呪いの解放

 私は西園寺蘭子。霊能者です。


 親友の八木麗華が持ち込んだ「死のネックレス」の怨嗟と憎悪を浄化するために特別な金庫に保管して数日後。


 弟子の小松崎瑠希弥の知り合いの柳原まりさんが邸の遊びに来ました。


 何がどうなったのかわからないのですが、まりさんがトイレに立って戻って来ないので様子を見に行くと、何故かそのネックレスを首に提げていました。


 いけない私と瑠希弥の連携で、何とかまりさんの首からネックレスを外す事に成功したのですが、その際に真珠を繋いでいた鎖を切ってしまいました。


 ちょうどそこへ戻って来た麗華が、


「その鎖は死霊共を抑えとったんやで! それ切ったら、もうどないなるかわかれへんで!」


と叫びました。


 


 麗華の言った通り、真珠に取り憑いている死霊達の勢いは更に激しくなっています。


 完全に火に油を注いでしまった感じです。


「取り敢えず、まりを解放できたから、ここからは遠慮なしで戦えるな」


 いけない私は喜んでいるようです。


 ついて行けません。どういう発想なのでしょう?


「蘭子さん、死霊の数が多過ぎます。戦い方を考えないと」


 瑠希弥が言いました。するといけない私は、


「心配するなって、瑠希弥。この蘭子様には不可能はないよ」


 得意満面で言い切ります。本当でしょうか? ちょっと不安です。


「麗華、事務所に行ってありったけのお札を持って来い!」」


 いけない私が麗華に命じます。


「はい!」


 麗華は直立不動になって返事をし、サッと走り去りました。


「真珠の一個一個から死霊が湧き出してるって事はあの真珠、相当昔に作られたもののようだな」


 いけない私は連続して摩利支天真言を放ちながら呟きます。


 確かに真珠から出る気は、相当な年月を感じさせます。


「真珠に命を奪われた人の数も相当なものだな。こいつは除霊し甲斐があるぜ、もう一人の蘭子」


 それでも余裕の笑みを浮かべるいけない私です。


「瑠希弥、そいつらの司令塔を探し出せ。まとめ役が必ずいるはずだ」


 いけない私はいつになく冴えています。


「はい!」


 瑠希弥は感応力を駆使して死霊達のボスを探し始めました。


 すると瑠希弥の感応力に呼応して、死霊達がざわつきます。


「てめえら、大人しくしてろ!」


 いけない私が再び摩利支天真言を唱えます。


「オンマリシエイソワカ」


 バシュウッと音がして、死霊達が弾かれます。


 しかし、弾かれるだけで浄化はされていません。


 いけない私の摩利支天真言を受けて消えないなんて、相当強い力を持っているようです。


『おかしいわね。どうしてこれほど憎悪と怨嗟が強いのかしら?』


「何か仕掛けがある気がするぞ」


 いけない私は眉をひそめて言います。私もそう思います。


 真珠の背後に何かがいる感じなのです。


「え?」


 さっきより死霊が活性化しています。


 摩利支天真言がまるで効いていないようです。


 いけない私も焦りの色が隠せません。


「瑠希弥、司令塔はわかったか?}


 いけない私が叫びました。瑠希弥は死霊達を見たままで、


「中央の奥がそうです。そこから力が湧き出ています」


「よし!」


 いけない私はニヤリとします。そして印を結びました。


『ええ? もう一人の私、それはまずいわ! この邸が吹き飛んでしまうわよ!』


 いけない私が大自在天真言を唱えようとしているのがわかったので、私は慌てました。


「心配するな。もう一人の蘭子。奴だけをピンポイントで狙って吹き飛ばすから、せいぜい壁に穴が開く程度だよ」


 いけない私はやる気満々です。


「ああ、ダメや、ゴリ押しは!」


 麗華が戻って来て叫んだ時は、もう手遅れでした。


「オンマケイシバラヤソワカ」


 いけない私の大自在天真言が炸裂し、針のように鋭くなって、死霊の親玉に向かいました。


 真言は親玉に直撃し、親玉はその衝撃で吹き飛びました。


「やった!」


 いけない私はガッツポーズをします。ところが麗華が、


「あかん、みんな、逃げ! 呪いが解放されてしもうた!」


 その言葉に瑠希弥と私はビクッとしました。


「力押しやとあかんうたのに! もうダメや、逃げるしかないで!」


 麗華は泣き出しそうな顔で叫びました。


