」


 麗華が告げると、蘭子は、


「早く捨ててよ、麗華。私、見たくない」


 蘭子は背中を向けたままで言った。瑠希弥は蘭子にすがりついて震えている。


「意気地無しやなあ、二人共」


 麗華は肩を竦めてティッシュでそれを包むと、ゴミ箱に放り込んだ。


「終わったで」


 麗華はドヤ顔で言った。蘭子は麗華に抱きついて、


「ありがとう、麗華。貴女は命の恩人よ」


「大袈裟や、蘭子」


 麗華は蘭子に抱きつかれて照れ臭いのか、顔を赤らめている。


「いえ、本当です。私、息ができなくなっていましたから、八木先生がいらっしゃらなければ、窒息死していました」


 瑠希弥は涙ぐんでいた。麗華は唖然としてしまったが、


「まあ、これくらいでそないに感謝されると、むず痒いから、もうやめてんか」


と言い、蘭子を押し退け、キッチンを出て行ってしまった。


 蘭子は思わず瑠希弥と顔を見合わせてしまった。


「取り敢えず、良かったわね。後片づけしちゃいましょうか」


 蘭子は瑠希弥に言った。すると瑠希弥は、


「先生はお掃除をお願いします。洗い物は私がしますから」


「え、あ、はい」


 蘭子はバツが悪そうにキッチンを出て行った。瑠希弥はそれを見届けてから、シンクの横にある籠を見て溜息を吐く。


 そこには蘭子に割られてバラバラになった皿やコップの残骸が入れられていた。


 瑠希弥はそれを厚手の手袋を使って専用のゴミ袋に移し、ガムテープで細かな破片を取った。


「え?」


 その時だった。


「今のは?」


 瑠希弥はまりの気に接近する悪意の気に気づいた。


「誰? 何者?」


 瑠希弥は片づけもそこそこに蘭子のところに向かった。


「先生……」


 事情を説明しようと思って、瑠希弥は言葉を失った。


 蘭子は掃除機のコードを居間のテーブルに巻き付かせてしまっていたのだ。


「ああ、瑠希弥、助けて。何だか知らないけど、こんがらがってしまったの」


 蘭子は苦笑いして言った。瑠希弥は脱力しそうになったが、


「先生、それよりも、柳原さんに何者かが接近しています」


「え?」

 

 蘭子はギクッとして瑠希弥を見た。


「まりにか?」


 麗華がジャーッとトイレを流しながら出て来た。


 蘭子がその下品な行動の麗華を睨む。


「明らかに悪意があります。柳原さんを利用しようとしている気です」


 瑠希弥が更にそう言うと、蘭子は掃除機から手を放して、


「急いだ方がよさそうなの、瑠希弥?」


「はい。今すぐ向かった方がいいです」


 瑠希弥は真顔で応じた。蘭子は麗華を見て、


「出かけるわよ、麗華」


「ああ。ウチらの命の恩人のピンチなんやから、出血大サービスで助けたろか」


 麗華が冗談でそう言うと、また蘭子がギロッと睨んだ。


「冗談やて、蘭子。睨まんといてえな」


 麗華は冷や汗を流して言った。


 


 蓮堂はまり達の集団の背後に立つと、


「ナウマクサラバタタギャーテイビヤクサラバボッケイビヤクサラバタタラタセンダマカロシャダケンギャキギャキサラバビギナンウンタラタカンマン !」


 不動金縛りの術でまりを縛ってしまった。


「くう!」


 まりは自分の身体が突然動かなくなったので、気を巡らせて解決しようとした。


「柳原さん、どうしたの?」


 周囲の女子達が驚いてまりに声をかけるが、まりはまばたきすらできない。


「お前ら、邪魔だ」


 蓮堂は女子達に微弱の帝釈天真言を放った。


「きゃああ!」


 雷撃が女子達を襲った。彼女達は驚いて走り去ってしまった。


「薄い友情だな、柳原とやら」


 蓮堂はフッと笑ってまりの横に立ち、彼女の顔を覗き込んだ。


(誰、このお爺さんは?)


 まりは蓮堂を睨んだ。


「取り敢えず、私の家に来てもらおうか」


 蓮堂はヒョイとまりを肩に担ぐと、その場を立ち去ってしまった。




 それからしばらくして、女子達が男の先生を三人連れて戻って来た。


「柳原さんがいない!」


 女子達が騒ぎ始めた。先生三人も驚いて顔を見合わせている。


「その老人に見覚えはないのか?」


 先生の一人が尋ねた。


「知りません。見た事ないです」


 女子の一人が泣きながら答えた。


 そこから少し離れたところに蘭子達が走って来た。


「遅かったようね」


 蘭子が呼吸を整えながら言った。


「そうみたいやな」


 麗華もゼイゼイ言いながら応じた。


「おかしいです、先生。柳原さんの気が感じられなくなりました」


 瑠希弥が驚愕の顔で蘭子を見た。


「どういう事なの?」


 蘭子は腕組みをし、首を傾げてしまった。


 まりを連れ去った蓮堂の目的は何なのか?


 謎は深まった。

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