死に誘いしもの
世にも恐ろしいネックレス
私は西園寺蘭子。霊能者です。
奇妙な依頼に端を発した事件も無事解決し、ホッと一息。
村上法務大臣の愛娘の春菜ちゃんにはちょっと迷惑かけたけど、学校側に事情を説明し、何とかわかってもらえて良かったです。
「ウチ、大阪に一旦戻るわ」
親友の八木麗華はそう言うと、あっさりと帰って行きました。
何かの依頼を地元からされたようです。
少しだけ気になりました。
あれだけ騒がしい麗華が、名残を惜しむ間もなく行ってしまったのが。
麗華が大阪に帰ってから二日後の日曜日です。
「食材がないので、買い出しに行って来ます」
弟子の小松崎瑠希弥が言いました。
「なら、私も一緒に行くわ」
ここのところ事件続きで気が滅入っている私は、瑠希弥と出かけて気晴らしをしたくなったのです。
麗華が知れば、
「ウチがいなくなった途端に!」
と怒るかも知れません。
でも、そんなつもりはないのですから、気にしない事にしました。
私と瑠希弥は、瑠希弥の姉弟子の椿直美さんから借り受けた邸を出ると、近くのスーパーに徒歩で向かいます。
「空気が冷たいけど、日差しがあるからそれほど寒くないわね」
すっかり真冬めいて来たのをヒシヒシと感じながら、私と瑠希弥は路地を歩きました。
「こうして先生とお買い物に出るなんて、初めてですね」
瑠希弥が嬉しそうに言います。
「言われてみれば、確かにそうね」
私も微笑んで応じました。
角を曲がり、その先にスーパーの看板を見つけた時、
「瑠希弥さん!」
女の子が前方から手を振りながら駆けて来ました。
瑠希弥の知り合いの子のようです。
私は会った事がない子です。
「え?」
瑠希弥は驚いています。
「お久しぶりです」
その子は中学生のようです。セーラー服を着ています。
髪は勿体ないくらいに短いのですが、顔立ちは可愛らしく、それでいて凛々しさを感じさせます。
あら、この気は?
「貴女、もしかして、G県の箕輪まどかちゃんとお知り合い?」
私は
その子の身体から、あの懐かしい霊感少女のまどかちゃんの気が感じられたからです。
「はい。西園寺蘭子先生ですね。ボク、G県で箕輪さんと同じクラスだった柳原まりです」
ボク? もしかして、この子は……?
「柳原さん、どうしてここに?」
瑠希弥は柳原さんがG県にいるものだと思っていたのでしょう。
だから驚いていたのです。
「瑠希弥さんに会いたくて、転校しちゃいました」
柳原さんは照れ臭そうに言います。
その目は恋する目です。この子、やっぱり男の子かも……。
姿は女の子ですが、中身は男の子なんです。
だから、セーラー服を着ている事をすごく恥ずかしがっています。
柳原さんも同じスーパーに行く途中だったそうなので、一緒に買い物です。
彼女はお父さんの仕事の都合で東京に引っ越さなくてはならなかったのですが、まどかちゃん達と別れるのが寂しくて、ずっとG県にいたのだそうです。
ところが、瑠希弥がG県を去る事になったので、それを機会に東京に引っ越す事を決断したとの事。
瑠希弥って、どうしてそんなにモテるのかしら? あやかりたいわ。
「西園寺先生って、素敵な方ですね。瑠希弥さんが尊敬しているの、わかります」
柳原さんはニコニコして言ってくれました。
私と瑠希弥は顔を見合わせて赤くなります。
それでも、明るくて知的な柳原さんの登場で、買い物を楽しくする事ができました。
「それにしても、よく私達がいるところがわかったわね」
瑠希弥が言いました。すると柳原さんは、
「瑠希弥さんの気はよくわかるんです。東京に来ただけで、どの辺にいらっしゃるのかわかりました。でも、まさか引っ越ししたとは思わなくて、もう一度探しちゃいましたけど」
どうやら柳原さんは、最初に私が住んでいたマンションに行ったようです。
そこからここに辿り着いたのも驚きでした。
「先生もお気づきでしょうが、柳原さんは気の巡らせ方が素晴らしいのです」