「何だと!?」


 でも、いけない私は逃げようとしません。それどころか、吹き飛んだ死霊の中からまるで蝉の成虫がサナギから抜け出すようにヌルッと現れた漆黒の塊を睨みつけました。


「こいつか? こいつが全ての元凶だな?」


 美味しそうな料理を目の前にしたように、いけない私は舌舐したなめずりしました。


 黒い塊は周囲で蠢いている小者の死霊達を餌のように吸い込み、次第に大きくなって行きます。


 瑠希弥は気を失ったままのまりさんを抱きかかえ、後退あとずさりしました。


「なるほど、こいつは凄い呪いだな。何が切っ掛けでそこまで集まったのかはわからないが、紀元前から蓄積されてるようだ」


 いけない私は嬉しそうです。この人、怖いものがないのかしら?


 それとも無神経なだけ?


「麗華、心配するな。この呪い、蘭子様が奇麗さっぱり消し飛ばしてやるからさ」


「あ、はい」


 麗華は相変わらずいけない私には腰が低いです。


「いくぞ、もう一人の蘭子。フルパワーでぶちのめす」


 いけない私が気を高めます。私も同時に気を高めます。


 廊下の天井と壁と床が軋み、亀裂が走りました。


「麗華、気の巡りを補助するお札を使え! お前の気と瑠希弥の気を借りるぞ」


 いけない私は更に気を取り込むつもりです。


 麗華と瑠希弥の気を取り込んだら、こちらの身が持たなくなりそうです。


「大丈夫だよ、もう一人の蘭子。私を信じろ」


 いけない私はフッと笑って言いました。それでも不安です。


「いきます!」


 瑠希弥と麗華が気を送り込んで来ました。


「く!」


 二人の気を取り込んだので、身体が膨れ上がるような感じになりました。


 身体の中に大量の空気を送り込まれた気がします。


 黒い塊は私達の動きを察知したのか、戦闘態勢に入るようです。


 呪いのパワーが上がって行くのがわかります。


 霊能力がない人は気絶してしまうようなおぞましい気が廊下に満ちて行きます。


「残念だったな、こっちの方がずっと上だよ」


 いけない私はニヤリとしました。そして、


「オンマケイシバラヤソワカ!」


 もう一度大自在天真言を放ちます。


 それはもう大砲と同じでした。


 ゴオンと大きな音がして、真言が放たれました。


 真言は真っ直ぐに黒い塊に向かい、ぶち当たりました。


「よし!」


 いけない私は勝利を確信し、拳を握りしめます。


 ところがです。


「何!?」


 吹き飛ぶはずの黒い塊は真言を吸収し、その上跳ね返して来たのです。


「何だと!?」


 これにはさすがのいけない私も仰天しました。


 あれを食らったら、無事ではすみません。


 ああ、ここで私は死んでしまうのかしら?


 走馬灯のように過去の記憶がフラッシュバックします。


 もうダメなのね。だからこんなものが見えるんだわ。


 私は死を覚悟しました。


「先生!」


「蘭子!」


 瑠希弥と麗華の叫び声が聞こえます。


 二人も無事ではすまないでしょう。


 後で謝らないと。謝っても取り返しがつかないだろうけど。


 そんな呑気な事を考えていた時でした。


 跳ね返されたはずの真言がいつまで経っても到達しません。


「え?」


 いけない私は唖然としていました。


 いけない私と黒い塊の間にいつの間にかまりさんが立っていたのです。


 しかも、まりさんは跳ね返された真言を受け止めていました。


「えーい!」


 まりさんの気合いが炸裂し、跳ね返された真言は霧散しました。


 その衝撃で周囲の壁が剥がれ落ち、天井の板数枚が吹き飛び、床の一部がめくれました。


 いけない私も、瑠希弥も、麗華も呆然としています。


「はあ!」


 まりさんがもう一度気合いを入れると、黒い塊が廊下の端まで吹っ飛びました。


 凄いです。さすが気功少女です。


 私達以上の力を持っています。


「瑠希弥さんの先生である西園寺先生を傷つける事は、このボクが絶対に許さない!」


 まりさんの気が爆発的に膨れ上がりました。


 多分、助かったのですよね?


 それにしても驚きました。


 何とか勝機が見えて来たみたいです。


 


 西園寺蘭子でした。

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