大林蓮堂

悪意の接近

 西園寺蘭子は類い稀なる能力を有する霊能者である。


 彼女はもう一つの人格を有しており、その裏の人格が肉体を支配すると超絶的な力を発揮し、敵を粉砕する。


 しかし、蘭子自身はその裏の人格に嫌悪感があり、何とかしてその状態を解消したいと思っていた。


 やがて、蘭子は裏の人格であるもう一人の蘭子と心の中で会話ができるようになり、少しずつではあったが、彼女の事を理解するようになって来た。


 そして、裏人格の蘭子は、本来の蘭子にとってなくてはならない存在となりつつあった。


 


 親友である八木麗華が持ち込んだ身に着けると死を招くというネックレスが引き起こした一連の騒動は、蘭子の弟子である小松崎瑠希弥を追いかけて東京に引っ越して来た柳原まりと言う気功少女の活躍で決着した。


 まりは見かけは美少女だが、中身は男の子という所謂いわゆるボクッ娘である。


 彼女(彼?)は瑠希弥の事が好きで、たびたび蘭子達がいる邸に顔を出すようになっている。


 事件解決に一役買った事もあり、蘭子はまりの訪問を歓迎している。


 そのまりが今日も学校帰りに蘭子の邸を訪れた。


 その邸は、元々は瑠希弥の故郷の姉弟子である椿直美の持ち物で、彼女も優れた霊能者である。


 椿は、以前瑠希弥がいたG県のM市に住んでいる箕輪まどかと言う霊感少女が通う中学校の教師で、まどかのクラスの副担任である。


 まりもそのクラスの生徒だったのだ。縁とは異なものなのである。


「すみません、毎日押しかけて」


 まりは申し訳なさそうに玄関の扉を閉めながら言った。


「ううん、気にしないで。まりさんのお陰で私達、助かったんだから」


 蘭子は微笑んでまりを迎えた。その隣で瑠希弥も笑顔全開である。


「今、ちょうどパンケーキを焼いていたところなの。食べて行って」


 瑠希弥が言うと、まりは恥ずかしそうにして、


「何だか匂いに誘われたみたいで申し訳ないです」


「まりさんが来る頃だと思って焼いていたのよ」


 瑠希弥がまりの気遣いを受けてフォローする。


「そうそう。あんたくらいの時は、どんどん食べんとあかんで」


 麗華が後ろから顔を出して言い添えた。


「はい」


 まりは嬉しそうに返事をした。


 


 蘭子達はパンケーキと紅茶でおやつタイムを楽しんだ。


 まりは学校であったあれこれを蘭子達に話してくれた。


 彼女は、G県にいた時も女子に絶大な人気を誇っていたのだが、それは東京の中学校でも同じらしく、バレンタインデーは大変だったらしい。


「でも、全部お断りしました。ボクには好きな人がいるからって」


 まりはそう言いながら、チラッと瑠希弥を見る。


 蘭子と麗華はその視線に気づいたが、瑠希弥は全く気づいていない。


「そうなの。上級生?」


 屈託のない笑顔で尋ねる瑠希弥である。まりは少し悲しそうな顔になったが、


「いえ、違います。学校の子ではないです」


 蘭子と麗華は思わず顔を見合わせた。


「どないする、蘭子?」


 麗華が嬉しそうに蘭子に囁く。蘭子はわからないフリをして、


「何の事?」


「何の事て、瑠希弥とまりの事や。瑠希弥を盗られてしまうで」


 麗華は面白くて仕方がないという顔で蘭子に小声で言った。


「関係ないわよ、私は」


 蘭子はイラッとしながらも、麗華の術中にはまるまいと更にとぼけた。


「麗華、やっぱり事務所は別々にする?」


 蘭子は目を細めて麗華に言った。すると麗華はギクッとして、


「虐めんといてえな、蘭子。ウチが悪かったて」


と神妙な顔で謝った。蘭子はニヤッとして、


「わかればよろしい」


 蘭子と麗華のやり取りに気づいた瑠希弥が、


「どうされたんですか、先生?」


「何でもないわよ、瑠希弥」


 蘭子はニコッとして誤魔化した。


「そうなんですか?」


 瑠希弥はキョトンとして、まりと顔を見合わせた。


 


