新たなる仲間

 私は西園寺蘭子。霊能者です。


 身に着けた者を死にいざなうと言われているネックレスによって引き起こされた一連の騒動は、気功少女(でいいのかな?)の柳原まりさんの爆発的な気の力で終息に向かおうとしていました。


「はあ!」


 まりさんは更に気を高めました。それによってショートカットの髪が逆立ちます。


 彼女には霊能力は全くないようです。


 純粋に気のパワーのみで私達が圧倒されたネックレスに宿る怨嗟と憎悪の塊を弾き飛ばしたのです。


「見えるの、まりさん?」


 私の弟子の小松崎瑠希弥が尋ねました。


 するとまりさんは黒い塊の方を睨み据えたままで、


「いえ、見えません。でもはっきりと感じています。何もかも壊してしまおうとしている敵意と憎悪を」


 瑠希弥はびっくりした顔で私を見ました。


「ホンマに凄いな、あの娘。何モンやねん?」


 麗華が興味深そうな顔で言いました。


 黒い塊はまるで粘土のようにグニャリと変形しながら壁をずり落ち、床に広がります。


「まり、そいつはまだやる気満々だぜ」


 いけない私がまりさんに言いました。まりさんはチラッといけない私を見て、


「大丈夫です、西園寺先生。次で消し飛ばします」


「え?」


 消し飛ばす? あれを? 無理じゃないの?


 私はそう思ってしまいました。


 何しろ、いけない私がフルパワーで攻撃してもその力を吸収して返してしまったのです。


 さっきは確かにまりさんの気で弾き飛ばされはしましたが、今度はそうはいかないと思えるのです。


 いけない私の言った通り、黒い塊は床を這いずるようにこちらに向かって来ます。


 でもまりさんは微動だにしません。


「まりさん!」


 瑠希弥がたまらなくなったのか、叫びました。


「はああ!」


 まりさんが裂帛の気合いと共に先程のものより更に強大な気を放ちました。


 メリメリメリッと床に亀裂が走ります。


「うわ!」


 いけない私が思わずギョッとしたほどです。


 麗華も瑠希弥も驚いて目を見開いていました。


 まりさんの放った気はバシュンと音を立てて黒い塊に激突し、黒い塊を粉微塵にしてしまいました。


「あかん、細かなって逃げるつもりや!」


 麗華が叫びました。一見塊は四散したように見えますが、気の力を分散させるために分かれただけです。


 つまり、まりさんの気はいなされてしまったのです。


「まり、ダメだ、失敗したぞ!」


 いけない私がまりさんを下がらせようとして一歩踏み出した時でした。


「ええい!」


 まりさんがもう一度気合いと共に気を放出しました。


「む?」


 いけない私が眉をひそめ、次に目を見開きました。


 まりさんが二度目に放ったのは浄化の気だったのです。


「すごい……」


 瑠希弥は感嘆の声を上げ、麗華は言葉を失っています。


 まりさんの浄化の気は散り散りになった黒い塊を次々に浄化し、消して行きます。


「あの、わかってやってるのか? それとも無意識なのか?」


 いけない私が呟きました。


 いけない私が言ったのは、まりさんの頭脳的な戦い方の事です。


 私達は黒い塊をそのまま吹き飛ばそうとしました。


 ところが、まりさんはそれを分断させ、それによって力を弱まらせた上で浄化しているのです。


「天性の才能って奴か」


 いけない私はニヤリとして言います。


 確かにそうです。まりさんには黒い塊は見えていません。


 見えていないからこそ、彼女はそれの本質を見抜いたのでしょう。


 こんなやり方もあるのだと感心するしかないほど、まりさんの戦い方は優れたものでした。


「消えて行っています、あの憎悪と怨嗟が……」


 瑠希弥がその感応力を駆使して状況を分析しました。


 こうして、一時はどうなるかと思われた事件は、まりさんという思ってもみない味方の登場により、解決したのです。


 


 浄化が完了して、いけない私が引っ込んでくれました。


 そして、私達はバラバラになった真珠を拾い集めました。


 驚いた事に真珠は二回りほど小さくなっていました。


「あの真珠の半分くらいは、人間の憎しみと恨みでできていたんかも知れへんな」


 麗華がボソリと言いました。そうかも知れません。


「今までこれに縛られて成仏できんかった人達もようやく逝くとこに逝けるな」


 麗華は真珠をお札で包み、まりさんを見ます。


「おおきにな、嬢ちゃん。ようやってくれたな」


 するとまりさんは照れ臭そうに、


「いえ、ボクなんか別に……」


と頭を掻きました。


 