瑠希弥がそう言うと、柳原さんは真っ赤になりました。
瑠希弥に誉められたのが本当に嬉しいようです。
「ボクなんて、まだまだです。瑠希弥さんには遠く及びませんし、西園寺先生のように同時に二種類の気を操る事もできません」
柳原さんは、私の中にいるいけない私の存在に気づいていました。
但し、いけない私がどんな存在なのかはわかっていないようで、少しだけホッとしましたが。
私はそのまま柳原さんを誘って邸に帰りました。
「凄いですね、椿先生は。こんな豪邸を持っているなんて」
柳原さんは、短期間ですが、椿直美さんが副担任のクラスにいました。
彼女の中の椿さんは、瑠希弥の姉弟子という立場も手伝ってか、半ば神格化しています。
瑠希弥の話や、柳原さんから感じる椿さんは、確かに素晴らしい霊能者のようです。
ますます会ってみたくなりました。
買い込んだ食材を使って瑠希弥が料理を作り、私達は昼食にしました。
「ご馳走さまでした」
柳原さんはまさしく「男の子」という食欲で、私も瑠希弥も目を見張るほどでした。
「また遊びに来ていいですか?」
それでも、
「ええ、いいわよ。遠慮しないで来てちょうだい」
私は微笑んで答えました。
「ありがとうございます、西園寺先生」
柳原さんは深々とお辞儀をしました。
「先生はやめて、柳原さん。蘭子でいいわよ」
私が言うと、柳原さんは顔を上げ、
「では、ボクの事も、まりって呼んでください」
と言ってニコッとしました。
後で瑠希弥に聞いたのですが、柳原さんはG県の中学校で女子に絶大な人気があったそうです。
あの笑顔で見られたら、大抵の純真な女の子は参ってしまうかも知れません。
しかも彼女は、無意識のうちに気を使っていて、相手を
まりさんを送り出して、キッチンで瑠希弥と洗い物をしていると、
「何や、今食事すんだとこか?」
麗華が帰って来ました。
「麗華! 連絡をくれれば、駅まで迎えに行ったのに」
私はタオルで濡れた手を拭いながら彼女に近づきました。
「いやあ、迎えに来てもらえるような立場やないから」
麗華にしては妙に殊勝な言葉なので、何かあると思いました。
「どうしたの、麗華?」
グイと顔を寄せて尋ねます。
「先生、八木先生がお持ちのもの、面妖な気を出しています」
瑠希弥が言いました。
「え?」
私はそう言われて初めて、麗華が右手に下げている黒のアタッシュケースに気づきました。
「何、それ?」
思わず後退りしてしまいたくなるほど、そのアタッシュケースの中身はおぞましい気を放ち始めました。
「おお、瑠希弥の感応力に反応してしもうたようやな。まあええ、座って話そか」
麗華は居間へと歩き出し、ソファに腰を降ろすと、テーブルの上にケースを置きました。
「何が入っているの、麗華?」
私は瑠希弥と顔を見合わせてから尋ねました。麗華は私と瑠希弥を見てから、
「まあ、見てもらえばすぐにわかるて」
アタッシュケースが開かれ、中にあるものが見えました。
「これは……」
それは真珠のネックレスでした。大粒で、光沢があり、見事なまでにサイズが揃っています。
相当高価な物でしょう。
もし、それに取り憑いている禍々しいものが存在しなければの話ですが。
「大阪の古くからの知り合いの質屋のオヤジに泣きつかれてん。何とかしてほしいてな」
麗華は真顔で私達を見て言いました。
「これ……」
瑠希弥はそう言ったきり、言葉に詰まってしまいました。
その真珠に取り憑いているのは、たくさんの死霊です。
それも原形を留めないほど怨嗟に凝り固まっています。
「これ、とんでもない代物ね」
私は思わず息を呑んでから言いました。麗華は頷いて、
「そうや。通称『死のネックレス』いうくらいやからな」
と言いました。
何やらおぞましい事になりそうです。大丈夫かしら?
西園寺蘭子でした。
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