急展開
私は西園寺蘭子。霊能者です。
親友の八木麗華が地元大阪で知り合いの質屋さんに頼まれ事をしました。
それは、怨念に凝り固まっている死霊が取り憑いたネックレスを何とかして欲しいというものでした。
麗華にそのネックレスを見せてもらった私と弟子の小松崎瑠希弥はその凄まじさに仰天してしまいました。
「これはそう簡単にどうにかできるような物ではないわね」
私は気を緩めると呑み込まれそうな怨嗟を感じて言いました。
感応力に関しては私も麗華も敵わない瑠希弥は、顔中汗まみれです。
「取り敢えず、閉じて、麗華」
私は瑠希弥が心配になったのです。
「そやな」
麗華も瑠希弥が辛そうなのを察したのか、アタッシュケースを閉じました。
それでもネックレスの放つ怨嗟と憎悪はそれほど収まりません。
瑠希弥の感応力に反応しているようです。
「何しろ、何人もの人間を殺しとるらしいねん」
麗華はアタッシュケースをゆっくり床に置いて話し始めます。
「殺しているって、どういう事?」
私は瑠希弥と顔を見合わせてから尋ねました。
「そのネックレスを付けると、死んでしまうねん。それだけやなく、魂をネックレスに縛りつけられて、怨念の塊になってしまうねん」
麗華はアタッシュケースをチラッと見て言います。
「実際に質屋のおっちゃんの奥さんも死んでるし、その前にネックレスを持っとったおばちゃんも死んでる。多分その前の持ち主もな」
麗華は私と瑠希弥を見て続けます。
「おっちゃん、何度もそれを手放そうとしたんやけど、捨てても捨てても戻って来るらしいねん。で、もう手に負えんてウチに相談して来てん」
私はまた瑠希弥と顔を見合わせます。
「
私は思わず身震いします。
怪談モノでよく聞くお話ですね。捨てたはずのものが元の場所にあるというのは。
「邸の奥にその類いのものを納める金庫があります。そこに保管しておきましょう」
瑠希弥はいくらか落ち着いた顔でそう言いました。
「直美さんがよく使っていたものです」
「椿さんが?」
私は、瑠希弥の姉弟子で、今私達が住んでいる邸の持ち主である椿直美さんの名前が出たので、興味を惹かれました。
「こちらです」
瑠希弥はハンドタオルで顔の汗を拭いながら歩き出します。
私と麗華は瑠希弥について居間を出ました。
長い廊下を歩き、大きな木製の扉を開いて薄暗い石の階段を昇って行くと、外の光がほとんど入って来ないコンクリートが剥き出しの無機質な雰囲気を醸し出している場所に出ました。
瑠希弥が明かりを点けると、ヒンヤリとした空間がスウッと奥まで見えます。
その空間の反対側の端に二メートルくらいの高さがある黒い金庫がありました。
見た目は古びた汚い金庫です。
ですが、霊的な力が伝わって来ます。
あの中なら、この怨嗟と憎悪の塊も大人しくなるでしょう。
要するに瑠希弥の感応力が伝わらないようにすればいいのです。
「その金庫に数週間入れておけば、死霊の恨みも薄らぐはずです」
瑠希弥が言いました。私と麗華は顔を見合わせ、金庫に近づく瑠希弥を追います。
「鉛でできてるんか?」
麗華が尋ねました。
「はい。鉛はあらゆるものを遮断する力があります。霊的な力もそうです」
瑠希弥は金庫の重々しい扉をギシギシと開きました。中には何も入っておらず、ガランとしていますが、内側には隙間なく真言が書かれたお札が貼られています。
これなら確かにあのネックレスも浄化できそうです。
「八木先生、ケースを開いた状態で、中に置いてください」
瑠希弥が言いました。麗華はアタッシュケースを開きます。
また死霊の憎悪と怨嗟が吹き出しますが、
「往生しいや」
麗華はそう言って金庫の中にケースを置きます。
私は瑠希弥と一緒に金庫の扉を閉じました。