 居間で瑠希弥が淹れてくれた紅茶を飲みながら、まりさんが事情を説明してくれました。


 トイレに立った時、誰かに呼ばれた気がして、真珠を封印した部屋に誘われるように行ってしまったのだそうです。


 そして、気がついたら首にネックレスを提げていたらしいです。


「嬢ちゃんの気の力に呼応してしまったんやな。まあ、それがいい風に転んだから良かったけどな」


 麗華は微笑んでまりさんを見ました。


「それにしても凄かったわ、まりさん。気の巡らせ方を訓練したのね?」


 瑠希弥が感心した顔で言います。するとまりさんは真っ赤になって、


「瑠希弥さんにたしなめられた時から、一日も欠かさず、気の特訓をしているんです」


「瑠希弥に?」


 私はキョトンとして瑠希弥を見ました。麗華も興味があるようです。


 二人がまだG県にいた頃、まりさんと霊感少女の箕輪まどかちゃんの彼氏である江原耕司君が対決した時に瑠希弥が割って入ってまりさんの気をたちどころに消してしまった事がありました。


 それ以来、まりさんは瑠希弥に追いつこうと気の巡らせ方を訓練して来たのだそうです。


「もう私よりずっと上ね、まりさん」


 瑠希弥がニコッとして言うと、まりさんはますます赤くなって俯き、


「まだまだです。もっとうまく使いこなせるようにならないと……」


と謙虚な言葉で返しました。やっぱりこの娘、瑠希弥の事が好きなのね。


「またいろいろと教えてください、瑠希弥さん!」


 まりさんは身を乗り出して瑠希弥に懇願しました。瑠希弥はびっくりしたように私を見ます。


「貴女の鍛練にもなるから、教えてあげなさいよ、瑠希弥」


 私は微笑んで言いました。瑠希弥は大きく頷き、


「そうね。また一緒に精進しましょう」


 まりさんは瑠希弥にそう言われてよほど嬉しかったのか、


「ありがとうございます、瑠希弥さん」


と瑠希弥の手を握りしめました。目がウルウルしています。


 それだけを見ると、普通の女の子にしか見えないのですけどね。でも中身は男の子なんですよね。


「春休みになったら、山形県の出羽山麓にいらっしゃる遠野泉進様のところに行きましょう。西園寺先生のお師匠様に当たる方だから、もっと高みに行けるようになるはずよ」


 瑠希弥は真剣な表情でまりさんに言いました。


「はい、瑠希弥さん」


 まりさんも真剣です。


 私は思わず麗華と顔を見合わせてしまいました。


 泉進様は確かに優れた修験者だけど、性格にやや難があるから。


 まりさんは大丈夫だろうけど、瑠希弥が心配だわ。


 


 やがてまりさんは帰る事になり、瑠希弥が車で送って行きました。


「心配やろ、蘭子?」


 邸の前で車が見えなくなるまで手を振ってから、麗華がニヤッとして言いました。


「何で?」


 私はドキッとしながらもとぼけます。


「あの娘、中身は男やろ? 瑠希弥が好きみたいやで」


 麗華はますますニヤニヤして来ます。何だか憎らしいです。


「それがどうして私が心配する事になるのよ?」


 それでも私はとぼけました。


「まあええわ」


 麗華は肩を竦めて言いました。そして、


「それにしてもあの娘の力、凄かったな。いろいろ手伝てつどうて欲しいなァ」


「あまり関わらせたくないわ。まだ中学生よ、彼女は」


 私がそう言うと、


「やっぱり、瑠希弥を盗られそうやと思うんか?」


 麗華がまたからかったので、本気で睨みました。


「わ、悪かったて、蘭子……」


 麗華は顔を引きつらせて謝りました。


「全くもう」


 私は呆れて邸の中に入りました。


 でも、確かにまりさんの力は頼もしい存在です。


 できるだけ頼らないようにはしたいですけど。


 


 西園寺蘭子でした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る