 蘭子達の邸からそれほど離れていない場所に古びた洋館がある。


 その玄関には、


「先祖・土地関係でお困りの方、ご相談に乗ります」


と大きく書かれた看板が掲げられている。


 その謳い文句の横には「霊感よろず占い  大林おおばやし蓮堂れんどう」と書かれていた。


 玄関を入ってすぐの事務所らしき部屋の片隅にある机にしがみつくように座っている老人。


 長い白髪に白装束姿。怪しさ満点の雰囲気が漂っている。


「何者だ?」


 この男こそ、大林蓮堂その人である。彼は数日前に感じた爆発的な気の解放の事を調べていた。


「まさしく私が長年探し求めて来た力だ。あの力を使う者を我がしもべとなさば、思うがままよ」


 蓮堂はニヤリとして立ち上がる。


「今一度使ってくれれば、位置が特定できるのだが……」


 蓮堂は事務所を出た。


「方角はわかっている。こちらから感じたのだ」


 彼は蘭子の邸がある方向へと歩き始めた。


 


 その頃、まりは蘭子の邸を出たところだった。


「瑠希弥さん……」


 まりはそう呟き、顔を赤らめる。


(次は必ず告白しよう。西園寺先生がいらっしゃると言いにくいけど、頑張ろう)


 まりは気合いを入れ、家路を急いだ。


「あれ?」


 その時彼女は、道の真ん中で立ち往生している大型トラックを見かけた。


 片側一車線の狭い道路なので、渋滞が起こっている。


 どうやらエンジントラブルらしく、運転手が途方に暮れている。


 気功少女のまりには他の車のドライバー達がイライラしているのがわかった。


(よし!)


 まりはトラックを動かそうと決意し、近づいた。


「うん?」


 運転手はまりが近づいて来るのに気づき、


「お嬢ちゃん、危ないよ。もうすぐレッカー車が来るから」


「それじゃ遅いですよ。ボクに任せてください」


 まりはニコッとして言った。運転手はまりのあまりにも爽やかな笑顔に心ならずも赤面してしまった。


「ふうう!」


 まりはトラックの前に立つと一気に気を高めて行く。


「何だ?」


 運転手や周囲の野次馬や他のドライバー達にもわかるくらい、まりの気は凄まじい勢いで高まった。


 まりの足下のアスファルトに亀裂が入り、近くで見ている女性のスカートが捲れ上がる。


「きゃ!」


 女性達は慌てて裾を抑え、男達は思わず目を見張った。


「はああ!」


 まりのスカートもスウッと浮き上がり、その下に履いている黒のスパッツがチラッと見えた。


 セーラー服もはだけ、彼女の奇麗な腹筋が見える。


「おお!」


 野次馬の中の中学生や高校生の男子達がまりのお腹に見とれた。


「うおお!」


 まりは気の塊をトラックに当て、ゆっくりと押し始めた。


 運転手以下そこにいた全員が仰天した。


 どう見てもごく普通の中学生の女の子がトラックを動かしているのだ。


 実際には、まりはトラックに触れていないのだが、目撃者達には、まりがトラックを押しているように見えていた。


「はああ!」


 トラックは確実に押し下げられ、道路の端に寄せられてしまった。


 運転手は何が起こったのかわからない。


 何しろ、トラックはサイドブレーキをかけたままの状態で動いてしまったのだ。


 完全に彼の理解を超えた現象が目の前で起こったのである。


 イライラしていた他のドライバー達も怒りを忘れて唖然としていた。


 野次馬達も声を失い、動きを止めていた。


「ね、この方が早いでしょ?」


 まりは何事もなかったかのようにニコッとし、その場を立ち去った。


 


 蘭子達は後片づけをしていたのだが、まりの気がまた爆発的に膨らんだのを感じていた。


「今の、まりさんの気よね?」


 蘭子が瑠希弥に尋ねた。


「はい、間違いありません。何かあったのでしょうか?」


 瑠希弥は心配そうに言った。


「連絡してみて、瑠希弥」


 蘭子は嫌な予感がしていた。


「はい、先生」


 瑠希弥は携帯電話を取り、まりにかけた。


「心配し過ぎやて、蘭子」


 麗華が呆れ気味に言う。


 まりはすぐに出て、事情を話してくれた。


「トラックが道路で立ち往生していたので、退けただけだそうです」


 瑠希弥は苦笑いして蘭子に伝えた。


「何だ、それなら良かった」


 蘭子もホッとした。しかし……。

 

 


「見つけたぞ。あんな子供とは思わなかった。だが、思った以上の力だ」


 蓮堂がまりを発見してしまったのだった。

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