気VS気
私は西園寺蘭子。霊能者です。
親友の八木麗華が持ち込んだ身に着けると死に至る恐ろしいネックレス。
弟子の小松崎瑠希弥の姉弟子に当たる椿直美さんの住んでいた邸の奥にある特殊な部屋の金庫で、そのネックレスを浄化する事になりました。
お札を貼り巡らせた金庫にネックレスを入れ、厚い扉をきっちり閉じ、石の階段を降りたところにある大きな木製の扉にもお札をたくさん貼って結界を作りました。
ところが、どうした事か、遊びに来ていた柳原まりさんという気功少女(少年?)がトイレに行った時、何故かそのネックレスを首に提げて戻って来たのです。
何が起こったのかわからない私と瑠希弥は混乱しました。
「まりさん!」
瑠希弥がまりさんに呼びかけますが、生気のないまりさんの目は虚ろのままで、全く反応がありません。
「瑠希弥、摩利支天真言を」
私は印を結んで言いました。瑠希弥が頷き、同じく印を結びます。
「オンマリシエイソワカ」
私と瑠希弥の摩利支天真言の二重奏がまりさんに向かいました。
「はあ!」
ところが、真言が到達する寸前、まりさんが力を込めて気を放ちました。
気の流れのせいで、まりさんのスカートが捲れ上がり、その下に履いているスパッツが見えました。
心が男の子のまりさんは、スカートを履くのがとても恥ずかしいようです。
ですから下にスパッツを履いているのです。
セーラー服もフワッと浮き上がり、彼女の引き締まったお腹が見えました。
まるで突風のような気の流れです。
そのせいで真言はまりさんの直前で消し飛んでしまいました。
その衝撃で周囲の壁に亀裂ができ、床にヒビが入ります。
想像以上に凄まじい気を使う子のようです。
私は瑠希弥と顔を見合わせてしまいました。
どうやら、ネックレスに取り憑いている死霊がまりさんを操っているようです。
「瑠希弥」
私は瑠希弥に目で合図します。少々危険ですが、攻撃系の真言を使う事にしました。
「オンマカキャラヤソワカ」
大黒天真言です。普通なら相手に大ダメージを与えてしまう真言なのですが。
「えーい!」
まりさんが力を込めて気を放ちました。
私と瑠希弥の二重の大黒天真言は、本来であればまりさんの身体を吹き飛ばすくらいの力があるはずですが、またまりさんの気に弾き飛ばされました。
「そんな……」
瑠希弥は唖然としています。私も同じです。言葉がありません。
いくら気功少女だと言っても、これはおかしいです。
『もう一人の蘭子、その子は死霊のせいで気の力を数倍に強化されている』
私の中のいけない私が言いました。
『え? 死霊が力を貸しているの?』
『貸していると言うか、相乗効果だ。その子の気の巡りを死霊共が利用している。正面からいくら攻撃しても無駄だ』
いけない私にしては冷静な分析をしています。
確かにまりさんの周囲に立ち込めている気は、一人の人間が操れる量ではありません。
このまま私と瑠希弥が攻撃を続けると、まりさんの肉体の限界を超えて気の巡りが起こるかも知れません。
『どうすればいいの?』
私はいけない私に尋ねました。
『私に代われ。一発で仕留めてやるから』
『ダメよ! あの子を傷つける事はできないわ』
私はいけない私の提案を拒否しました。
いけない私の大黒天真言は私と瑠希弥の二重奏より強力ですから、まりさんの気を押しのける可能性はあるでしょう。
でもそんな威力のある力で攻撃したら、まりさんも無事ではすみません。
最悪の場合、大怪我をしてしまうかも知れないのです。
「先生!」
瑠希弥の声でハッと我に返ると、まりさんの身体が気の力で歪んで見え始めていました。
気を高めているようです。
『あんたが迷ってるから、敵に時間を与えちまったぞ』
いけない私が非難めいた口調で言いました。
まりさんの気は私と瑠希弥が結界を張っても耐えられないくらいの強さになっています。