あれほど凄まじかった憎悪と怨嗟は完全に遮断され、あのネックレスが金庫の中にあるとは思えないほどです。
「凄い金庫ね」
私はすっかり感心して上から下まで眺めてしまいました。
「この空間全体を遮断して封印し、ネックレスが浄化されるのを待ちましょう」
瑠希弥が言いました。
私達は金庫のある空間を出て、石の階段を降り、大きな扉を閉じたところで、その扉にもたくさんのお札を貼り、そこから先を結界で封じました。
これであのネックレスは普通のものになるはずです。
それにしても椿さんて、本当に凄い人です。
ますます会ってみたくなりました。
G県にいらっしゃるのなら、霊感少女の箕輪まどかちゃんとも会えるし。
「結構簡単やったな」
麗華は軽口を叩きましたが、顔は引きつっています。
ここまで持って来るのは相当大変だったのでしょう。
まだお昼ご飯を食べていないという麗華のために瑠希弥が料理を作ってくれました。
「ウチもここに住もうかなあ」
麗華は下品にもゲップをしながら言いました。
「広過ぎて寂しいから、そうすれば?」
私はゲップに呆れながら言いました。
「ホンマか?」
麗華は嬉しそうです。
「ほなら、すぐにウチ、東京の事務所閉めるわ」
麗華は上着のポケットから携帯を取り出し、どこかに電話をかけました。
本当に行動が早いですね。
しばらくして、麗華は不動産屋さんと話をするために邸を出て行きました。
「一件落着でホッとしたわね」
私は瑠希弥を見ました。瑠希弥も私を見て、
「はい。相当強い怨嗟でしたが、二週間くらいすれば完全に収まると思います。以前も呪われた人形を入れた事があるそうなのですが、二週間で浄化されたそうです」
「そうなんだ」
呪いの人形? それも怖いですね。
確かにネックレスの一件はそれで片がついたように見えました。
表面上は……。
数日後の事です。
また柳原まりさんが邸に遊びに来ました。
彼女(でいいのですかね?)は瑠希弥に会うとテンションがいきなり上がります。
まりさんは気功少女(少年?)なので、気の変化が凄いです。
普段を清流とすると、瑠希弥に会った時は激流になります。
それでも周囲に迷惑をかけないようにできるのは、鍛練の賜物のようです。
三人で楽しくティータイムの後、
「あの、トイレは?」
恥ずかしそうに尋ねるまりさん。 そんなところは普通の少女にしか見えないのですが。
「こっちよ」
瑠希弥が案内しました。まりさん、嬉しそうです。
何だか嫉妬しそう。
私は決して瑠希弥に対してそういう感情はないと思うのですが……。
「まりさん、瑠希弥の事が本当に好きなのね」
戻って来た瑠希弥についそんな事を言ってしまう私。
嫉妬してるのかしら、やっぱり?
「そんな事ないですよ」
瑠希弥は顔を赤らめて否定ました。それを聞いてまたホッとしている私。ああ……。
ところがです。
二十分ほど経っても、まりさんが戻って来ません。
「どうしたのかしら?」
私は居間の柱時計を見ました。瑠希弥も心配そうです。
「見て来ます」
瑠希弥は居間を出て行きました。
まだ十代ですから、トイレで倒れているという事はないでしょうが……。
「先生!」
瑠希弥の絶叫のような声が聞こえました。
私はその声と共に放たれた瑠希弥の気を感じ、只事ではないと悟ります。
「どうしたの、瑠希弥?」
居間を飛び出し、トイレへと続く廊下に出た瞬間、私は凍りつきそうになりました。
「まりさん……」
廊下の先にまりさんがいます。その手前に瑠希弥。瑠希弥は震えていました。
何故なら、まりさんがあのネックレスを首に提げていたからです。
まりさんの目は虚ろで、生気が感じられません。
どういう事? 何があったの?
西園寺蘭子でした。
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