下手をするとこの邸を吹き飛ばしてしまうかも知れません。
私達は間合いをジリジリつめて来るまりさんに対して後退するしかありません。
『だから早く代われ、私と!』
いけない私が心の中で叫びます。
『でも……』
私が迷っていると、
「先生、蘭子さんと代わってください。いい方法があります」
瑠希弥が囁きました。
「え?」
その途端、いけない私がスウッと前に出て来て、私は後ろに下がらされてしまいました。
「よし、瑠希弥、私の考えがわかったようだな。もう一人の蘭子よりずっと賢いぞ」
いけない私は早速失礼な事を言い出します。
瑠希弥はどう反応したらいいのかわからないというような顔をしていました。
『もう一人の蘭子、霊体に気を
いけない私が語りかけて来ました。
そうか。瑠希弥に幽体離脱をさせてもらって、まりさんのところに飛ぶのね。
「瑠希弥、頼む」
「はい、蘭子さん」
瑠希弥は私の後ろに立ち、構えました。
まりさんは気を膨らませ、廊下の壁と天井と床を軋ませながらゆっくりと近づいて来ます。
気に混じって、死霊が飛翔しているのが見えました。
気の弱い人はそれを見ただけで命を吸い取られそうです。
いけない私は気の巡りを身の内にし、霊体をそれで包みました。
言うなれば、身を守ってくれる宇宙服のようなものです。
「今だ、瑠希弥!」
いけない私が叫びました。
「はい!」
瑠希弥がそれに応じて私に気を放ちます。
いけない私は瑠希弥の放った気に同調し、それに乗って幽体離脱をしました。
『おらあ!』
私達はミサイルのように超高速で飛翔し、まりさんに向かいました。
死霊達がそれに気づき、襲いかかって来ます。
怨嗟と憎悪を剥き出しにしたおぞましい姿です。
『気にするな。あいつらは私らに触れる事はできないよ』
いけない私の言う通り、死霊達は凍りつきそうな雄叫びをあげながら近づいて来ますが、いけない私の巡らせた気のお陰でそれ以上何もできません。
『オンマリシエイソワカ』
いけない私はまりさんが提げているネックレス目がけて真言を放ちます。
それは針のように細く鋭い形になり、阻もうとするまりさんの気をくぐり抜けて、見事にネックレスを繋いでいる鎖を断ち切りました。
その途端、ネックレスはバラバラになり、床に落ちます。
真珠が廊下をコロコロと転がりました。
そしてまりさんは崩れるように床に倒れました。
同時に空間を歪ませていた気の流れも収まりました。
「まりさん!」
瑠希弥が駆け寄ります。私達は肉体に戻り、まりさんに近づきました。
「気を失っているだけです」
呼吸と脈拍を看た瑠希弥がホッとした顔で教えてくれます。
「そうか、良かった」
いけない私もホッとしたようです。笑顔になりました。
「あ」
瑠希弥がまりさんを庇うように立ち上がります。
私達もそれに気づきました。
ネックレスは確かにまりさんから離れましたが、死霊自体が消滅した訳ではないのです。
振り返ると、バラバラになった真珠の一粒一粒からまるで湧き出すように死霊が出て来ていました。
「蘭子、何て事してくれてん!?」
そこに麗華が現れました。不動産屋さんと話がついたのでしょうか?
「その鎖は死霊共を抑えとったんやで! それ切ったら、もうどないなるかわかれへんで!」
麗華は泣きそうな顔で叫びました。
それは何となくわかります。
死霊の放つ憎悪と怨嗟が、まりさんの首に提がっていた時より強くなっているのですから。
『どうするのよ、もう一人の私?』
私はいけない私に尋ねました。
「何とかなるさ。心配するな、もう一人の蘭子」
いけない私はニヤリとして言います。本当なのかしら?
西園寺蘭子でした。
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